涙雨
熊谷は図書室が好きだ。本を読む方ではない。しかし仲のいい滝本の付き合いで来るうちに、静かでよく眠れる場所だと気付いた。
それに図書室には気になる存在がいた。図書委員の美月だ。
彼女と熊谷は二年になって違うクラスに離れてしまったが、一年の時は同じクラスだった。化粧っ気もなく、今時珍しいおさげに眼鏡という昭和なルックスは逆に熊谷の目を引いた。
気になって何度か声を掛けると一言二言返ってくるのだが、その後がなかなか続かない。男子の中では背も低く中性的な顔立ちで、女子のみならず広い層に小動物的な人気を集める熊谷にとって、そんな美月は珍しい人種であった。
ちょうど熊谷が図書室を訪れた時、本を取ろうとしてバランスを崩し脚立から落ちる美月と遭遇した。
「……くま、がいくん?」
抱き締める形で何とか美月を支える。目を開けた美月を見てホッとした。しかし普段は長い前髪と眼鏡に隠れてよく見えないその目には、また涙が浮かんでいる。
今の状況に気付いた美月が、ありがとうと言いながら慌てて離れた。女子なら誰でも喜びそうなこの状況で、相変わらずな態度に、熊谷は苦笑した。
「高いトコの本なら、いつでも取るよって言ってるのに」
「……ごめん」
落ちた本を戻しながら言うと、美月は立ち尽くしたまま、何度もごめんと謝った。
「取りたかったのは、これ?」
「うん、ありがとう」
しゃがんだ体勢から本を渡そうと見上げたら、美月の半袖からチラリと包帯が見える。熊谷の視線に気付いた美月は慌てて袖を引っ張った。
「安倍ちゃん、それ」
「何でもない」
「何でもなくないよ!」
「あ、ッ……ダメ!!」
嫌がる美月の手を取って、無理矢理袖をめくる。
(やっぱり……)
さっきから微かに血の匂いがしていた。腕に巻かれた包帯には血がうっすらと滲んでいる。
「これ。どうしたの?」
「……部活で、ちょっと」
「いくら合気道だって、こんな怪我する訳ないじゃん!」
美月はハッと顔を上げると、しゃがみこんでぽろぽろと泣き出してしまった。
「安倍ちゃん?」
「あたし今、嘘ついた……」
「……うん」
「誰にだって言えない事くらいあるのに」
「うん?」
「あたしだって、二人に言えてない事、あるの、に……」
二人と聞いて熊谷はいつも一緒にいる紘乃と真由の姿を思い出す。仲のいい二人に言えない事が何なのか、熊谷には分からなかった。
しかしそれが美月をこんなに苦しめている事だけは明確だった。
さっき支えるのに掴んで傷口が開いたのか、血の匂いが濃くなってくる。
「とりあえず保健室で手当しよ? ね?」
熊谷の優しい声に、いつもは逃げていく美月が珍しく素直に頷いた。




