定期試験
もうすぐ夏休み。
しかしその前に学生には重要な責務が残されていた。
「これからさーやたんと大事な約束があるんですけどー」
図書室の机に頬杖をついて、美月がブスッと言い放つ。そんな美月には目もくれずに、篠宮はひたすらノートを書き写している。
「仕方ないだろー? 休んだ時のノートくらい写させろよ」
「他の奴に頼め」
「みづき様の見やすくて分かりやすいから」
「早くしろよ」
「いいじゃん。どうせこれから松嶋さんとテスト勉強すんだろ?」
「何が悲しくて可愛いさーやと篠宮とテスト勉強せないけんのじゃ」
美月は紗弥加とテスト勉強の約束をしていた。
本当は紘乃と真由も誘ったのだが、お互い彼氏と勉強すると断られたのだ。
***
「さや〜帰ろうぜ」
「ごめん、今日美月ちゃんとテスト勉強の約束したんだ」
「えー」
「美月ちゃん頭いいんだって! ひろちゃんが教えてくれた〜」
「ふーん」
「あ、そだ! 司も一緒に行かない?」
「えーめんどくせー」
「美月ちゃんのノート見ただけで成績上がるって噂だよ?」
「マジ?」
正直言って、藤代は勉強する気などさらさらなかったが、『暇だし、さやいないとつまんねーし』ついて行く事にした。
***
(さーやたんまだかなぁ?)
新着メールを問い合わせてみても紗弥加からのメールはなし。
すると篠宮が『出来た』と呟いた。
「終わったら帰れ」
「はいはい。今帰りますよ」
書き写し終えた篠宮はいそいそと筆記用具を片して、立ち上がる。
「ありがとな」
「おう。さっさと行け」
美月は携帯から視線を移さずに『しっしっ』と追い払った。
「美月ちゃーん」
紗弥加がいつもの癒し系の笑顔で手を振る。その姿を見つけた美月も手を上げて応えた。
「おー、さー……やッ!?」
美月は反対の手で持っていた携帯を落とす。
「あれ? 康太もいんの?」
「いや、俺はもうかえ――」
――ゴフッ!
鳩尾に美月の肘うちを食らった篠宮は、今立った椅子に崩れ落ちた。
『美月……お、前』
『帰らないで』
涙目の美月が篠宮の制服の裾をぎゅうっと掴んで、目で訴える。
篠宮は彼女のそんな必死な顔を見るのも、そんな言葉を言われるのも初めてだった。
仕方なく一息ついて座り直す。
「司がテスト勉強なんて珍しいじゃん」
「さやが成績上がるって言うから。で? その噂のノートとやらは?」
藤代が美月の目の前にあるノートをペラリと捲って後ろから覗き込んだ。
『ひえええええ!』
いきなり急接近した藤代の吐息が美月の耳にかかり、声にならない悲鳴を上げた。動こうにも、すぐ後ろに藤代がいるせいで立ち上がることも出来ずにただ固まるしかない。
――バクバクバクバクバクッ
(心臓が心臓が……)
「うわ、分かりやす。お前すげーな」
ノートを見た藤代が後ろから美月の肩を抱く。
「:%&@=◎‘*△■:、’ッ!?」
藤代にはただのスキンシップでも、美月にとってはとんでもない爆弾の投下。
美月の血流は激流の如く身体を駆け巡り、尋常ではない発熱を生んだ。
「もうこのノートあればいいんじゃね?」
「そうだねー! 教科書みたーい」
「これコピーしに行こうぜー」
「うん! 美月ちゃんちょっと借りるね~」
藤代と紗弥加は連れ立って図書室を出て行った。
「おい、大丈夫か?」
「…………」
美月は何も言わずに首を横に振って机に突っ伏す。
「……だよな」
(司の奴、接近禁止命令忘れてんな)
この調子でこれ以上一緒にいたら、また倒れるかもしれない。
篠宮は美月の荷物をまとめて、美月諸共背中に担いだ。
普段ならこんな事した時点でエルボーやら膝蹴りやら飛んでくるが、今日はそれもない。
「帰るか?」
背中の主に問うと、篠宮の肩をぎゅうと掴んで小さく頷いた。
背中が熱い。
「あれ? 帰んの?」
ちょうどコピーから戻ってきた藤代が聞く。
「あぁ、コイツ熱あるっぽい」
「え~嘘~? 大丈夫~?」
紗弥加が聞いたが返事はない。その代わりに規則正しい寝息が聞こえる。
相変わらずの寝つきの良さだ。
「一日寝てりゃ治んだろ」
***
この後、美月は二日間寝込む事になる。
テスト勉強の成果か、藤代は赤点を免れるどころか飛躍的に成績を上げ、教師達を驚愕させた。
それに気を良くした藤代が『魔法のノート』と称し、テスト前になると美月に付き纏い、その時期彼女が毎回熱を出すようになるのは、もう少し後の話。




