続第六景・覚醒
「時に……そなた、名は何と申す?」
朔弥が聞く。
鵺はそんな事を聞いてくれる人に今まで出逢った事がなかった。
「そなたを何と呼べばいいか分からぬ」
何も言わない鵺に業を煮やして、そっぽを向いてそう言った。
「名など、無い」
「無い……?」
「名を付けてくれる人間など俺にはいなかった」
朔弥は不思議そうな顔で鵺を見ている。
「皆は俺を鵺と呼ぶ。都を襲う妖怪、とな。名があるというならそれが名だ。呼びたいならお前もそう呼べばいい」
「それでは朔弥が名を付けて差し上げましょう!」
「……お前、何言って?」
「そなたが来たのは、月の美しい夜でしたね」
「あ、あぁ……?」
鵺の話など少しも耳を傾けようとしない。
朔弥は悩んだように眉をひそめたが、すぐに何か思いついたように笑った。
「それではツクヨミにいたしましょう!」
「……ツ、クヨミ?」
「そう。月夜が美しいと書いて月夜美です。日本書記、読まれた事はありませぬか?」
「そのような書物は一度も……」
「今度読まれると良い」
花が咲いたように笑う人だと思った。
初めて触れる優しさ。
惹かれるには、そう時間はかからなかった。
「失礼します」
惟光が部屋にやってくる。
「姫様、湯浴みの時間です」
「もうそのような時間ですか……今すぐ行かなくてはいけませぬか?」
「準備が出来ております」
「あと小半刻ほど……」
「姫様」
惟光は朔弥を戒めるように冷たい声でピシャリと言い放つ。
「惟光……そのような怖い顔しなくても」
そんな二人のやりとりを見ていた月夜美が、顔を背けた。
「クッ……」
「ツクヨミ様? いかがなされました!? 傷が痛みますか!?」
いきなりお腹を抱えてうずくまった月夜美の顔を朔弥は心配そうに覗き込む。
「いや、ッククク……」
「……?」
「姫様があまりにも子供のようなワガママを言うから笑われておるのですよ」
「……えッ!?」
惟光の言葉に顔を真っ赤に染めた朔弥は、月夜美からパッと目を逸らした。
「い、今すぐ参ります故……そんなに笑わないで下さい」
朔弥は慌てて部屋を出ていく。
そしてパタパタと忙しなく遠ざかっていく足音を聞いた。
「大事な姫に俺が近づくのは嫌、か?」
「旦那様はそのようにございます」
「……お前は?」
「私は……」
惟光はあからさまに気に食わないといった顔をした。
でもそれはいつも向けられていた都の人達の忌み嫌って歪んだそれとは違う。
「私の一番は姫様です。姫様が少しでも長く生きられるなら、それでいい」
「長く、生きられる……?」
「姫様は生まれつき身体が弱いのです。姫様は何も知らないのですが……」
惟光は言葉を詰まらせた。




