文化祭、前日
「大変だ! 眼鏡さんがいなくなった!」
「そうみたいだな……」
「そうみたいだな、って……本番明日だぞ!?」
本番を明日に控え、ヒロインは逃亡した。
「姫不在で、どうすんだ!?」
「さぁな。マネージャーが携帯も繋がらないって嘆いてたぜ?」
昨日真由の元に一通のメールが届いた。
そこには『もう大久保様の顔が見られません』とだけ書いてあった。
慌てた真由が何度電話しても、美月は電話に出ないばかりか、今日は学校を無断で欠席した。
それを聞いた九条が事情聴取のために大久保を呼び出し、今に至る。
「なんで逃げたの!? 大久保の顔、見れなくなったからってどんな理由!?」
「お前がデートなんかさせるから」
「てゆーか普通デートしたら距離が縮まるもんじゃないの?」
「あの女には逆効果。今回はお前の采配ミスだな」
「……おい。やけに楽しそうじゃないか大久保くん。……さては昨日なんかあっただろ?」
九条はそう言って、怪訝な目を大久保に向けた。
「何もねーよ」
そう言いながら大久保は昨日の事を思い返す。
本当に何もなかったはずだ。
(それなのに、あいつは近づくたび俺からどんどん遠ざかっていく)
***
結局観覧車の列に会話もないまま四十分並んだ俺達は、やっぱり無言で観覧車に乗り込んだ。
正直めんどくせーとか思ったけど、不思議と気まずくはなかった。
あいつは相変わらず挙動不審だったけど。
「なぁ」
「は、はい……?」
「いつまで立ってんの?」
「あー、うーん……」
「なんだよ。言いたい事あるなら言えよ」
「隣座ってもいいです、か?」
「あ? ……まぁ、いいけど」
『失礼しまーす』と軽く会釈して、俺の隣にストンと腰を降ろす。
「ちょっ、今傾いたんだけど! これ大丈夫なのか!?」
「あーやっぱり落ち着く……」
「何してんの、お前?」
隣に座った途端、目を瞑る。
観覧車って、景色楽しむもんじゃねーの?
「なんか顔見ない方が話せる気がします。うん。あたしの事は気にせず、景色楽しんでください」
気にするなと言われても……。
じゃあなんでこいつ観覧車乗ったんだよ。
とりあえず外を見てみる。
永く夜ばかり過ごしてきたというのに、こんな高さから見る夜景は初めてで。
闇にネオンが浮かんでるみたい。
「綺麗だな……」
「そうですねぇ」
「……って、見てねーだろ」
「……はい」
「てめえ」
「あ、スゴい。目瞑ってると怖さ半減!」
こいつ……。
なんかイライラしてきた。
稽古であれだけ白目むいてたくせに、こんな時ばっか普通に目瞑りやがって。
それはほんの少しのイタズラ心。
キス出来るくらい顔を近づけた。
気づいてないこいつは平然としてる。
本番もこれくらい大人しかったらいいんだけどなぁ……。
普段なら人間に近づいただけで、吐き気が止まらなくなるのに。
なんでこいつだけは平気なんだ?
これ以上近づいたら……どうなる?
胸が、ざわついた。
「……あ、」
「ッ、¥○★☆▼※*@!!!」
――ゴンッ!!!
唐突に目を開けたこいつは声にならない声を発して、思いきり後頭部をぶつける。
「あううぅ……」
「大丈夫かよ?」
「……だぃじょば、ない」
「だよな」
***
(……なんて事はあったが、それだけだ)
大久保はその時の情景を思い出し、笑いが込み上げるのを堪えた。
「怪しい……絶対なんかあった」
「だから何もねーって。ただ……」
「ただ?」
「いっつもお前に振り回されてるから、お前が困ってる姿を見るのは新鮮だなぁと思って」
「趣味悪いぞ」
「それはお互いさま」
九条は、はぁ〜と大きな溜息をついて頭を抱える。
大久保はそんな九条を見ていたらまた笑いが込み上げてきた。




