遭遇
「じゃあ帰ろうか」
篠宮の言葉に、真由は小さく笑って頷いた。
「野々村さん、さっき大久保と何話してたの?」
「美月ちゃんの事。もし何かのきっかけでバレちゃって、そしたら守ってもらえるか頼んでみたけどダメだった……」
「大久保に頼むなんてチャレンジャーだね、野々村さんも」
「だってりゅうちゃんがOK出したら何でも大丈夫そうなんだもん」
(……りゅうちゃん、か)
大久保の女嫌いの原因を知った真由は、何とか克服させようとして奮闘している。今では触れないまでも多少話すくらいは平気になったらしい。
(あの女ってだけで拒否反応示してた大久保が、ねぇ?)
「そういえば美月ちゃんの名前言ったら、りゅうちゃんがゴーストって呼んでたけど、何でかな?」
「……えっと、それは、」
(……ッ?)
不意に篠宮の鼻をかすめる血の匂い。それもかすり傷程度なんてものではない。
若い女の、血だ。
「野々村さんッ……!?」
ヤバい。逃げよう。
篠宮が言おうとした瞬間、目の前に何かがゆらりと姿を現す。
ドサリと音を立てて、血まみれの女の人が倒れるのが見えた。
「な、なに……あれ?」
「……屍食鬼!?」
「え?」
危険だと本能が叫ぶ。ソレは人であるが人の形をしておらず。
肌は赤くただれ、骨と肉が剥きだしになった腕の先には奇妙に長い爪。大きな口から見える牙。そこから先程の女性のものと思われる血がボタボタと滴り落ち、目はぎょろりと次の獲物を狙っている。まるで血に飢えた化物。
「きゃああああああ!!!!!!」
さっきまで距離のあったソレは瞬間に、真由の前に立ちはだかり、鋭く尖った大きな爪を振り下ろす。
「野々村さん!!」
考えるより先に、身体は勝手に動いた。
「……し、のみや、くん?」
真由を抱き締める腕に力を込める。
(良かった。野々村さん、無事だ……)
しかし感じるはずの痛みはいつまでも訪れなかった。
「何してんだ!? 早く逃げろ!!」
「……大久保!?」
声に振り返ると、化物と対峙してる大久保の背中。
「行こう! 野々村さん!!」
「りゅうちゃんだけ置いて行くなんて、嫌ッ!!」
「何があっても振り向くな。前だけ見て走れ」
「わ、分かった……。わりぃ! 大久保!!」
篠宮は動こうとしない真由を無理矢理立たせて、手を引いて走り出す。
(とにかく今は野々村さんを安全な場所へ……ッ!)
――グサッ
「ッ……ぅぐ!!」
何かを刺すような鈍い音。
間もなく耳に届いたのは呻き声。充満する血の匂い。
何があっても振り向かないと約束した。それが真由を守る最善。
(でも……)
(俺は馬鹿だから。大久保)
(お前を見捨てる事なんて出来ない!!)




