鈍る
あれから、大久保が出ていない事に真由が気付いたのはだいぶ後の事だ。
篠宮が出る度に胸の鼓動を抑えるのに必死だった。
「もう康太! 出るなら出るって言ってよ!」
「そうだよ〜」
「あ、うん。ごめん」
終わった瞬間、女子達に囲まれて、篠宮はそれに苦笑いで対応している。急遽出る事になった事は伏せておく方向性でいくらしい。
あくまでも舞台は何事も無く終わった、と。
「でもやっぱり『You』は康太曲だよね〜」
「ちょーカッコ良かったよ!」
「ありがとう」
途切れる事なく女子が話し掛ける。
誠実で優しく物腰も柔らかい篠宮。やはり人気なんだと思う。
(あたしなんかが届くはずもない)
「……ッ!」
不意に目が合って、真由は慌てて逸らした。
(ずっと見てた事、バレてないよ、ね……?)
ついさっきまで篠宮を想って泣いていた自分を思い出したら、恥ずかしくて目なんか合わせられなかった。
「真由」
「小澤くん……」
「ちょっといい?」
「うん」
短い会話。
真由はこの場から逃げるように、小澤の後を追った。
その様子を見ていた篠宮は違和感を覚える。小澤はそんな篠宮の顔を一瞥すると、くすりと小さく笑った。
(……なんだ?)
篠宮は今まで感じた事のない胸騒ぎに襲われる。
「ねぇちょっと康太聞いてる〜?」
「え? あ、何だっけ?」
「ほら聞いてない!」
「ごめん……」
謝りながら、さりげなく視線を二人に戻す。しかし小澤達はもういなかった。
***
「大丈夫?」
「え……?」
真由が顔を上げると小澤が心配そうに笑っていた。
いつもは心臓が止まりそうになるその笑顔に、今日は何故かホッとする。
「泣いてたんじゃないかって思って」
「……な、んで?」
(なんでいつも気づかれてしまうんだろう)
小澤には全て見透かされている気がして、取り繕った嘘もつけない。
「ホント、篠宮の事好きなんだね」
「え、いや……ちがくて、」
(あたしは何を必死に否定してるんだろう)
つい半刻ほど前に改めて好きだと実感したばかりだというのに。
小澤の前だと、感情が鈍ってしまう。
「あーやっぱ、俺……真由の事好きだわ」
「……え?」
「そういう一生懸命で真っ直ぐな真由が好きだよ」
「……お、ざわくん?」
スッと近づいた小澤は真由の頬に触れて、顔を近づける。
『ちょっと、待って!』
そう叫んだつもりが、息が詰まって少しも声にならなかった。
『ダ、ダメ! 小澤くん!』
「……ッ!」
唇が触れる直前で、小澤の動きがピタリと止まる。
そして、『ごめん』と消え入りそうな声で謝ると静かに離れた。
「ごめん……俺、真由が篠宮の事好きだって知ってるのに、こんな事、卑怯だよな?」
「、ううん……」
(心臓が止まるかと思った)
息がまともに出来ない。
「真由の気持ちを無視して、もう二度とあんな事しない」
「…………」
「だけど一つだけ、お願い……い いかな?」
小澤が真っ直ぐ真剣な目で見つめる。
「これからも真由の事好きでいさせて?」
(こんな余裕の無い小澤くん初めて見た……。小澤くんも余裕が無くなるなんて事、あるんだ)
「……うん」
思わず頷いてしまう。
(卑怯なのはきっと、あたしの方だ)
真由には自分でさえ何を考えているのか、よく分からなかった。




