深紅Ⅱ
「あの、馬鹿ッ……!!」
吐き出すように呟いた大久保は、気づくと視聴覚室の分厚いカーテンを引きちぎってベランダの手すりに足をかけていた。
「大久保、何して……?」
熊谷の言葉に耳も傾けずに、大久保は躊躇なくカーテンもろとも飛び降りた。
「大久保……!? 大久保ッ!!」
「おい! ここ三階だぞ!?」
「きゃああああああ!!」
校庭に響く悲鳴。
紘乃の目の前が黒一色に染まる。
「……おおく、ぼ?」
何が起きたのか、分からない。
それでも、大久保が九条を助けに来てくれた事だけは不思議と理解出来た。黒い布で九条を覆うと、担ぎ上げる。
(どうしよう……どうしよう……先輩が消えちゃう)
涙が溢れて止まらない。
紘乃はしゃがみこんだまま、動けずにいた。
「何してんだ!?」
「…………」
「さっさと来い! お前以外に誰がコイツ助けんだよ!?」
「……う、うんッ!」
「ひろちゃん!? どうしたの、ひろちゃん!?」
誰かの紘乃を呼び止める声がする。しかしその声にも耳を貸さず、紘乃は大久保の後を追いかけた。
***
【旧寮・九条の部屋】
九条は青白い顔で眠りについている。
(でも、良かった……)
先程までは苦しそうに息をしていたけれど、今は少し落ち着いたようだった。
(大久保がもう少し来るのが遅かったら……考えただけで、震えが止まらない)
「応急措置はしたから。加藤はしばらく側にいてやれよ」
「え、大久保行っちゃうの……?」
紘乃は部屋を出ていこうとする大久保の背中を追おうとしたら、まだ朦朧とした意識の九条に手を掴まれた。その力はあまりに弱々しく、儚い。
(この間はあんな……痣が出来るほどだったのに)
紘乃は苦しくなって、その手を両手で包み込んだ。
「あと、頼んだぜ」
「うん。ありがとう大久保……」
大久保が出ていくのを、背中で感じた。
包み込んだ九条の手をもう一度ぎゅうっと握る。微かに九条の温度を感じて、それだけで涙が出た。
あのまま、消えてしまうんじゃないかと思った。
サラサラと消えていく九条の手が、頭から離れない。
紘乃はずっと、恐れていた。
九条をこれ以上好きになってしまう自分も、いつか飽きられて捨てられてしまうかもしれない未来も。怖くてたまらなくなって、自らの手で切り捨てた。
でも本当に怖いのは、九条を失う事なのだと気づいてしまった。
「……九条、先輩ッ」
(あたしの血でもなんでも全部あげるから)
(あたしの命と引きかえでもいいから)
(お願い……消えないでッ……!)
「ひ、ろの……?」
「……ッ! せんぱ、い?」
「……泣いてるの?」
「だって……ッ、先輩、……先輩ッ!!」
九条が微笑んで、紘乃の頭を撫でる。そしてその指で涙を拭った。それでも涙は止まりそうにない。
「先輩……どうして、あんな事?」
「ひろのに聞いておきたい事があって……」
「……あたしに?」
「僕の事、嫌いになっちゃった?」
「そんな訳……ッ、ないじゃないですかッ!!」
(今でも、こんなに好きなのに)
「……そっか」
九条は、深い溜息をついて微笑む。
(……どうしてそんな、安心した顔するんですか?)
(分からない。でも……)
「先輩が無事で、ッ、本っ当に、良かっ、た……」
顔さえも上げられなくなって泣きじゃくる紘乃を、九条は静かに抱き締めた。
(先輩の香り……。目が眩むほど愛しい)
「ねぇ、知ってる?」
目を合わせて九条が聞く。その眼はどこまでも深く優しい。
「君が一瞬で泣き止む方法。教えてあげる……」
唇が触れる瞬間、九条は甘く紘乃の名前を呼んだ。




