依頼のついで
アカリとルカはメルルの森を抜け出ようとしたとき、偶然すれ違おうとする冒険者の青年がいた。本来ならあまり気にしないのだがどこかで見覚えがある気がして気になった。
「アカリ。あの人、どこかで見なかったなのです?」
「ルカもか。一緒にこっちに飛んできたときにいた人だったか?」
アカリはルカにそう質問するも違うと言う確信は持っていた。すれ違おうとする青年は西洋系の顔立ちであり、純和風のカケルの家に来ることは限りなく少ない人物だ。少なくとも西洋系の顔立ちを持った客なんて二人しかいない。
話し合っても答えは出てこないと考え、二人は思い切ってすれ違おうとする冒険者に話しかけてみることにした。
「すみません、どこかで会いませんでしたか?」
「え、僕ですか? さあ、僕は見覚えが無いです」
青年の言葉はまったくもって正論である。ついでに言えばアカリ達は1000年後の世界に飛ばされたのだから、カケルの家で会った事が無ければ面識があるはずも無い。
「そうですか。すみません、いきなり変な事を言い出して」
「別に構わないよ。僕はまだ依頼を終えてないから」
「オレはアカリって言います。良かったら一緒について行っていいですか?」
「私はルカなのです。今なら私もついてお買い得なのです」
本来なら早々に依頼を遂げる事を重視するべきなのだが、アカリはなんとなく放っておけない気持ちが湧いて気付けばそんなことを言い出していた。ルカはビックリするように一瞬だけ目を見開いたものの、アカリの言葉通り付ついて行けば青年と話す機会も多くなるので既視感を解消することも出来ると思い、アカリの言葉に賛同した。
「僕はトトス。じゃあちょっと手伝ってもらっていい?」
「喜んで」
トトスから嬉しい返答を貰い、二人はトトスの依頼を手伝う事にした。
彼が受けた依頼はトーンラビットと言う角の生えたウサギを持って帰ること。トーンラビットは警戒心が強いのだが、如何せん索敵スキルがかなり高めな二人の前には警戒心などあまり意味は無い。
二人にとっては簡単すぎると言う他ない依頼なので、今回はトトスと話しながら依頼を手伝う事にした。
「へぇ、トトスの家系って1000年以上も前からこの街に住んでるんだ」
「そう。それが僕の密かな自慢なんだ。」
1000年以上住んでいるのなら、EKO時代にあたるトトスの御先祖とはNPCとして接している。アカリ達抱いた既視感の正体をようやく理解し、アカリはトトスに見えないようにため息をついた。
記憶の改変を受けていたのに見覚えがある。何かのキーパーソンになるのかと思ったが、なんて事はない。ただEKO時代に似た顔の人物に会ったと言うだけだったのだ。現実にご都合主義なんて存在しないと分かっていながら、少し希望を持っていたので落胆の気持ちも激しかった。
「アカリはどうして落胆しているなのです?」
「あはは、気にしないで……」
「変なアカリなのです」
記憶の改変を受けたことを自覚しているのはアカリだけであり、ルカに説明しようにも記憶の改変を受けていると言う意識が無ければ説明のしようが無い。だから不思議そうに首を傾げるルカの追求を曖昧に笑って誤魔化した。
「そういえば君達も冒険者なんだよね? なにか薬って作れるの?」
「私は出来ないなのです。作れるのはアカリとイサムの二人だけなのです」
「それは少しまずいね。採取だけだと冒険者ギルドじゃ食べていけないからね。少しは薬を作れるようになった方がいいよ」
トトスがそんなことを言い出したので、アカリは丁度いいと思いながら現在の技術レベルについて探りを入れる。
「この大陸でバイタルンシリーズってどこまで作れるの?」
「バイタルンドリンクまでだよ。別の大陸だとバイタルンエキスまでいけるみたい」
バイタルンジュースは上から四番目の効果で、バイタルンソーダはその一つ上。EKOの世界は1000年経っても技術レベルは高く、アカリ達に介入する余地はなかった。
いや、むしろ介入する余地が無かった事に心から安堵する。もし介入する余地があってしまえば、無駄に技術力が高すぎるせいで作れるものもレベルが高くなってしまうのは避けられない。ゆえに嫌でも目立ってしまうのだ。
ハニークリームベアを相手にして使ったバイタルンも即席で作った最弱の薬にも関わらず、小さくない怪我を治してしまう効果を持ってしまうほどなのだ。流通した時の危険度は嫌でも理解してしまった。
ひとまずポーションシリーズも作って問題ないと考えていたアカリだが、すぐに最悪な爆弾が投入された。
「1000年前ならポーションって回復アイテムも作れたみたいだけど、それはもう廃れて無くなったんだ。だからポーションシリーズが欲しいなら迷宮に潜るしかないよ」
「え……?」
「それ、ホントなのです……?」
ポーションシリーズは中級プレイヤーにとっては必須品とも言える回復アイテム。遊び続けていけばバイタルンシリーズでは回復速度が間に合わなくなるので、次第にバイタルンシリーズは使われなくなるのだ。そんなわけで初心者アイテムと揶揄される事も決して少なくない。
しかしそれは仕方の無い変化だった。プレイヤーという強力な存在がいなくなったことでポーションの必要性が薄れ始め、在庫を抱える事になったので製法が失われてしまったのだ。現在に生きている者ではむしろ比率回復のポーションの方が回復効率が悪くなっている。
廃人と言えるほど上級に位置するアカリ達にとってはショックを隠せないことであり、大っぴらにポーションを使えなくなってしまった世界に落胆の気持ちを隠し切れなかった。
しかしいつまでもショックを引き摺っている人間ではない。
「迷宮ってどのレベルで入れるの?」
迷宮にさえ潜れるようになれば、公的にポーションを使えるようになる。そして影でポーションを量産する出来る。かなり高位なポーションを作ろうと思えば材料は別の大陸をめぐることになるが、ある程度妥協すればこの町でもポーションを作る事は可能なのだ。
今必要なのはどうやったら迷宮に潜れるか。EKO時代では特定のアイテムさえ持っていれば自由に行き来できたが、その特定アイテムを入手する方法は3種類あった。現実となった今では三つの方法のうちの一つは潰されたが、残り二つに関してはまだ出来るはず。
しかし根本的な問題としてEKOと同じように見ることが出来るのか? というのがある。それを言ってしまえばキリが無いが、今回は簡単に確かめる方法があった。
アカリの剣幕に少しだけ圧されながら、トトスはたどたどしい声で返事を返した。
「冒険者ギルド、戦士ギルド、魔術ギルドでは迷宮に入れるのはBランクになってから。傭兵ギルドだけはCランクで入れるようになる」
EKOではギルド関係無しにDランク昇格から迷宮に潜るための特定アイテムが渡されていた。心の中で抱いた『EKOと同じように見る事が出来るのか?』という疑問の答えは"否"だった。
そのまま深く尋ねようとするアカリをルカが裾を引っ張って止めた。アカリが流し目にルカのほうを見ると神妙な表情で首を横に振って『イサムに任せた方がいいなのです』と伝えてくる。
アカリはまだ言いたい気分ではあったが、確かにイサムなら対策を考えてくれるだろうと思い直して無理やりにでも納得する。それにポーションの事を聞けば、アカリ達の生命線である回復アイテムを公的に使えないのも理解するから特定アイテムがまだ通用するのかも聞ける。
「迷宮に入るのってかなり大変な道のりなんだ」
「しょうがないよ。迷宮はモンスターが跋扈するから普通の人達だと簡単に殺されてしまうんだ」
広大なフィールドと迷宮ではモンスターのレベルで後者に分があるので、当然死傷率も迷宮の方が高く、そこが入るためのランクを高くせざるを得ない理由である。
これはEKO時代も同じであり、迷宮は視界があまり良好ではないのもあって迷宮での死亡率は圧倒的に高い。
「迷宮から生きて出ようと思うなら、ステータスのどれか一つにB以上を持つ必要があるって言われてるぐらいだし」
まだ最高がDDの僕には無理だよね、と自嘲気味に呟くトトスに対してアカリとルカはとても居心地が悪く感じた。この二人もまたルサルカ同様に一点突破のごとくステータスの上下が激しく、未知数のEXを持っている。ちなみにアカリの平均がAAAで、ルカの平均がAだ。
「た、たくさん経験を積めばBになるよ」
「そうだね。そうするよ。何年時間がかかっても先祖のために頂点を目指すよ」
落ち込んだときのその言葉はとても聞き覚えのあるものであり、嫌でもトトスの1000年前の先祖を思い出させた。思い出してしまえば簡単なもので、アカリはさっきまで傷みなんて無かったはずの頭に疼痛と眩暈を感じてしまう。
「『ドジッ子』トトリー……」
「そういえばあの子に面影があるなのです」
『ドジッ子』トトリーの名で親しまれている少女は運営が総力をかけて作成したのではないかと疑われるほどに愛嬌のある子で、初期のNOCにしては中々能力が高いのでプレイヤーならほとんどの人がお世話になっている。ただ『ドジッ子』の異名が示すとおり、彼女が作る薬には十回に一回ほど失敗作が存在し、連れ回す時は二十回のうち数回味方を誤爆し、零れやすい物を手に持ってる時に限り何もない平地で転ぶ、ネガティブ気質でよく泣く、たまに転ぶとコスチュームが一部破壊されるなど『ドジッ子』と呼ぶに相応しい話題は事欠かない。
しかし健気に頑張る姿はプレイヤー達にとってとても微笑ましく可愛いものであり、母性を擽る天才でもあるので多少の失敗は軽く流して過保護にレベリングしたプレイヤーも多い。冷たいプレイヤーからぶりっ子なんて言われることもあるが、≪大雪原に住まう氷結龍≫のメンバーは彼女の事は気に入っていた。
「ドジッ子補正が受け継がれていると思うなのです?」
「出来れば継いでほしくないよ……」
まァ気に入っているとドジッ子を笑って流せるかは別問題であり、トトリーが引き起こしたドジの惨劇を思い出してそんな会話をするアカリとルカ。
「あっ、と」
「見つけたなのです」
索敵スキルのお陰でアカリとルカはトーンラビットの位置をすぐに探知し、アカリは短弓を構えて、ルカは鉤付きの鎖を取り出す。トーンラビットは割と好戦的な性格が多いくせに防御面がとても低いので、遠くからの狙撃や背後からの不意打ちなどする必要がまったく無い。いや、むしろトーンラビットの特性から考えれば遠距離から攻撃することの方が危険すぎる。
トーンラビットはスキルの一つに《騒音》と呼ばれる一風変わったものを持ち、ある程度遠い距離にいる相手に対して常時ダメージが起こる。そして《騒音》の名の通りダメージ範囲にいればトーンラビットの出す音が五月蝿いので、魔法や狙撃などある程度集中を要するものは中々当てづらい。《騒音》はトーンラビットが相手の存在を認識してから発動するが、現実となった今どれほど再現されているのかまだ不明なので、出来る事なら《騒音》は受けたくない。
二人の魔刀空気が一瞬にして緊迫したものに変わり、トトスは戸惑いながら二人に尋ねた。
「二人とも、どうしたんだい?」
「トーンラビットを見つけたなのです。少し遠いですが、今すぐ接近すれば簡単に仕留められるなのです」
「!! 見えるのかいッ!?」
ルカの言葉を聞いてトトスは驚くように声を張り上げ、しかしすぐに口を閉じて試験管のような細長いガラス管を数本取り出した。中に入っているのは色とりどりの液体で、そのカラフルさは見ていて楽しい。
ガラス管を複数出した事で間違って一本落とそうとしてしまい、ソレを止めるために慌てたら手に持っていたガラス管をすべて落としてしまい、アカリとルカが悪臭に苦しめられたと言う事も無かった。トトスが落とした薬の影響でトーンラビットが毒に侵されたと言うことも無かった。だから二人からトトスが『ドジッ子』認定される事も無かった。
その後、狙われたトーンラビットにとってはその後は本当に悪夢だった。
いきなり緑色の半透明な液体が入ったガラス管が飛んできて、あまりにも遅いので軽く避けてしまったらいきなり矢が飛んできてガラス管を破壊し、中に入っていた緑色の半透明な液体を被ってしまったら体が痺れ、鎖の先に付いた鉤爪が頭を切り裂いた。
注意)トトス君は最後に致命的な失敗をしてくれましたww 三人に倒されたトーンラビットはルカが発見したのとは別個体です