第二番 Rhapsody in Blue
先生。
あなたの言葉の意味がやっと分かりました。
さやか先輩の涙を見たのは二度目だ。
一度目は入学式の日。
先輩達が始業式をしている間、入学式までの時間を持て余した新入生の俺は音楽室にいた。
それはただの気まぐれだった。久しぶりにピアノに触れる。
ピアノに触れると不意に蘇る先生の言葉と、あの人の最期の笑顔。
『感情のままに弾くのはやめなさい』
その時の俺には先生の言葉の意味が分かってなかった。
身体は勝手に音を奏でていく。
『亡き王女のためのパヴァーヌ』
あの人が好きだった曲。せがまれて何度も弾いて聴かせた。あの人が最期に眠りについたその時まで。
鍵盤の上にひらりと桜の花弁が落ちる。
弾き終えて、窓が開けっ放しだった事に気付いた。
窓を閉めようとすると、校庭に佇む女子を見つけた。
(先輩かな……?)
その人は空を見上げて、静かに泣いていた。
その涙に何故か見惚れた。
どれくらい経っただろう……。
時間にしたら、ほんの数秒だったかもしれない。彼女は立ち去り、気付いたら入学式が始まる時間になっていた。
式場に行くと、新入生を歓迎するオケ部の中に彼女はいた。
(やっぱり先輩だったんだ……)
仲間内で笑い合うその姿は、さっきよりずっと可愛らしく見える。
つい数分前まで泣いてたのが嘘みたいに。
無邪気に笑う人なのだと思った。
「ようこそ雪花学園へ」
部長らしき人が話し始めて我に返る。
すると生徒会の席にいる熊谷が手を振っていた。
ずっと振っていたらしく、『やっと気付いた』と小声で司に報告しては、ゲラゲラ笑っている。
(何してんだアイツら……ったく)
『ちゃんと前向けよ』
顎で示すと、何か言いたげにこっちを向いたが、大久保に睨まれて大人しく前に向き直った。
「それでは聞いてください」
いつの間にか部長の話は終わっていた。
まばらな拍手がやんで、演奏が始まる。その瞬間、胸を思い切り鷲掴みにされた。
(アルトサックス! さっきの先輩……!)
無邪気に笑う彼女の音色は踊るように跳ねて。
こんな音……出せる人がいるのか、と。
憧れに似た衝撃だった。
技巧的にずば抜けて上手い訳ではない。なのに強く惹き付けられる。
自分には決して出し得ない音の数々。
それは俺が彼女を好きになるには十分すぎる理由だった。
「駆くん? 聞いてる?」
「あ、すみません。何でしたっけ?」
「もう! だからソナタのアドリブどうしよっか、って話」
「先輩にお任せしますよ」
「え~」
「自由に吹いてくださいよ。俺合わせますから」
俺が笑うと、さやか先輩は一瞬黙り込んで、また楽譜と格闘を始めた。
すると何か思いついたようにサックスを吹く。
それを頬杖をついてぼんやりと見つめていた。
(やっぱり好きだなぁ……)
彼女の奏でる音楽が、楽しげに笑うさやか先輩そのものだから。
俺の悲しく冷たい感情は、聞く人にまで響いてしまう。
もうさやか先輩を俺の音楽で泣かせたくない。
さやか先輩と一緒弾いたら、俺もその音に近づけるだろうか。
なぁ、先生?




