regret
震えるスマホを開けば、表示される『九条先輩』の文字。あれから毎日、九条からの着信は続いた。
「出なくていいの?」
「……え?」
「電話。九条先輩でしょ?」
美月が心配そうに首を傾げて、紘乃に聞く。
「もう、いいの」
「うん?」
「会わない、って……決めたから」
「ふーん。そっか」
「うん」
「紘乃がそう決めたなら、何も言わないけどさ、……」
「ごめん、急用思い出した。行かなきゃ」
「ちょ、紘乃……!」
『無理してない……?』
美月にそう聞かれて。
『大丈夫だよ』
紘乃は精一杯の笑顔で、そう答えた。
でも。
(無理してなきゃ、どうにもならないの)
着信履歴が増える度に、溜息が増えていく。
紘乃はこれ以上近づいたら、自分がどうにかなってしまいそうで怖かった。だから今は九条を遠くから見ていた、あの頃の自分に戻るだけ。
「はぁ……」
(それがこんなに退屈な日常だったなんて、忘れていたけど)
「あ、……」
(いた)
それは一週間ぶりに見る九条の姿。大久保達と廊下を歩いている。しかしその表情はどこか心ここにあらずな感じだ。
(こんな遠くから眺める九条先輩は、いつぶりだろう)
ずっと、ここから九条の姿を撮っていたあの頃。
カメラを持つ手が震える。深呼吸をして、ファインダーを覗いた。
紘乃は最初から、分かっていた。九条は自分が一緒に居ていいような人じゃない、と。
でも……。
九条が名前を呼んで笑いかける度、感覚が麻痺していった。九条の特別になりたいと願った。
しかしどんなに願おうと、きっと九条のオモチャで、数あるコレクションの一つなのだ。それは九条の気まぐれで、いつか捨てられる。
少し近づきすぎてしまった。九条なしでは生きられなくなる前に離れなくては、と思った。
もう後戻りなんて出来ない。
だけど、今でも……。
『ひろの……好きだよ』
朦朧とした頭で、一度だけ聞いた九条の言葉が、まだ離れない。
多分時間にしたら、これまで生きてきた人生のほんの一瞬。でもそれが今の紘乃には果てしなく、長い。
「……先、輩」
きっと。
手を伸ばしても、もう届かない。
――ガシャン……!
涙が溢れて、シャッターが押せない。手から滑り落ちて壊れたカメラはまるで自分自身のようだと、他人事のように思った。
未練がましいと思う。でもどうしても捨てられなかった。写真の中の九条は、あの頃と変わらぬ笑顔のまま。
「……会、いたいよッ、せんぱい……」
どんなに叫んでも、もう届かない。




