第五番 The Path of Wind
自主連の場所はだいたい決まっている。
音楽室を借りるか、カラオケか。
(でも今日はお外な気分)
神社の境内を抜けて、鎮守の杜まで足を伸ばす。人気のない秘密の練習場所。
木葉の隙間から日差しが差し込んで、キラキラと眩しい。
木陰になっているこの場所には、涼やかな風がふわりとすり抜けていく。
しん、と静まり返った森にサックスの音色だけが響き、それは流れるように舞って、風に溶けた。
「さやか、先輩……?」
不意に名前を呼ばれて振り返る。
そこには普段見慣れないTシャツ姿で、弾む息を小さく整えるピアニストがいた。
「駆くん? どうしてここに?」
「いや、さやか先輩のサックス聞こえたから……走ってきちゃった」
頬が赤い気がするのは走ってきたせいだろうか……。照れながら笑うから、あたしも思わず笑ってしまう。
ここ最近、毎日と言っていいほど顔を合わせていた彼と、約束もしていない日に、偶然こんな場所で会ってしまうなんて。
それなのに。
「客観的に聞いてみて気づいたんですけど」
「うん」
「先輩さっきのとこ、もう少し走れます?」
「それじゃあ駆くんがキツいんじゃない?」
「いや、でもその方が先輩の良さ出るんで、俺合わせますよ」
「分かった、やってみる。ちょっともう一回聞いて?」
「はい」
会話の内容はいつもと少しも変わらない。
でもそれが心地いい。
「これからは自主練の時呼んでくださいよ」
「え〜悪いよ〜。いつも駆くんが完璧だから追い付くための自主練なのに」
「水臭いですよ。いつでも付き合いますから。ね?」
「うん。分かった。いつもありがとね」
「いいえ」
駆くんと練習をしていると時間を忘れてしまう。気付くと辺りは夕暮れに染まり始めていた。
アルサクをケースに仕舞って立ち上がると、二人で歩き出す。
「あれ……?」
神社に向かうとオレンジの明かりが辺りを照らし、人々が行き交い賑わっている。それは参道にまで続いていた。
「今日夏祭りだったんだね」
音楽に没頭する毎日で、すっかり忘れていた。
「少し歩きますか?」
「……いいの?」
あたしが目を輝かせたのが分かったのか、駆くんは苦笑してお祭りの中に歩みを進めた。
演奏だっていつもあたしに合わせてくれる。
(あれ? そういえばなんでそんなに合わせてくれるんだろう?)
「何してるんですか? 置いてっちゃいますよ」
「あ、待って!」
(そういえば今年夏っぽい事なんもしてないなぁ~)
屋台の並ぶ参道をわざとゆっくり歩きながら、ぼんやりそんな事を思う。
「先輩? さやか先輩!」
「え、何?」
「何、じゃなくて。はぐれないで下さいよ? 危なっかしいんだから」
そう言うと駆くんは目線を合わせるように、あたしの顔を覗き込んだ。
(……ッ!)
「あ、りんご飴!」
慌てて顔を逸らし、ちょうど目の前にあった出店に駆け寄った。
思った以上に近づいていた距離は、無駄に心臓に悪い。
「りんご飴好きなんですか?」
「う、うん」
(司と食べたいな……)
一度思ってしまったら最後。ずっと胸に隠していた思いが堰を切ったように溢れ出す。
(花火も一緒に見たいし、海にも行きたいし、てゆーか司と会いたーい!)
「先輩」
駆くんに呼ばれてハッとする。
気付くと、目の前にりんご飴を差し出されていた。
「え、これ……?」
「俺といる時くらい、俺の事見てくださいよ」
聞き間違いかと思った。
でもあまりに真剣な目をしていたから、聞き流す事も笑い飛ばす事も出来なかった。




