表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

二日目の夜

 あれから『ドジッ子』認定したトトスとは別れ、アカリはルカと共に行動してハニークリームベア以外の依頼も受けた。メルルの森と街を何度も往復する事になったので多少疲労感はあるが、二人ともSPDが高いので疲労感はそこまでなく、精々ジョギングで十km走った程度の疲労感だ。しかも雑草採取などで立ち止まる事も多かったので休息は十分すぎるほどに取っている。


 ついでに依頼の途中で採取した草なども取りすぎていらないものは依頼の対価として渡しておいた。採取したアカリの腕も良かったので追加報酬も貰い、空も茜色から夕闇色へと変化してきている時間帯にカケルの家の定食屋に戻る。


 まだ異国の店と言う印象は抜けきれないようで、日本人以外の顔は見ない。そして店の当人達も異世界に来たからと言って内装を合わせようという気概もないようで地球にあった時となんの代わり映えの無いボロ臭さがある。 

 まァそんなことはさておき。アカリとルカの視線を一瞬にして奪い、思考を停止させた人物がいた。


「……アカリ達か。かなり遅かったな」

「遅かったな、ではないなのです。事情の説明をお願いするなのです」

「オレも同意見だ。イサム、その格好はなんだ……ッ!?」


 今のイサムの格好は無骨と言えるような男らしい服装だが、その上に黄色を基調に花柄を薄くあしらったとても可愛らしい(・・・・・)女性用のエプロン(・・・・・・・・)を着ていた。

 イサム自身年齢より上に見られるほど渋い顔なのに女性用のエプロンをつけていればそのギャップが激しすぎて逆に気持ち悪さが前に出てしまう。反対に厨房の方ではルサルカが長い髪を上に突くように縛ってポニーテールにし、豪快に中華なべを揺らしてエビチリを作っている。


「……少し込み入った事情があるんだ。話すと長くなる」


 そう呟くイサムからは哀愁漂わす雰囲気が流れてきて、とりあえず二人ともこの場では事情の追求は避けた。しかしあとでしっかりと根掘り葉掘り聞き出すつもりである。


 あまりにも客が来ないので、日が沈んだ頃にはルサルカとイサムは定食屋の営業から外され、それを好機にカケルの部屋に集合してイサムが仕入れた情報を聞くことにした。


「……みんな気付いてると思うが、ここは間違いなくEKOの世界だった。現在地はEKOの最初の街、"王都クレメンス"だ。場所はカルトール大陸の西の部分に当たる」


 ギルドで近隣の場所などを調べれば星屑の湖など王都クレメンスの近隣にある名前を見つけたのだ。この場所については当然予想していた。しかしさすがに次の言葉までは予想できなかった。


「……しかしクレメンス王国は国王不在で自然消滅して、この街はもう王都とは呼ばれていない。今は古都クレメンスだそうだ」

「古都呼ばわりかぁ。1000年って時間はほんまに恐ろしいなぁ」


 EKOで言えばクレメンスは一番新しく興国した国だった。だから建造物も他の街と比べて新品のものが多く、お世辞でも古都と呼ぶことには気が引けるほど新しい。それがもう古都と呼ばれるのだから、イサムとルサルカ以外の四人は流れた時間の恐ろしさを感じてしまい、寒いものが背中を走る。


「……そう悲観することでもない。ただ街の名前が変わっただけだ」

「それはそうなんやけど……」


 イサムのあっさりすぎる言葉にサナは釈然としない気持ちを抱き、カケルとルサルカも同じ気持ちのようで二人とも不満そうな表情をする。逆にアカリはイサムの極論にすっぱりと割り切って哀悼をするような表情を止めた。


「アカリはすっぱり割り切りすぎなのです」

「いや、だって、ねェ?」

「……ふむ、確かに俺もそこまでクレメンスに愛着があるわけでもないが、アカリは割り切りすぎだと思う」


 ただ名前が変わっただけなのだから愛着以前の問題である。そう思ってイサムに視線を向けたのだが、なぜか手痛い仕返しを受けた。

 さきほど暴論を述べたヤツが何を言うか。アカリは声を大にしてそう言いたくなったが、その後に起こる言い争いが面倒になって言葉にするのを止めた。


「それで続きは?」

「……他にもいくつか滅んだ都市が存在して、1000年前とはほぼ様子が変わっている。地形に関してはそれほど変わってないが、見慣れぬ大陸が複数存在した。詳細はいまだ不明だ」


 本来なら現実となったことで発覚したEKOの設定外の大陸なのだろうと判断をつけるが、甘いことを言ってられないのもまた現実。事実は小説より奇なり、そういう言葉が存在する以上不審な大陸を怪しんでも損害は無い。

 それにご都合主義と言ってしまえばソレまでだが、見慣れぬ大陸に帰還の方法が存在するかもしれないのだ。


「そっちに関してはカケルの店がある程度軌道に乗ったところから考えるか」

「……そうだな。どちらにしろ楽園亭が俺達の帰るべき場所なのだからな」


 カケルとしては嫌な思い出もあるのだろうが、アカリ達五人にとっては楽しかった思い出ばかりなので、ある意味自分達の家とも言えてしまえる。それを失うのは悲しい気持ちがあったので、なくなった未来を想像してしまいしんみりとした空気に変わった。


 そんな空気を吹き飛ばすためにちょっとシリアスな話を入れようとアカリはトトスから聞いた情報を話題に出す。


「この世界ではポーションは迷宮内でしか手に入られない。対策はある?」

「はぁッ!!?? マジかよ!!」

「ポーションないとうち等困るで!!」

「カケルにポーションは不必要なのです」


 ポーションがないということを今知ったカケルとサナが慌てるように大声を上げ、ルサルカは何も言わなかったが驚きすぎて言葉が出なかった。ルカが付け加えた言葉には非常に同意であり、カケルの返答を待つのも止めて思わず首を縦に振ってしまった。

 カケルとイサムはDEFやRESどころかVITも高いので体力が大幅に減る事はかぎりなく少なく、バイタルンシリーズでも普通に回復が間に合うはずだ。


「……純粋にギルドランクを上げるしかないだろう。ギルドランクを個人で確認して迷宮内に入れるそうだ。許可証は使えなかった」


 許可証と言うのは迷宮に潜るために必要な特定アイテムの略称で、あまり関係ないので説明は省く。

 正攻法しかないと分かったアカリとルカは嘆息をついて、落胆するように背中を丸める。今の六人の実力ならギルドのランクを上げることなど簡単だが、そこに掛かる時間はとても並々ならないものであり、そんな時間を掛けるのならば目立ってもいいからポーションを売る方がよほど堅実的な提案に見えてくる。

 もちろんそんなことは出来ないが、あくまで公表する事を視野に入れても問題ないほど時間がかかると言うのは理解して欲しい。


「……アカリはバイタルンをすべて作れたな?」

「あぁ、それは問題ない。だけど材料の関係上エキス以上は作成数が限られる」


 アカリはバイタルンエキスに使う材料がこの近辺では集められないのが、この世界でバイタルンエキスが作られない理由だと睨んでいる。そしてその予想は正しく、この近辺でバイタルンエキスを作るための材料は迷宮内でしか手に入らない。そして一見すると効果がとても小さいので誰も取ろうとはしないうえに面倒な場所にあるので、危険を冒してまで採りに行こうとする人間がかなり少ないのだ。


 まァそんなこと今は関係ないので詳細は省く。アカリの返答を受けたイサムは考え込むように自分の顎を掴んだ状態で俯き、計画を少し煮詰めていく。


「バイタルンがないとかなり厳しい、よね?」

「一番厳しい人は幻想を言わん方がええで」


 この六人の中でDEFが一番低いのはルサルカ。CCという性能から見ればそれなりに高い方だが、上級プレイヤーの一角としては低い。○ケモン風に言えばレベル100なのにぼうぎょが80しかないようなものだ。もし上級プレイヤーの攻撃を受ければあたりどころ次第で一撃で死ぬ可能性すらある。


 たとえそれが致命的なダメージではなかったとしても、ダメージが重なっていけば命の危険に晒す事は簡単に分かる。傷を治そうにも回復効率が悪ければ当然ダメージに追いつかないので危険であることに変わりは無い。


 目立たずに行動する。意外と簡単そうに見えて、その実態はかなり難しく厳しいものだった。


「……サナ、当面は回復魔法を重点的にしていきたい。装備をそちら側に切り替えておいてくれ」

「それは……断ってええか?」


 サナにしてはかなり言葉を濁した声で、簡単に受けるものだと思っていたアカリ、ルカ、イサム、ルサルカの四人は意外そうな顔をサナに向けた。カケルだけは事情を知っているのか暗い表情で顔を下に向けている。

 アカリとイサムはカケルの表情からかなり深刻な問題が起こったのだと察してサナへの追求を止めたが、女性陣はカケルの表情に気付いても説明の要求を求めていた。


「今日な、ハニークリームベアを倒したんよ。せやけど、ハニークリームベアが上げた悲鳴が耳にこびり付いて離れてくれへん。冷たくなっていく感触がまだ手の甲に残っとる。自分が殺したんやという恐怖が、心を縛って放してくれへんのや」

「そういう時は殺さなければ殺されてたと考えるのが一番なのです」

「そんなわけにも行かへんやろ」


 ルカの言葉に苦笑しながら答えるサナ。出来る限り恐怖を隠そうとしているが、まだ腕が震えているので『殺す』恐怖はかなり恐ろしかったようだ。それに恐怖が抜け切れてないようで、顔から血の気が引いているのも少し目が虚ろなのも変わらない。

 こんな状態のサナを殺す、殺されるが多い前線に出すのは残酷と言うものだろう。まだ選択権はあるのだから、ここはサナを戦場に出すのは止めておいた方がいい。


 アカリと同じ結論に達したイサムもカケル、アカリとアイコンタクトして一つの提案を頼んだ。カケルが少し迷った表情を見逃すイサム達ではなく、そこも修正する。女性陣は仲間に対しては過保護に近いのでイサムの提案は通してくれるだろうと考えてアイコンタクトはしない。


「……ならサナはカケルと共に楽園亭の看板娘をやってくれ。無愛想な俺が出るより人気はあるだろう」

「そうなのです! それがいいなのです!」

「サナちゃんも一緒に働こうよ!」


 ルサルカとルカはイサムの提案を一瞬で受け入れて、楽園亭での仕事を勧誘する。あとの説得はルサルカ達に任せることにして、アカリ達男性陣は今後の動き方について話し合う。

 冷淡に見えるかもしれないが、説得するなら同性同士がいいってことと単純にサナにどう声を掛ければいいのか分からないからだ。


「……カケルはルサルカ達と共に楽園亭の接客業を頼む。一応この家の跡取りと言う意地を見せてくれ」

「お前は一言多い!!」

「……俺はアカリと共に採取に向かう」


 冗談とわかりながら怒るフリをするカケルだったが、イサムが続けた言葉に心配そうな表情を浮かべる。

 アカリは多少の近接戦闘系のスキルを持っていても基本的に後方から狙撃するかアイテムを投げて攻撃するしかない。そしてイサムも相手の攻撃を受け止めることを基本としていて、攻撃能力は≪大雪原に住まう氷結龍(グングニル)≫の中では低い方だ。


「火力がなくて大丈夫かよ……?」

「……王都クレメンス周辺ならば高い火力も必要ないだろう」


 そう言い放つイサムの声には自信が宿っていた。≪大雪原に住まう氷結龍(グングニル)≫の攻撃担当が異常すぎて霞むだけで、イサムは上級プレイヤーとしては妥当な能力を持っている。アカリは手持ちのアイテムで火力は上げられるので問題は無い。


「ところでオレが精神的に弱ってるとは考えないの?」

「……アカリは俺と同じで解体慣れしているだろう。もう弱る精神は残ってないはずだ」

「それは確かにそうだったんだけど……。なんか釈然としないなァ」


 まるでアカリが弱る姿なんて見ないだろう、と言わんばかりの態度にアカリは不満を感じた。よく見ればカケルもイサムの言葉に心の底から同意するように何度も首を縦に振っている。アカリの精神が弱らないと思われたのは解体慣れているだけではなく、もう一つの要員があったからなのはまったく思い至れない。


「まァいいか。これがオレ達の今日の稼ぎだ」


 ひとまず不満を飲み込んだアカリはそう言ってルカと共に稼いだお金を渡す。半銀貨2枚、銅貨34枚、半銅貨79枚。半銅貨の単位に直して言えば2239枚。一般の冒険者の稼ぎが1日辺り200枚なのでこの世界の稼ぎとしては十分すぎる。


 こんなに稼いぐことができた理由としては、依頼をいくつも併行して受けることが可能だったのが大きい。ハニークリームベアの時は初心者に近かったので一つだけしか受けなかったが、ハニークリームベアとの戦闘以降は複数の依頼を同時に受けて同時にこなしていった。アカリとルカは移動速度が速いので何度メルルの森とギルドを往復してもかなり短時間で済む上、索敵スキルを持っているので対象の発見はとても容易、発見スキルのお陰で雑草採取にも困らない。

 以来完遂の間にアカリが雑草を採取しても時間が有り余るほどに余裕が生まれてしまったのだ。しかもアカリが採取した雑草を売り払った分はまだルカが持っているので、アカリが渡した金額には含まれていない。


「アカリさんよぉ、これはいくらなんでも多すぎだろ?」

「……アカリ一人でも生活できそうだな」

「カケルの方はいくら稼いだ?」


 呆れる様に言い放つ親友二人に対してアカリは少しだけ怒りそんな言葉を吐いてみれば、カケルは露骨に視線を逸らして「今日の晩飯は何かな~?」と呟いている。露骨過ぎて逆に不信感を持ち、アカリは責めるような視線を向け続けた。


「……カケル、何があったんだ?」

「別になんもねえよ。稼いだ金は銅貨5枚だ」

「カケル達にしては随分と少ないな。サナの恐怖以外に何かあったのか?」

「なんもねえよ。ただ、薬草採取の依頼を受けてただけだ」


 アカリはその言葉だけで稼いだ金額が少ない理由をなんとなく察した。イサムも何か納得している様子で、互いに同じことを考えている。単純に依頼された薬草が見付からなかった、と。


「……そういう場合は店に戻って来い。俺かアカリが採りにいく」

「俺でも出来る依頼だと思ったんだよ……」


 拗ねるように憮然とした表情で呟くカケルにはイサムもアカリも苦しい笑顔を浮かべた。

 冒険者ギルドは生産者に合わせて作られたギルドなので、基本的に薬草などの最低限の知識を持っているのが当然なのだ。ランクが低いからと言って純対人戦闘プレイヤーに完遂できるとは限らない。


「……今回の件で懲りたなら、薬草採取の依頼は俺達に回すといい」

「カケルなら冒険者ギルドより戦士ギルドの方が合ってるよ」


 互いに親友としてアドバイスをし、女性陣も交えた六人で食堂に下りる。その時にカケルの迷子話が話のネタにされたのはいい笑い話だった。


EKOではさすがに流血表現は無いです。ついでにプレイヤーキャラクターを殺したらプレイヤーが死ぬようなデスゲーム要素も無いです。


ゲームで人を殺せるからって現実で人を殺せるかとは別問題だよな、と考えるのが作者の思いなので、サナには今回『殺す恐怖』を味わってもらいました

逆に現実をゲームだと思ってしまえばいいというのは止めてください。冗談抜きで


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ