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9,領主

 領主公邸。改めて入ったけど、それはかなり大きかった。

巨大なホールの中央には二対の螺旋階段、正面、そして左右の壁には幾つもの扉。

内装の基調は赤だけど、金銀細工があちこちに嵌められていて、それはもう豪華絢爛としか言えないような部屋がいくつも続く。

起源龍エレメンタル・ジェネシスは兵士により中庭に運ばれ、さっそく解体が始められている。

でもみんな本物を解体するのは初めてという様子で、硬い鱗にいきなり刃物を当てて折ってしまったりと、悪戦苦闘してるようね。

そんな光景を横目に見ながら渡り廊下を抜け、私たちは二つ目の棟に移動する。見たところ領主の館は三棟構造で、前側二棟が公邸、奥の一棟が私邸となっているみたい。

私たちの通されたのは、その二棟目の三階、ほぼ中央にある接客室。

左右に並ぶ豪華な調度類に、相変わらず派手な赤いスーツとマントを羽織っているオールバックの三十代男。

やっぱりひょろりと背が高く、ガラの悪い顔つきは変わらないよね。昨日の今日だから仕方ないけど。


「先ほど起源龍エレメンタル・ジェネシスの討伐をされたネスト様とその一同であります!」


相変わらずガチガチの態度で、私たちを連れてきた士官が領主に報告する。

オールバックは傲岸不遜な態度で私たちの前に歩み寄ると、じろりと私たちを睨みつけた。


「どこかで見たと思ったらお前らか、地下牢から逃走しておいて、よくもおめおめ顔が出せたものだな?」


私の耳元で、ボソリと領主が嫌味を言う。ううっ、我慢です! こうなることは判ってたんだもの。


起源龍エレメンタル・ジェネシスを討伐したことは褒めてとらそう。だが、お前たちは伝説の勇者を騙っているそうだな、それはどういうことかね?」


冷ややかな口調で吐き捨てる領主。うわっ、ほんとに性格悪いよこの人…


「伝説の勇者を騙り、この都市で反乱を扇動する気なのであろう。盗っ人猛々しいにも程があるわっ!」

「お言葉ですが、彼らが本物ではないという根拠は何でしょうか? 起源龍エレメンタル・ジェネシスを討伐した時の手際は見事そのもので、勇者に違わぬ働きと認めますが!」


相変わらず高圧的な態度の領主に、必死に弁明を続ける士官。うわっ、また険悪な雰囲気になっちゃってるよぉ。


「では八五年も前の勇者がなぜここにいる? それこそが詐称の証であろうが! それにこの都市には勇者などいらぬ。勇者は民衆を煽り、街の治安を乱すだけだからな。皇帝派との関係が怪しい雲行きである以上、今はわずかの治安の乱れもあってはならんのだ。牢にぶち込んで厳重に監視しろっ! 明日の昼処刑執行だっ!」

「りょ、領主様! それは街を守った勇士に対してあまりにひどすぎます!」

「おや? 君はラゲルタを滅ぼしたいのかね? ならば反逆者として一緒に処刑してやるが、それでいいのだな?」


領主の一方的かつ冷酷な問いかけに、思わずたじろぐ士官、そして、憤懣やるせないといった兵士たち。


「あ~あ、こりゃ確かにラゲルタが滅びるのも時間の問題だなあ、こんな無能な領主を黙認してりゃ、近いうちにその皇帝派とやらに攻め滅ぼされるぜ!」


そんな中でいきなり嘲笑の声を漏らしたのは…ネスト! って、なんてこと言ってるのよっ!?


「やばいよそんな事言っちゃ! 余計話がおかしくなっちゃうよ!」


おろおろしながら諭すきららを無視して、ネストはだんだん雄弁になる。


「だってそうだろ? 正しいことをして申告しても、それが詐称だ、反乱だって言われるんだぜ? おおかたあんたらにも覚えがあるんだろ!?」

「ぐぐぐっ、い、言わせておけばつけあがりおって!」

「それじゃ、さっきのてめえの態度はなんだよ? 伝説の勇者だかなんだか知らねえが、俺たちはそんなことただの一言も言ってねえ。それのどこが詐称だって? 笑わせるんじゃねえぜっ!」


言いたいことを言ってすっきりしたのか、ネストはそれっきり黙ったけど、領主の方は怒り心頭みたいで拳に力が入ってるのが見え見えなの。


「よくもほざいてくれたな若造! 明日の昼にどんな泣き言を喚くか楽しみだ! とっとと連れて行け!」


鋭く叫び、兵士たちに私たちの拘束と移送を命令する。ネストは平然と兵士の後ろをついて歩き、残る私たちは仕方なくとぼとぼついていくことに。

一階についた頃に、改めてネストは同行する兵士たちに問いかけた。


「お前らあの領主に従ってて、ほんとにいいと思ってるのか?」と。

「お、俺たちは…」


やはりいくつも不満はあるらしい。一同は一気に口篭る。


「じゃあさ、いっそこの街を変えてみる気はないのか?」

「そんな無茶だ!」

「できるわけねえ!」


けどネストの誘いにも兵士たちは否定的。この調子じゃ、領主をぎゃふんと言わせることすら無理なんじゃない?


「それじゃ、こういう方法はどうだ?」


兵士の一人を顎で呼び、何やらそっと耳打ちすると…


「そんな…やるんですかい?」


驚愕の表情でネストを見つめる兵士に、ネストはにやり、と笑いかけるとさらに顎をしゃくってみせる。

兵士が順に小声で囁いていく。まあ、一種の伝言ゲームだよね。


「これでいい、今夜はゆっくり寝かせてもらうぜ」


楽しそうにウィンクしながら、ネストは私たちに呑気な口調で語りかけた。って、一体何をしたんだろ?

地下牢に着き、辺りを見回すと牢には先客、クルーゲとかいう士官と、昨日の牢の見張り番。やっぱり捕まってたのね…


「クルーゲさん、ごめんね…」

「気にするな、どうせ私はこうなる運命だったのだ。最後にあなたのような優しい方に出会えて、逆に幸運だと思っているよ」


はうぅ、クルーゲさんったらこんな気丈なこと言ってる、そんな割り切られちゃうと、すごく罪悪感感じちゃうのに…


「さてと、明日が楽しみだぜ!」

「何か勝算でもあるだべか?」

「まあな、だが今は明かせないね♪」

「あーっ、ネストのケチぃっ!」


残るみんなは好きなこと言ってるけど、私はそんな楽観的にはなれないの。物事がどんどん悪い方に流れていくなんて…


「それじゃあ、済まんな、これも仕事なんだ」

「気にするな! その代わり例の件、頼んだぜ!」

「ああ、必ずやっておくよ」


兵士と少しやり取りすると、ネストは素直に牢に入る。私たちにも顎で促し、全員が牢に入ったのを認めた上で


「さあみんな、明日に備えてしっかり休んどけよ! 逃走なんて考えるな!」


景気のいいのはネストだけ、残るみんなはテンションも低く、何が起きるのやら、と半信半疑。


「ううっ、せめてここに入る前にお風呂くらい入りたかったねぇ」

「ほんと、体中ベトベトになっちゃったのが、もうバリバリいってるよぉ」


独特の血の匂いと固まった血糊に泣き言を言うきららと私だけど、さすがに地下牢の中じゃ、お風呂には入れてもらえないよね。


「明日になれば、嫌ってほど入れるから我慢しろよ!」

「ううっ、ネストがそう言うなら…」


程なく運ばれてきた、本当に粗末な「臭い飯」を口に押しこみ、私たちはそれぞれのベットで不安な一夜を明かした。


------------


 朝、といっても地下牢には太陽の光は届かないんだけど、それでも朝はやって来る。

けたたましい鐘の音に叩き起こされて私たちはまた「臭い飯」を食べさせられ、運命の時間までの数時間を不安な面持ちで過ごすことに。


「ねえ、ネストは昨日、あの兵隊さんに何言ったの?」

「昼になれば分かるさ! それまで我慢しな!」


こんな調子で、ネストはニヤニヤするだけで何一つ私たちに教えてくれないの。ううっ、それじゃ、余計不安になっちゃうよ。

そして昼前、地下牢が急に慌ただしくなった。昨日の士官が兵士を連れて地下牢に降りてきて、私たち四人とクルーゲ、見張りたちの全員を牢から引き出すと、全員を街の中央広場に護送しだしたの。


「なになに? どういうことよ?」


きららが不安そうにみんなに聞いているけど、誰も答える人はいない。うーん、知らないのか答えられないのかはまだ謎だけど。

広場に着くと、すでに巨大な断頭台ギロチンが設置されていた。

鈍く光る巨大な刃が、首枷部分のはるか上で新しい獲物を待っている。

首枷には大量の染み、いくつもの命を奪ったという確かな証が刻まれてて・・・


「怖いよ、あの断頭台ギロチンリアルすぎるよ! なんかほんとに死んじゃいそうだよ!」


きららが怯えて叫んでる。私は・・・どうなんだろ? ネストの気持ちがまだよく分からなくて、目標もまだ見つけられなくて、すっきりしたいって気持ちもまだあるのかも。


「どうしたんだ?」

「伝説の勇者を処刑するらしいぞ?」

「伝説の勇者って、昨日起源龍エレメンタル・ジェネシスを倒した剣士たちだろ? なんでそんな・・・?」


集まってきた人たちが、口々に私たちのことを噂してる。それにしてもたった一晩しかたってないのに、よくみんな私たちが処刑されるって知ってたね。


「掴みは上々、ってか♪」


なにやらネストはしたり顔。こうなることを期待してたのかな?

どうやらネストは私たちの今日の処刑を、噂として吹聴するように兵士に吹き込んだみたいね。それが兵士たちの間でどんどん広がり、今は街中の人々に知れ渡っている、という状態みたい。


「なんで街を守った勇者を処刑するんだ?」

「領主の命令だとよ」

「それってどうしてですか? どこが悪いのでしょう?」

「知るかよそんなの!」


聞いてる限りじゃ私たちに同情する意見も多いみたいだけど、それでどうなるって言うの?


「ネストぉ、ほんとにダイジョブなんだろね? これって殺されても復活とかできるよね?」

「ごめん、それは無理!」

「な、なにそれ?」

「俺たち、この世界に本当に転生してるらしいからね」


立て続けのきららの質問に、いきなり両手を合わせたネスト。きららは唖然としてただネストを見つめるばかり。

…え? ネスト今なんて言った? 転生って、どういうこと?

私たちの後方でざわめきが起こり、複数の人影がが人ごみを掻き分けて前に進み出た。

それは、白い長衣ローヴの貫禄ある白髪猫背の老人と、護衛らしい数人の士官。

老人はつかつかとネストのそばに寄ると


「遅れてすまなんだな、伝説の勇者たちよ。そなたたちをここに召喚したのはこのワシじゃよ」

「アウル卿!?」

「先代領主様!」


老人の姿を見た住民たちが、次々と驚きの声を上げている。次第に沸き起こる歓声に、老人は静かに手を振って応える。


「まあ、そういうことだ。俺がゲームにログインしてお祈りしてたらこの爺さんと念話が通じてさ、助けてくれるっていうから便乗した!」

「意味がわからんべ?」

「つまり、交換条件だよ。俺たちとこの爺さんとの!」

「「「はぁ!?」」」


ことの意外な展開に、私たちはただ唖然とするばかりでした。


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