秘め事
「美月ちゃん!」
「おー、まゆー。おはよー」
「おはよーじゃないよ! もう昨日何してたの!?」
「何って……」
「昨日電話もメールもしたのに!!」
「え、嘘!? あらヤダ、ホントだ。ごめん……なんかあった?」
本当に心配そうにそう聞かれて、真由は思わず言いそうになる。
「べ、別に何もないけど……」
「そう?」
(危ない危ない。誰にも言っちゃいけないんだった……)
真由は慌てて口を閉ざす。美月は特に気にする様子もなく、大きいあくびをした。最近美月がずっと眠そうにしているのを、真由は少し気にしていた。
「また寝てないの?」
「んー……そういう訳じゃないけど」
そう言いながらも机に突っ伏して寝る体勢に入っている。
(もう! ホントは昨日大変だったんだからね!)
規則正しく寝息をたて始めた美月に、真由は心の中で悪態をついた。
未だに昨日の事は、夢だったかのように感じる。でも自分の目でしっかり見てしまった。
『僕たち……鬼なんだもん』
知ってはいけない真実。全てを知ってしまって、正直殺されると思った。でも真由達は今、生きている。……いや正しくは、生かされている。
「で、どうすんの? コイツら」
「うん。ホントは殺さなきゃいけないんだけどね」
九条がサラリと恐ろしい事を口走る。真由は思わず紘乃の手をぎゅうっと握った。
「でもそろそろ文化祭の準備しなくちゃいけないし、生徒会の補佐お願いしようかな、って」
(……はい? 今何て?)
「で、ひろのちゃんには公式写真のカメラマンもお願いしたいんだけど」
(死か生徒会の補佐か、って。全然釣り合ってない気がするのですが……)
「やるの? それとも死んじゃう?」
九条にそう微笑んで聞かれて、真由は思わず紘乃と『やります!』と言ってしまったのであった。
それにしても鬼なんて、あまりに非現実的すぎるし、いまいちよく分からない。桃太郎程度の知識しかない真由には、まだ理解しがたいものだった
(それに……鬼ってもっと怖いもんだと思ってた)
***
「あたし……血吸われちゃったって事は、あたしも、鬼になっちゃう……の?」
紘乃が震える声で、言う。そういえば真由も聞いた事があった。血を吸われた人も感染する、なんて話。
「あーそれは大丈夫」
「「へ?」」
「だって僕たち、吸血鬼とは違うから……」
九条は頬に手を当てて、またわざとらしくため息をついて説明を始めた。
鬼の歴史は平安時代にまで遡る。その頃鬼と人間は共に暮らしていた。しかし鬼は人間の肉を食らい、人々は悪霊と鬼を恐れた。
「ちょ、ちょっと待って! 鬼って人の肉食べるの!?」
真由は思わず先輩にも関わらず、九条にため口で質問してしまう。九条は特に気にする様子もなく続けた。
「それは僕らの先祖、今でも逸話の残る赤鬼さん青鬼さんの時代ね。本当は人肉なんて食べなくたって生きていけるんだ。でもそれをしたのは、人間を恐れさせて支配しようとしたからだよ」
人ならざる者――異形である鬼を人は恐れ迫害し、殲滅させようと試みた。それでも生き抜くためには、人間と共存していく道しかなかった。人間との共存を図る中で、鬼はほぼ人間と同じ形へと進化した。人間と違うのは不老不死に近い存在である事。日光が苦手である事。そして先ほど九条がやって見せたような傷の治癒を速める事なども出来、九条はそれを人間より少し器用なだけと言った。
「そんな能力のあるあなた達が、どうしてリスクを冒してまで人間と共存を……?」
「それは人間の持つ生命エネルギーが、僕たちの餌だからだよ」
彼らは人肉を食べたり、血を吸わなくても、人間の生命エネルギー(氣)を身体に触れる事で吸収すれば、生きていけるという。
(生徒会が無駄に女関係の噂が跡を絶たないのって、生命エネルギーを吸収してただけ……?(なんとなく藤代だけは好きで女に声かけてる気がするけど))
いきなり入ってきた情報を整理する中で、真由の中に一つの疑問が浮かび上がる。
「え、じゃあさっきのひろちゃんは……?」
(思いっきり血吸われてましたけど)
「だって我慢出来なくて、つい」
(つい、ってアンタ!)
真由は口には出さず突っ込んでみたが、生徒会のみんなはそんな九条に慣れているのか、突っ込む者は誰もいない。
「美味しい匂いがしたんだもん」
「確かにお前は飲んだ方が早いけどさ」
「でも俺たち混血は別に血とか吸わねーし」
「え? そうなの?」
「半分人間だしな」
人間世界での共存が進み、鬼の一族の血は弱まってきているらしい。
「今残ってるのは一族でも末裔の末裔。そのほとんどが人間と鬼のいわゆるハーフ。混血種なんだ」
「残った純血種は数えられるほどしかいない……」
「その一人が、僕だよ」
九条がキラキラスマイルを浮かべて、軽い口調でサラリと言い放つ。
(九条先輩。……そんな軽い告白でいいんでしょうか?)
***
(……何なんだあの人は)
思い出しただけで真由はどっと疲れてしまった。確かに純血種だけは生き血でしか喉の乾きを潤せないらしいのだが。あんな軽いノリでいいのか甚だ疑問だ。
「野々村さん、おはよう」
「あ、おはよう! 篠宮くん」
「昨日は巻き込んじゃってごめんね」
「ううん、大丈夫。それに篠宮くんが悪い訳じゃないし」
篠宮は困ったように笑うと、もう一度、小さくごめんと言った。優しい人なんだなぁ、と真由は改めて思う。美月には『あんなヲタク止めろ』と言われているのだが。真由は胸を包む温かい鼓動を噛み締めた。
「あのさ、昨日の事なんだけど…」
「ふあ~……あん? 何の話?」
「わッ!? 美月ちゃん起きた!」
「何だよ、お前今日も寝不足?」
「あー……ヲタミヤいたの?」
「その呼び方止めろって」
「で? お二人さんは何の話してたんですかぁ?」
「「何でもない!」」
「何だよ。二人揃って」
「べ、別に……ねぇ?」
「あぁ。ホント何でもねーから」
「怪しい……」
美月は訝しげな顔で、真由と篠宮の顔を交互に見る。こういう時の美月は妙に鋭い。
「なんか二人仲良くなってない?」
「「え?」」
「昨日までそんなんじゃなかった! 真由に近づくな!」
美月は真由を抱きかかえると、篠宮に思い切り威嚇した。