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1、災難

二〇二七年初夏、世間を震撼させたカリバーン事件より三年後のとある街で…

「一緒になるまではお互い清い身体でいような!」

「うん、約束ね!」


あの日、私と孝志は固い約束をした。

まだ子供だったせいで、清らかなものを夢見すぎたのかも。あれは…確か三年前の秋にした約束だったよね。

 短大を卒業して社会人一年目、二〇歳になったばかりの私は暗い夜道を必死に走っていた。

孝志のワンルームは歩いてもあと一〇分ほど、高架橋をくぐれば目と鼻の先…

そこまで行けば助けてもらえる、きっと孝志が助けてくれる! そのわずかな希望だけでふらつく足に鞭打つ私。


「こんなことならハイヒールなんて履くんじゃなかった…」


いまさら涙をぽろぽろ零しながら悔やんでみたって、どうしようもないのは解ってるつもり。でもすぐ後ろの柄の悪い五人を振り切らなきゃ、どんな目に遭うかは火を見るより明らかなの。

 あれは今から一〇分ほど前、とある小さな会社で仕事の経理作業を終え、真っ暗になった公園脇の道を歩いていた時。


「君かわいいねえ、今から俺達と一緒に遊ばない?」


声をかけてきたのはいかにも軽薄そうなイケメンだった。

なぜか最近はこういうタイプの人によく遭遇する。「かわいい」とか「きれい」とか言えば、どんな女でもついて来ると思ってる人達って多いのかな?

私は「結構です」って断ってそのまま立ち去ろうとしたんだけど、そのイケメンはなおもしつこくついて来て、いつしか後ろに不良四人が続く、という今の流れになっちゃってる。それももう、下心ミエミエのいやらしい顔を浮かべて。

(…孝志、助けて…私を一人にしないで…!)

喉がカラカラで悲鳴すら出ない。会社の同僚は帰る方向も逆だから、助けを呼べるのは、もう少し走った先のワンルームにいるはずの孝志だけ…

人通りのまるでない深夜の郊外が、ここまで冷たくて寂しいものだなんて、私想像したこともなかった…

ビジネススーツのタイトスカートは走るのにはとっても不向き。どうしても歩幅が狭くなるから、いくら頑張っても歩いてるのと大差無いような気がして、気ばかりが先走りしちゃってる。

(助けて孝志! 早く私に気づいて!)

いくら走っても孝志のワンルームにはたどり着けないのかな? たった一〇分の距離がこんなに長く感じるなんて…


「ヤッちまおうぜ!」


不良の一人がそう叫び、それを合図に五人が一斉に私に襲いかかる。高架橋の下、普通列車の走り抜ける轟音にかき消されていく、私のかすれた長い悲鳴…


------------


「お、お前…!」


それから二〇分後、ワンルームの前でへたり込んでいる私に気づいた孝志は驚いて棒立ちになったまま…

そう…だよね、ボロボロのスーツに派手に破れたタイトスカート、腰まであった長い髪はボサボサで、顔も身体もアザだらけ、もう無残そのものの私が目の前にいるんだもん。


「…ごめん…ごめんね孝志…私…私…!」


ああ、なんて言ったらいいんだろ、出てくるのは滂沱のような涙と、延々と続く嗚咽だけ。

(あの日の約束、私、守れなかったの…こんな女、最低だよね…)

もう孝志に合わせる顔なんてなかったのに…

孝志の彼女でいることすらできなくなったのに…

それでも私、あなたを追い求めてた。

あなたに助けを求めたかった。

そして、あなたに許しを請いたかった…

少し遠いスーパーの買い物袋をドサリと落とし、ただ呆然と私の前に立ち尽くす孝志と、ただ悲しくて泣き続けるしかない私…

そして、もしここに着いていたとしても決して助けられる場所にいなかった孝志…

これが私の運命だったのね。

さよなら私。

孝志、もうあなたには会わないから。

いえ、あなたには二度と会えないから…

壁にすがりながらよろよろと立ち上がり、ふらつく足取りで遠く霞む私のアパートに向かう。

ハイヒールのかかとが折れているけど、もう私には要らないの。

ボロボロのスーツだって、もう新調する必要もないの。

怒ったような、それでいて困ったような表情のまま、孝志は何も言わずに私を見送る。

私のアパートまででも歩いて一〇分ほど、そんな遠い場所じゃないから。

でも…私の心はどこか遠くに行ったまま。

たぶん二度と帰ることはないと思う。

周りは確かに「きれいになったね」とか「かわいくなったね」とか褒めてくれたけど、私はそうは思わない。

私よりきれいな人はいっぱいいる。そして私よりかわいい人もいっぱいいる。

ごく普通の女の子として育ち、ごく普通の女性として孝志と結婚し、ごく普通の慎ましい生活を送るはずだった私。

それはただの私の妄想。

決して叶えられることのないただの夢。

孝志はきっと、傷物になった私を許さないと思う。

今は許したとしても、事あるごとにほじくり返すと思う。

そう思うと無性に泣けてくる。

神様、私、いらない女になっちゃいました…

アパートの鍵をかけ、浴槽の水を満たす。

右手にはよく切れるカッターナイフ、あとはほんの少し勇気を出すだけ…

ああ、腕に絡みつく浴槽の水が、こんなにもひんやりと気持ちいいなんて…

頭がすうっと軽くなる。真っ赤に染まっていく浴槽の水を見ながら、どこか遠くに運ばれていく私…

(ごめんね孝志、私、これから遠くに行きます。あなたはいい女性を見つけて、幸せになってね…)


しばらくの間、主人公の名前が明らかにならないと思います。

これは主人公の主観によりストーリーが展開する関係で、もしかしたら出会うかもしれない知り合いでもいない限り、しばらくこの状態が続くかと思います。

前の作品を読まれた方なら「たぶんあの子かも」という予想はつくかも知れませんが、予備知識がなくても読めるものにしていきたいと思っています。

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