イザナエバ
「ひろちゃん! ひろちゃんッ!」
真由が駆け寄って何度呼んでも紘乃は目を覚まさない。その顔は青白く、冷たい首元には血が滲んでいた。
「てめぇ! 何してやがる!!」
大久保がガンッと大きな音を立てて、九条を壁に押さえつける。
そうだ。これは果たして九条の仕業なのか。真由はそっと九条の顔色を伺った。
「だって美味しそうだったんだもん」
そう言って笑いながら九条はペロリと唇から零れ落ちる血を舐めた。
(一体どうなってんの!?)
真由の脳内は崩壊寸前だった。どんなに理解しようとしても、不可解な事が多すぎて、完全に許容範囲を超えていた。
ただ一つ確実に分かっていたのは、自分が九条に対して今までにない恐怖感を覚えている事。
「ん……?」
「ひろちゃん? ひろちゃん!?」
小さな声をあげて、紘乃がうっすらと目を開ける。真由はとりあえず紘乃が目を覚ました事にひどく安堵した。
「ひろちゃん大丈夫!?」
「あれ? あたし……」
まだ意識は朦朧としているようだが、なんとか大丈夫そうだ。
「見られちゃったね?」
その声にハッとして九条を見ると、いつもの魅惑的な笑顔でニッコリと笑った。
***
「……ねぇ、まゆ。この状況は、何だろう?」
「いや、あたしにも分からない……」
気が付いたら、いつの間にか生徒会室でイケメンに囲まれていました。
「野々村さん!!」
「……篠宮くん?」
「何もされてない? ヘーキ!?」
生徒会室に走り込んできた篠宮は、真由の顔を見るなり心配そうに駆け寄った。肩で呼吸をして、本当に急いできたのがよく分かる。
「う、うん」
「良かったぁ……」
真由はあまりの事に上手く反応出来ずに小さく頷くと、篠宮は力が抜けたようにしゃがみこんだ。
「加藤さんも、ヘーキ?」
「うん、あたしも大丈夫」
いきなり名前を呼ばれ、紘乃も慌てて答える。実際紘乃は全然大丈夫じゃなかった訳だが、今は慌ただしく自分達の心配をする篠宮の方が大丈夫じゃない気がして、真由は黙っていた。
「さて。全員揃ったね」
「揃ったねじゃねーよ! こんな時間に呼び出しやがって!」
「コラ、司! 会長になんて口の聞き方……」
「和希。お前は人が良すぎんの」
目の前では二年の藤代司と長谷川和希が言い争っている。二人は真由と同じクラスで、よくクラスでも騒いでは先生に怒られている問題児達だ。彼らは一年から同じクラスだったが、特に女遊びの激しい藤代と、それを毛嫌いする真由の相性は悪かった。
「まぁまぁ、二人とも」
九条は二人の言い争いをやんわりと止め、大久保は少しイライラした様子でそれを黙って見ている。
「大丈夫? 篠宮」
「あ、わりぃ」
しゃがみこんだままの篠宮に、同じく二年で生徒会の参謀と呼ばれる小澤正樹が水を差し出した。よく気がきく小澤は派手な生徒会の中では目立つ方ではないが、大人しめな女子に人気の、知性と品格を持ち合わせた理系メガネ男子だ。
「ねぇこの間の店さ」
「あー俺が教えた店?」
「俺そこで買ったツナギ、デコったよ」
「またかよ」
こんな状況で呑気に談笑しているのは二年の熊谷友介と、相原哲哉。それを静かに見ている一年の滝本駆。
生徒会室には我が校のイケメン集団と呼ばれている生徒会の面々が集められていた。