ファインダー越しの君へ
目が合ったら、最期。
その身体は石のように動かなくなる。らしい。
写真部の活動は基本的に月二回。どこの作品展に出す訳でもなく、ただ好きな写真だけを撮る。言わば趣味の延長線。そんなやる気の無い写真部だが、実は裏の顔があって……。
「九条先輩の写真もう売り切れだって!」
「嘘? やっぱりすごい人気……。また焼き直さなきゃ」
「新しい写真もよろしく」
「うん。今から行ってくる」
「本人にバレないようにね」
「だいじょーぶだって!」
加藤紘乃は写真部エースである。エースというのも、写真部にとってそれは裏写真の売上を意味する。アイドル級の生徒会メンバーの隠し撮り写真と言ったら、学園内に収まらず、外部にまでも売れに売れるのだ。
彼女はカメラ片手に部室を飛び出した。向かう場所は屋上。学園全体を見渡せる、秘密の隠し撮りスポットである。
カシャ、カシャカシャ……。
(九条先輩……)
シャッターを押す度に、その姿は鮮明に写し出される。
紘乃は写真の売上が伸びれば伸びるほど、彼の人気を肌でひしひしと感じていた。自分なんかが近づく事など出来ない、遠い存在である、と。
それでも。ファインダー越しに見つめるこの瞬間だけは、自分だけが知ってる先輩のような気がして。
紘乃は答えの出ない複雑な気持ちに駆られていた。
「……ッ!?」
(今、目が合った?)
思わずカメラから目を離す。
(気づかれた? いや、まさか)
屋上から九条までは相当の距離がある。紘乃がもう一度ファインダーを覗くと、そこに九条の姿はなかった。
「あれ……?」
(この時間はいつも温室で薔薇の手入れしてるはずなのに。どこ行った……?)
「いつも僕を撮ってたのは君?」
「ひゃああああ@☆★◎◆△※〒!?」
いきなり後ろから声をかけられて、紘乃は声にならない声をあげる。振り向くと案の定、一番ここにいてはいけない人が立っていた。
「この間うちの学校の女子がこれ持ってたんだけど」
(それは今売り切れ続出の九条先輩キラキラスマイルショット!? (私の自信作!))
「これも、君が撮ったの?」
(ヤバい! バレたっっ!!)
隠し撮りの販売。バレたら、絶対退学。
紘乃は何とか誤魔化そうと頭をフル回転させたが、じっと見つめられて動けない。
(あの噂……ホントだったんだ)
紘乃は今までにない圧迫感に押し潰されそうだった。頭から足の先まで冷え切るような感覚。
全てを見透かしそうなその瞳の前で、嘘なんかつけない。
「……はい」
「へぇ? そう」
いつもは魅惑的なその笑顔が今は怖い。不意に手が伸びて、髪に触れる。
「君、名前は?」
「か、加藤……ひろの」
これ以上近づいては危険だと、身体が信号を出すのに。ゆっくりとその手が離れて、切なさで苦しくなった。
「放課後、生徒会室に来て」
「へ?」
「来なかったら、退学」
「は、はいいい!」
その反応に満足したらしい先輩はくすりと笑って。
「じゃあ待ってるよ。ひろのちゃん」
「…………」
(心臓が……壊れそう)
パタンと屋上の扉が閉まると、紘乃は腰から崩れ落ちた。