still……
「……くじょう、せんぱ、ッあ……」
「ねぇ、君も、僕を置いていく……?」
「あ、九条……せんぱ、い」
快楽に溺れて、すがる女のコは、さぞ可愛いだろう。
泣きすぎて涙さえも枯れてしまった。別れを告げたのは紘乃の方だ。
(何があっても関係ないんだ。もう、苦しむ必要はない)
「加藤! 悪ぃ、これ職員室出しといて!!」
「ちょっと! 今日の日直、相原でしょ!?」
「これからデートなんだ! マジ今度何か奢るから」
「……学食の限定十食ランチ」
「OK! サンキュ!」
相原はもう一度お礼を言うと、足早に走って行ってしまった。
(仕方ないなぁ……)
壊れそうな甘い時間を手放して、戻ってきたのは平凡で退屈な日々。心は驚くほど、平穏で静か。
(これでいいんだ)
紘乃は何度も自分に言い聞かせた。
(……これで良かった、んだよね?)
「あれ? 今日の日直って加藤だったか?」
「違いますー」
「相原か。仕方ねーヤツだな全く……。その辺置いといてくれ。ご苦労様」
「失礼しましたー」
――ガラッ。
「あ、」
それは不意打ち。ずっと会わないように注意していたのに。
「ひろの……」
「……ッ」
紘乃は慌てて目を逸らして、すれ違おうとした。その瞬間思いきり腕を掴まれる。
「……ッ嫌」
振り払おうとしても、力が強くて振り払えない。
その時の九条は今まで見た事ないくらい、冷たい眼をしていた。
(……先輩が、怖い!!)
「ちょっと来て」
抗えないまま、階段の踊り場まで九条に引っ張られた。血が止まるほど強く掴まれた手首が、痛い。
あの頃はいつだって余裕そうに笑って、何を考えているのか全然分からなかったのに。
今は余裕無さそうに、感情をむき出して。
(こんな先輩、知らない)
平穏だった、凍りついていた、心臓が……また。
――ダンッ!!
「……ッイ、タ」
思いきり壁に叩きつけるように押し付けられる。紘乃を捕らえる九条の眼は、震えるほど冷たかった。
「どうして電話に出てくれないの? どうして会ってくれないの?」
掴んでいた九条の力が抜けていく。手首には九条の手の痕が赤く残っていた。
「ねぇ、答えてよ……ひろの」
さっきまでの冷たさが嘘みたいに、九条の眼が揺らぐ。
その声に、指から伝わる熱に、引き戻されそうになる。でも紘乃の中に、どこかでそれを冷静に見ている自分もいた。
「あたしの代わりなんていっぱいいるくせに」
こんなに冷たい声が出るなんて、自分でもビックリした。その時九条がどんな顔をしていたか、思い出せない。
ただ、これで本当に終わったと、そう思った。
九条を振り払って、歩き出す。
(さよなら。さよなら。さよなら)
(九条先輩)
(あたしは、)
階段を駆け下りて角を曲がると、ガクンと足の力が一気に抜けて崩れ落ちた。もう枯れてしまったと思っていた涙が、また溢れ出す。
(あたしは、まだあなたが……大好きです)




