第二章第一景・仮面
突然体育館に流れるショスタコーヴィチの交響曲第五番『革命』
ここでその違和感に気付いたのは、大久保と真由くらいだろう。
客はこの奇怪な展開さえ、妙にリアルな演出と受け入れている。美月のアドリブ一つで。
当の本人はといえば。
上に羽織っていた唐衣を脱ぎ捨て、紐でたすき掛けに結び、BGMに気分も乗ってきて気合い十分という顔をしている。
(……ったく。九条の奴、こいつの策に乗りやがって)
大久保は頭の中で、今頃舞台裏を生き生きと動き回っているであろう九条に文句を言った。
(でも……)
(おもしれー。そっちがそう来るってなら、とことん乗ってやろうじゃねーか)
「朔弥……」
大久保の呼ぶ声に美月が驚いたように振り向く。
まさか大久保が乗ってくるとは思っていなかった。
「伏せろ!」
「え……?」
いつの間にか美月の真後ろにまで間合いを詰めていた屍食鬼の攻撃が迫る。
その声に咄嗟に伏せた美月を庇いながら、大久保は屍食鬼の顔面に膝蹴りを食らわした。思いきり攻撃を食らった屍食鬼はノックダウン。
しかし避けきれずに長い爪が頬を霞め、生暖かい血が一筋流れる。
その時付けていた仮面がハラリと地面に落ちた。
「……あ、」
仮面で距離感が掴めていなかったが、抱えるように庇った美月との距離は思っていた以上に近かった。吐息が伝わりそうな距離で見つめ合う。
『え、嘘! 大久保様だったの!?』
『キャー! 大久保様あああ』
『あの大久保龍一があんなに女子と近づいてる!?』
客席には何やら別の衝撃が走っていたみたいだった。
これだけ近づいた時の美月の反応はいつも、拒絶。ここで拒絶されては、今までの流れがぶち壊しだ。
(さぁ、どうする……!?)
「ツ、クヨミ様……?」
「……ッ!?」
スッと伸ばした『朔弥』の熱い手が頬に触れる。
触れた瞬間、美月の気が流れ込み、傷口が塞がっていくのが分かった。
「これが、そなたの真の姿……」
「…………」
「やっと会えましたね」
『朔弥』がふわりと微笑む。
予測していなかった展開。
――ドクン、ドクン……
大久保は高鳴る鼓動を抑えるのが精一杯だった。
***
『ねぇ、これ演技なのかな?』
『当たり前じゃん! 演技じゃなかったら、大久保様があれだけ毛嫌いしてる女子に近づく訳ないじゃん!』
『でも、さ……』
『うん』
『あの二人……妙にドキドキするよね』
『……うん』
***
美月は大久保の吸い込まれそうな眼に思わず見惚れた。
(あたしの精神は朔弥に呑み込まれてしまったのか……?)
頭がぼーっとして、思うように抗えない。
いつも近づくたびに鳴っていた警鐘が鳴り止んで。
心臓は、嘘みたいに静か。
「邪魔ヲスルナ……ドケ、オ前ノチカラ、ヨコセ!」
屍食鬼の声に美月は我に返る。
「下がってろ。アイツの狙いはお前の神子の力」
「ツクヨミ様……」
「俺が奴の動きを封じる。後は……お前の好きにしろ」
『頼む』
『アイツを解放してやってくれ』
大久保の背中から、軋むような願いが聞こえた気がした。




