邪眼
「僕のテリトリーで、随分暴れてくれたみたいだね?」
口調はどこまでも優しい。
でも、その眼の奥に潜むのは、底知れぬ闇。
『ヤ、大和サマ……何故貴方ガ此処ニ!?』
屍食鬼と呼ばれる彼らが怯える姿を初めて見た。
感じた事のない圧力が重くのし掛かる。その場に立っている事さえままならない。
これが、純血の力……。
(その眼を見ていない俺でも分かる。この人は、ヤバい)
「カイト、大丈夫か?」
「うん。なんとか……」
「そっか」
カイトの顔を見てふにゃんと笑う。
美月は以前自分の事を鈍感で空気が読めないと言っていたが、多分それは間違っていないとカイトは思った。
(この状況に全く緊張感がない……)
『ヤ、ヤメテクレ……』
その眼に怯えて動けなくなった屍食鬼の額に、九条は右手を差し出す。
怯えきった屍食鬼が目を見開いて、息を飲んだ。
『頼ムッ……ソレダケハ!』
辺り一帯を一気に暗闇が包み込む。
九条の眼が一瞬紅く光った。
(……え?)
まるで闇に飲み込まれたみたいに。
ソレは、跡形もなく消えた。
「な……ッ!?」
息つく間もなく、九条はもう一体にも手を伸ばす。その運命は誰にでも手に取るように分かった。
「あの……すいません」
「……ちょっ、美月先輩!?」
美月が挙手している。それを見た九条は、律義にも『はい、そこの眼鏡さん』と指してくれた。
(そこは乗ってくれるんだ……)
「彼らを助ける術はありませんか?」
「美月、お前何言って……」
「きっと、戻れるはずです!」
また馬鹿な事ばかり言って、と美月の言葉をみんな笑う。
(でもそんな事を本気で言っちゃうような先輩だから。俺は先輩の側にいる事を選んだんだ、きっと)
「君を傷つけたコイツを許すのかな? 眼鏡さんは」
「許すも何も、あたしは最初から誰の敵でもありません」
九条の問いにも、美月は少しも揺らがなかった。その目は真っ直ぐ九条を見つめていた。いつもの男子相手にオドオドしている美月の姿はない。
「……あっそ。じゃあコイツは眼鏡さんに任せた」
「え! 九条先輩!?」
「疲れたよーひろのー」
「え、あ、お疲れ様です」
九条はすぐに紘乃の元へ向かい、後ろから抱き締める。その腕の中で紘乃は恥ずかしそうに身じろいだ。
(さっき化物さえ脅えさせた人はどこ行った……?)
今彼らの目の前にいるのは、ただのちっちゃな甘えん坊だ。
「……という訳で」
美月が倒れた屍食鬼の前にしゃがみこんで、にっこり微笑んだ。
「ちょっと美月ちゃん! 危ないって!!」
真由の制止も聞かずに、屍食鬼に手を伸ばす。
「エイっ!」
『イッテ!!』
((((え、デコピン……!?))))
そこにいる誰もが突っ込んだ。しかしみるみるうちに、その姿は人間の姿へと変化していく。
「……ガキ、だと!?」
それはまだ青年にも満たない少年の姿。
屍食鬼に成り下がった者に訪れるのは破滅しかない。鬼の運命を知った幼い時から、そう教えられてきた。
元の姿に戻る事例等、今まで一度も聞いた事がない。
「アンタ……俺に何した!?」
その姿に一番驚いているのは、少年自身のようだった。
「あたしの気送り込んでおいた。これでしばらく動けるっしょ?」
「なんで、そんな事――」
「それからこれはぁ、気を整えるお守りの数珠ね~」
「…………」
美月は少年の腕に数珠を付ける。少年は訝しげな顔で、それを見つめた。
『アイツ、なんであんなの持ってんだ?』
『確か美月の実家で売ってる御守りだったような……』
『あべの実家?』
『神社』
藤代は隣にいた篠宮にコソコソと耳打ちをする。
そして篠宮は『今は住んでないらしいけどね』と付け足した。
「ピンクでカワイイでしょ?」
「別に……」
「え〜、絶対無くしちゃダメだからね……、えーと何て呼べばいい?」
「……名前は、ない」
彼は俯くと、そのまま黙り込む。
「じゃあ……夕樹で」
「ちょっと美月ちゃん、それどこから出てきた?」
「子供が出来たら付けようと思ってた名前ですよ」
「ハハ……相手もいないくせに子供の名前かよ」
「だまれしのみや」
「酷っ……」
「よろしくね〜夕樹」
篠宮には絶対に見せない笑顔で美月は笑いかける。夕樹と名付けられた少年は小さく頷いた。
また、賑やかになりそうな、予感。




