7,ネスト
「ふうっ、さっぱりしたっ♪」
お風呂に入ってほっと一息、私たちが部屋に戻ると、ぶすっとした表情でグレイが待っていた。
「こ、今回は覗き見なんてしてないべ!」
不貞腐れた物言いのグレイだけど、まじめに忠告守ってくれたんだからもういいよね。
「それじゃあ夜も遅いし、寝ましょ?」
「そだね、今日はいろいろあって疲れちゃったもん!」
二人で話し合って、ジーっと見る。もちろん相手は不貞ているグレイ。
「…出て行けはいいべな?」
不満そうな顔をしながらも、グレイは部屋から出ていく。
「それじゃ、おやすみなさい」
「お休みぃ♪」
それぞれベッドに潜り込み、なんとか手に入れたこの安息を満喫する。ホント今日はいろいろあったもんね、これくらい落ち着いて寝れないと嘘だよ!
「おーい!」
あれ? なんか雑音が聞こえたような…?
「部屋一つしか取ってないんたべが、俺も入れてくれねえべか?」
…なんか飢えた野獣が変なこと言ってるよ?
「床でもいいから部屋の中で寝たいだべ!」
うーん、どうしよ?
シーツにくるまったまま、きららと目で会話する。きららは微妙な表情してるけど、やっぱグレイも廊下で寝かせるのはかわいそうかも…
諦めたようにきららはため息一つ。私はベッドから抜け出すと、部屋の鍵を開けてあげる。
「すまねえ、絶対あんたらには手は出さねえから」
ペコリと礼をして私たちのベッドの間に毛布を敷くと、そのままガーガー寝てしまう。
「よっぽど疲れてたのかも」
「ま、寝てる限りは安全だね!」
ということで、改めてシーツにくるまる私たち。
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「ぎょえぇっ!」
「な、なにっ!?」
真夜中、私は突拍子もなく沸き起こったうめき声で目が覚めた。
この声って、グレイだよね? 何かあったのかなぁ?
薄暗い常夜灯の中、グレイが寝ているであろう場所をじっと見つめる。
床には毛布にくるまって寝ているグレイと、その上に乗る何やら等身大の白い…って、きらら!?
「はぁ…」
どうやら寝相の悪いきららがベッドから落ち、グレイの上に乗ってしまったというのが今の状況みたいね。
「きらら、そんなとこで寝てると風邪ひくよ?」
そっと揺すっても起きる気配はなく、下のグレイが呻き声を上げるだけ。仕方ないので背中をそっと指で触れ、背骨のラインをなぞっていく。
「にゃあぁんっ!」
びっくりして飛び起きたきららは、またもボーッとしたまま周囲をキョロキョロ見回す。
「あれえ? また落ちてたんだ?」
はだけた浴衣を直して、きららはもそもそとベッドに潜り込む。
…
「うっげえぇっ!」
…
「はにゃあぁっ!」
…
「どひょおぉぉっ!」
…
「ひぃああぁぁっ!」
…
その夜、私は同じことをあと二回やらされるなんて予想もつきませんでした。
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「痛たた…」
ベッドの上で腰をさすりながら、呆然と天井を見ているきららがいる。
床には何やら変ににやけた顔で寝言を言っているグレイ、そして私は…
「頭痛い…」
なんかひどい寝不足みたいで、頭はガンガン目は虚ろ、といった状態。
「きらら、まだ眠そうね…」
「うん、何か昨夜は、体中芋虫に這い回られる夢で、何度も目が覚めちゃった」
…芋虫じゃなくて私の指なんですけど…
「グレイ起きてる?」
「ぐふふ…この揉み応えはたまらんべ…」
…どうやら落ちてきたきららの感触を、夢の中で堪能してるのね…
「はあぁぁ…」
私は大きなため息一つ、昨夜私たちが地下牢から逃げたのは正解だったのかな? あの兵隊さんたち、ひどい目にあってないかな? けどあのまま残ってたら私たちが処刑されてたのよね。それじゃきららがかわいそうだし…
「えっちゃん?」
「…あ、なに?」
「どしたの? また何か悩み事?」
「うん、私たちが牢から逃げた以上、あの兵隊さんたち処罰されるよね? どうなっちゃうのか心配で…」
「うーん、あの領主のノリだと、すぐ処刑だって言っちゃいそうだね」
「なのよねぇ、かわいそうな事しちゃったかなぁ…」
「けど逃げてなかったら私たち殺されるんだよ? これしか方法なかったと思うよ?」
そう、私たちが助かるにはこれしかなかったのも事実なのよね。
「あの兵隊さんたちも助けてあげられないかな?」
憔悴しきった声でぽつり、無茶は解ってるけど、できればあの人たちも救ってあげたい。けど私にはそんな力なんてないし…
あ、また涙出ちゃった…
「まったく、えっちゃんらしいと言うか、情に流されすぎ! それじゃ自殺し…あっ!」
言いかけて慌てて口ごもるきらら。彼女なりに私の心配はしてくれてるのね。
「私が牢に戻ったら、兵隊さんたち助けてあげられるかな…」
ばしっ!
私の呟きは、いきなりのビンタで中断された。
「あんた解ってないでしょ! よく考えなよ? もしあんたが戻っても、いえ私たちが戻っても、あの人たちが私たちを逃がしたのは事実だよ? それで許してもらえるとでも思ってるわけっ!?」
「…きらら…」
ものすごい剣幕で一気にまくし立てたきららに、私はただたた茫然。こんなに怒ったきらら、初めて見たかも…
「だいたいあんたは、そうやって他人の事ばかり心配し過ぎなのよっ! 世間ってね、そんなに甘くないの! 全ての人を助けるなんて、誰にもできっこないのよ! それに私たちは今回もグレイに助けられたの! 私たちが牢に戻ったら彼は何? どんな立場に立たされると思ってるのっ!?」
「それは…」
ううっ、そうなのよね、せっかくのグレイの好意が無駄になるだけじゃなくて、彼も私と同じ苦しみを味わうことになるかも…
「わかった、牢に戻るなんてもう言わないから…」
「そうそう! 過去の事で悩んじゃダメ! これからをとうするかを考えるのが大事なんだから!」
「そう…そうよね!」
やっぱりきらら、ほんと彼女がいてくれるだけで、私すっごく救われてる気がする!
「まだ揉み足りねえべ、次はまだべか…」
「「寝ぼけてないでとっとと起きなさいっ!」」
「のひょっ!」
卑猥な手つきで寝言を言うグレイに、私たち二人の愛のエルボーアタックが炸裂! なぜか嬉しそうな悲鳴を上げるグレイ。
「な、何だべか?」
キョロキョロと辺りを見回すグレイの表情が何だかおかしくて、ついつい笑ってしまう私たちでした。
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「ううっ、ズキズキするべ…」
私たちの後ろで、両方の脇腹をさすりながらブツブツ言ってるグレイがいる。
今朝のエルボはちょっと力入れすぎたかな?
「それって自業自得でしょっ?」
あっけらかんと受け流すきららもきららだけど、私はちょっとかわいそうな気にもなってたり。
ちなみに今日はみんな着替えてイメチェン、私はクリーム色のフェミニンな膝上丈シフォンワンピースにつば広のコットンハット、きららはサンバイザーにパステルオレンジのドルマンスリーブと紺のキュロットパンツ、グレイは赤系チェック柄のシャツにグレーのスラックス。
うーん、カラーコーディネートはイマイチかもだけど、イメージカラーだけはとりあえず卒業しなきゃ。って、一人まだイメージカラー引きずってるし…
「とりあえず朝ごはん食べないとねー」
今朝のドタバタで体よく宿屋から追出された私たちは、さしあたって朝食をとるレストランを探してるところ。けどお店が開くにはちょっと早い時間だったかな?
「あそこはどうだべ?」
グレイが示したのは地味な和風っぽい料理店。ってこの世界に和風料理があるのかどうかは疑問だけど、どうなんだろ?
「和食はお腹にもたれるからねー、かるくトーストとかのほうがいいかな?」
やっぱりきららは乗り気じゃないみたい。
「あそこの喫茶店がやってるみたいよ?」
「喫茶店じゃ大した料理は出ないべ?」
今度はグレイが不服そう。ってか、私とグレイじゃ頭二つ分も身長差があるのよねー、見上げるたびに首が痛くて、ホント大変なの。
「グレイって、身長いくらあるの?」
「一九二センチだがどうかしたべ?」
「私と四二センチも違うんだ…」
それは確かに首も痛くなるよね。
おしゃべりしながら歩いてると、ちょうど開いたばかりっぽいレストラン発見!
「あそこはどう?」
「よさそうだね♪」
「俺は構わんべ?」
ということで、さっそくそのレストランに入ることに。
「いらっしゃいませ~」
中年のウェイターがあいさつをする中、私たちがちょっと背の低い扉をくぐる。後ろでゴツン、という音と「いてっ!」という声が聞こえたけど、うん、気のせいだよね?
店内には若い男性客が一人いるだけ。やっぱり朝早いせいか、厨房のガチャガチャいう音以外は静かなもの。
とりあえず窓際の席が明るくていいかな? と、三人で席をキープ。それを確認してすぐさまウェイターがメニューを持ってくる。
ざっとめくると、まるで内容は日本のレストランと一緒、トースト、和食、洋食、中華となんかゲームっぽくないんですけど。
「私はトーストとミルクティでいいや! えっちゃんどうする?」
「私もそれでいいかな、ミニサラダくらいはつけた方がいいかなとは思うけど」
「そだね、それでいこ♪ グレイは何にするの?」
「朝定食でいいべ」
「それじゃみんな決まりね? ウェイターさ~ん!」
みんなの注文が決まったのを受けてすぐさまきららがウェイターを呼ぶ。まあ客が一人しかいないからそうでもないんだろうけど、ほんときららって物おじしないなあ、ちょっと羨ましかったり。
「ご注文はお決まりですか?」
「トースト、ミニサラダ、ミルクティーを二セットと朝定食一セットね!」
「かしこまりました」
注文を受けてすぐさま厨房に向かうウェイター。
あれ? きららが向こうの男性客見てるけど、どうかしたのかな?
あ、立ち上がった、と思ったらその人の方にすたすた行っちゃった…
「一人で食べてるのもなんだから一緒に…」
なんか、一緒に食べようって誘ったつもりみたいだけど、なんかお互い固まってる、なんで?
「まさか…ネスト?」
「きららか?」
…え? 今なんて…?
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「お、お久しぶり…」
やっぱりさっきの男性客は、同じ傭兵団で一緒に戦った団長、ネストでした。そして…彼は私の…
「おひさ~♪ ネスト元気にしてた?」
「ま、まあ…な」
やっぱりネストも居心地は悪そう。それは…まあそうだよね。あんなことがあった後だもん。
「ごめん、私向こうで食べるから…」
いたたまれなくなった私は、そのまま席を立とうとする。けど、きららがそれを許してくれなくて。
「せっかくまた会えたのにどしたの? みんなで一緒に食べようよ!」
その気持はよく分かるんだけど、私、この人の前にはいられないの…
私は俯いたまま何も言えない。胸がいっぱいで何も言うことができなくて…
それはネストも一緒だったみたい。普段は朗らかなネストが一言も口聞かないんだもの。
「…どしたの二人とも?」
心配そうに私たちを見るきらら。けどね、一度切れた運命の糸って、そんな簡単には結べないものなの。
「やっぱり向こうで食べるから!」
引き止めるきららを無理やり振り切って、私はみんなから遠く離れた席へ。
今さら会えないよ…
こんなタイミングで会って、私どんな顔したらいいの?
ごめんねって、笑って謝ればいいの?
それとも別れましょうって言えばいいの?
無理だよそんなの、私にはそんな勇気なんてないもの…
思い出すだけで涙がどんどんこみ上げてくる。
やっぱりダメ、私、あの人の前にいちゃいけないの…
やっぱり私、あの豚魔人に殺されてたほうがよかったのかな?
それともあの草原で餓死してた方がよかったのかも…
私なんて…私なんて…消えてなくなっちゃえばいいのにっ!
…
「聞いたよネストから、あんたたち、付き合ってたのね?」
静かにきららが語りかける。
これっていつものきららじゃないよ。
いつものきららはもっとサバサバしてて、ちょっと無神経なくらいなのに。
だから何言ってても笑って許してあげられたのに。
やだよ、こんな優しい声かけられたら、また涙出ちゃう…
「戻ろう? 私たち仲間じゃない」
「ほっといて…」
「ほら、みんな待ってるよ?」
「いいからほっといてっ!」
つい口調が激しくなっちゃった。そして困惑しているきららがいる。
「…えっちゃん…」
「私、もうネストには会わない、いえ、会っちゃいけない女なんだもの…」
「そんなこと…」
「二度と会わないつもりで自殺したのに、なんで今さら会うのよ…それって…それって残酷だよ…」
「そんなことないよっ!」
ばしっ!
またきららに殴られちゃった…なんで?
潤んだ瞳のまま、まじまじときららを見る。きららも泣いていた。なんできららまで泣くの?
「きらら、どうして…?」
「わたしだって、わたしだってネストの事好きだったんだからっ!」
…え? 今なんて言った? きららもネストの事好き…?
「そりゃ大雑把だし、やることはがさつだし、口は悪いけどね。でもネストったら誰にだって優しかった、誰にだって誠実だった、そんなネストだったから、わたし今でも好きなんだもの!」
「それじゃ、きららがネストと一緒になれば…」
ばしっ!
はうぅ、また殴られちゃった…
「バカっ! それじゃまるで、わたしがネスト寝取ったみたいじゃない! わたしそういうの大っ嫌いだからねっ! 正々堂々勝負しなさいよっ!」
「そんな…」
「だからほら、涙拭いてこっちに来なよ♪」
言われておずおず席を立つ。でも…どんな顔してればいいの? どんな話すればいいの…?
…
結局私とネストは、食事中一切口を聞かなかった。
ネスト自身別人みたいに塞ぎ込んでいた。
そうだよね? あんなことがあった後だもの。
彼は私を許さない。私は彼に許してもらえるはずがない。
既に運命の歯車は狂ってしまったのだから。
再び重要なキャラクターの登場、そして複雑になっていく人間関係。
キャラクターイメージの整理をする意味もあって、前作と雰囲気が変わるところもあるかも知れません。
これも「大人になった」と大きな目で見てもらえると助かります。