秘密特訓
「てめぇ……さっさと寝ろ! キスするぞ!」
「ひいいいいい!!!!」
そして、大久保が美月の胸ぐらを掴んだ瞬間。
「あ……ッ、」
美月は大久保の手を取り半身切り返すと、目にも止まらぬ速さで床に投げた。大久保は不意をつかれて思いきり倒れそうになるも、しっかり受け身は取って立ち上がる。
その目は明らかに怒気を含んでいた。
(あちゃー……これはまずい)
美月が胴着を着ているせいで、一体何の稽古か分からない。
「……喧嘩売ってんのか、てめぇ」
「ちがッ、身体が勝手に!」
「たかが芝居でウダウダしてんじゃねーよ!」
「ギャーー!!」
大久保が無理矢理押さえ付けようとすれば、美月は逃れようと足掻く。しかしこういう時の男の力に女である美月が敵うはずもない。
「もう……悪あがきはよせ」
低い声。
後ろには壁。
逃げられない。大久保の顔が近づく。
あと……三十センチ。
……十センチ。
五センチ。
――ドクン、ドクンドクン……ッ!!
「……何のつもりだ、熊谷?」
「あ、いや……」
(……止めてしまった)
(大久保のためだからって、自分に言い聞かせていたはずなのに)
「そ、そんな無理矢理じゃ練習にならないよ。ホラ! 美月死んじゃいそう!」
震える美月の頬を涙が伝う。大久保は舌打ちをして、美月の拘束を解いた。
「ちょっと休憩しよ? ね? 俺、美月落ち着かせてくるから」
「……熊谷? お前――」
熊谷は何か言いたそうな大久保の目が見られなかった。
(今まで一度もそんな事なかったのに……)
そしてそのまま美月の手を取ると、体育倉庫を出て行った。
***
「美月、だいじょーぶ?」
「うん、ありがと……。ごめんなさい、ッ」
『ごめんなさい』と、美月は泣きながら何度も謝った。
(俺の前ではそんな謝らなくてもいいのに)
「目ぇ閉じて」
「え……?」
「いいから」
「う、うん」
美月は戸惑いながらも素直に目を閉じる。
(こんな無防備な姿。他の男にも見せたりするのかな……?)
「はい、そのまま深呼吸」
「え~?」
「早く」
「……ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
「それ、ラマーズ法」
「あ、そっか、んん……ッ」
吸い寄せられるように唇を塞ぐ。最初は少し身じろいだけど、すぐに大人しくなる。
熊谷は背中に回った手が、必死に自分の背中にしがみつくのが分かった。
「落ち着いた?」
「……うん」
美月はまだ何が起きたか分からないって顔をしている。ぼーっとした瞳で熊谷を見つめた。
(やっぱり誰にも渡したくない……)
「ありがとう」
「え?」
「なんでだろう。くまちゃんなら大丈夫! くまちゃんすごーい!」
美月が無邪気に笑う。
「だろ?」
応えるように、熊谷も笑った。




