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初めての依頼

 アカリとルカが最初に請け負ったのは採取依頼だった。

 場所はメルルの森と呼ばれる星屑の湖を人目につかないように隠すほど深く生い茂った森で、特殊なアイテムを持ってなければ星屑の湖にまで辿り着けないと言う奇怪な性質を持っている。


 まあ今回は星屑の湖には用は無いので今回は脇に置いておこう。

 採取対象はメルルの森に出現する熊で、熊の腕にある肉球はこの周辺でそれなりに美味しく、定期的に商人が欲しがって冒険者ギルドの依頼に載るのだ。


 戦闘も混ざるので傭兵ギルドに行くのかと思えるが、別に腕さえ切り落とせば後は逃げてもいいので、採取依頼として冒険者ギルドに来る。それに相手となる熊は再生能力も凄いので、手首から上だけなら一ヶ月で腕を再生させるのだ。


 二人は道なき道を進み、今回の対象である熊の姿を捜し求めた。


「ここらへんにはいないなのです。アカリの方はどうなのですか?」

「ん、かなり良い状態だよ」


 本来なら森の中を動き回って相手の姿を探すのだが、この二人に限っては例外に近い。二人とも索敵スキルをかなり高く育成した上、ルカは《超感覚》というスキルを持っているので、周囲にいるモンスターの位置を広範囲にかなり細かく特定できる。


 だからこそアカリは《大発見》というスキルを活用して周囲にある雑草や石など採取物を大量に拾い上げた。もちろん後の人のことを考えて採取する量はかなり抑えている。


 本来ならアカリのストレージボックスの中には腐るほど材料が存在するのだが、それはアカリ達が世界中を駆け回って集めた材料なので、当然この近隣に存在しない物が多い。というか存在しないものばかりだった。


 突如として出現した建物には別の大陸に存在する材料が溢れている。

 言葉にすればこれほど怪しいものはないではないか? と自問自答したくなるので、この事態を回避するために話し合いでストレージボックスの中身は近隣の場所を除き、殆ど使わないようにすることに決まった。それでもアカリが草を採取するのは、ある程度自作して売れば少しは利益になると考えたからだ。


 手持ちの最上級製薬キットで複数の薬草をすり潰し、カケルの店からから持ってきた水を注ぐ。最上級製薬キットで最下級の製薬なのだから、失敗する要素も少なく、作業も単調なので大量生産が簡単だ。そうやって出来た緑色の液体を土瓶に入れて完成。


「バイタルン完成ッと」


 安直過ぎる名前だと思いながらもそんな名前になっているので、アカリの権力で変えられるはずもない。このアイテムの効果はバイタル回復で、ポーションと違い固定値のみ回復させる。バイタルが低い初心者御用達のアイテムであり、それこそ飛ぶように売れる。

 ちなみにアカリ達は全員バイタルンシリーズでは体力を回復しきれないので、バイタルンシリーズは一つも持ってはいない。


「それにしてもさすがアカリなのです」

「うん? なにが?」

「こんな状況でもしっかりと生きる方法を確保しているなのですよ」

「あぁ、それは役割の違いだろ。戦闘能力ではルカに五歩以上も劣るし」


 アカリとイサムは互いに生産職を確保しているが、そちらの育成に時間を掛けた分、戦闘能力では他の四人に大きく劣っているのだ。ただそれを補える程度にステータスを高く、自分に合わせた職業を持っているだけ。


 むしろ生産職という足手纏いを連れながらも進行速度をまったく緩めず、悠々と進ませる四人の能力に生産職を持った二人は嫉妬を感じていた。やはり一人のゲーマーとしては目に見えて分かる優越感に浸っていたいのだ。


「むっ?」

「アカリ、私達のお目当てが迫ってきたようなのです」


 アカリとルカの索敵スキルに反応を見せ、《超直感》で相手のステータスを閲覧したルカがアカリに声をかける。そしてルカの姿は一瞬で消え、隠密スキルを発動させてアカリの索敵範囲内からも消える。もし隠れているルカを見つけ出そうとするなら、同レベルの索敵スキルと索敵アイテムが必要になる。


 しかしアカリは見つける必要は無いので、ストレージボックスから簡単な木製の弓を取り出し、狙撃スキルで目標の相手を視界に捕捉する。

 今回相手にする熊、ハニークリームベアはその名前の通りクリーム色の体毛を持ち、二メートルほどの体を太い後ろ足と短く小さい前足の四つで支えている。これまでの戦いの中で負傷したのか右の目元には大きな傷痕がある。その小さな腕には蜂蜜色のストライプがあり、この熊はかなりの蜂蜜を腕に蓄えている。


 このハニークリームベアはアカリの姿をしっかりと確認しているようで、人間を恐れて慎重に行動しながらも着実にアカリとの距離を詰める。ゲームみたいに野性勘に任せて突撃してくれれば良かったのに、と内心舌打ちしながら《パワーウェイト》で先手を撃つ。


 紫色の残光を残して飛ぶ矢はまっすぐに進む。

 しかし咄嗟に勘付いたハニークリームベアは地面を強く蹴って紫色の光を放つ矢を素早く回避してしまい、もう静かに行動する必要はないと言わんばかりにさっきの慎重な動きとは打って変わって重厚な戦車をイメージさせる速さで、紫色の光の発生源へ走る。


「やっぱ難しいか」


 自嘲気味に呟いた直後に今度は《シュバルツシュート》を撃つ。矢自体に闇属性を付与して相手に追加ダメージを与える。対象が光属性の場合ダメージが二倍になると言うのはゲームでは良くある事だろう。


 GGRRRRRRYYYYYYYY――!!


 このスキルも例に漏れず、夕闇色の残光を残した矢に直撃した途端光属性のハニークリームベアは激痛から逃れるように強い悲鳴を上げた。あまりの五月蝿さに思わず耳を塞ぎたくなるが、そこは自制心で堪えて次の矢を構える。


 今度はスキルを使わず普通に射て、心臓に矢を突き立ててみた。しかし苦痛に呻くだけで絶命する様子は見えない。バイタルゲージが見れればいいのだが、さすがにそういったスキルは持ってないので、今度は右の肺に矢を突き立てる。


 肺の中に血が流れ込む激痛は想像を絶すると聞くが、熊の様子を見る限り実際に想像を絶するという事は無いのかもしれない。今後の弱点の一つになればいいと思っていたが、どうやら弱点にはなりそうもない。


 ひとまず矢を再び構えて、痛みで暴れるハニークリームベアをしっかりと狙う。無駄に暴れるせいで正確な急所を狙いにくいが、ある程度暴れる様子を見ていれば次にどこを動かすのか分かるので、焦る必要はない。


「ここっ!!」


 放たれた矢はまっすぐに飛び、アカリの狙ったとおり鎖骨の隙間を通って心臓に矢を突き刺さった。

 間髪入れずに次の矢を放ち、再び心臓に突き刺さる。ゲームではこういったエフェクトはあまりなかったので、アカリはやった張本人でありながら見ていて痛ましいと思った。


 しかしながら心臓に矢を二本も突き立てたのに、未だに絶命しないハニークリームベアには圧巻と言うほかない。その記憶に刻まれた闘争の歴史が無意識に体を強くしているのだろう。そのまま一方的な攻撃が続くと思われた光景は、他ならぬハニークリームベアの適応力によって阻まれた。アカリが時間を与えてしまったので心臓に突き刺さった矢の痛みに対応してしまい、射られた時と比べて痛みを小さく感じている。勿論そんなはずがなく興奮して痛覚が鈍くなり始めただけだ。しかしハニークリームベアにとってソレは最善の適応であり、鈍い痛みを訴えてくる三本の矢が突き刺さっているにも拘らず、アカリの方に向かって走ってくる。


 ゲームではこんな展開は山のように存在したが、矢が心臓に刺さっている状態から戦車のような突撃が出来るとは考えてもなかった。それはハニークリームベアの意地のようなものであり、その意地はまさに起死回生の一撃となってアカリの思考を真っ白に染め上げた。ただ本能の赴くままに真横に飛んで避けようとしたアカリだったが、それは失敗だった。


 アカリが横に避ける動作が早過ぎたせいで、ハニークリームベアはアカリの行動に対応して走る軌道をアカリの動きに合わせて変える。その結果アカリは回避行動が間に合わず、右の脇腹にハニークリームベアの牙が食い込んだ。


「ぐッ!!」


 苦悶の声を漏らして表情を厳しげにするアカリだが、ハニークリームベアはアカリの苦痛に構う事などせず噛む力をより強くする。アカリは高いスキルによって支えられたDEFのおかげでなんとかまだ生きているが、元来のDEFが低いので生きながらえるのも時間の問題だ。


 そこでアカリはストレージボックスから護身用の短剣を取り出し、上半身の体重を掛けて短剣をハニークリームベアの頭に振り下ろした。現実となったことで頭蓋骨の固い抵抗感があったが、なんとか固い頭蓋骨を抜き頭蓋骨に守られた脳に刃を届かせる事が出来た。


 短剣が脳に直接刺さった事が致命的な一撃となり、ハニークリームベアはアカリの脇腹に牙を立てたまま絶命した。死んだことで重たい加重が掛かり、アカリは傷口を抉られる激痛を味わったが、一緒に倒れてしまえば痛みを減らせると分かってハニークリームベアと共に地面にしりもちをつく。


「うっ、くぅ……!! ッ……ハァ……ハァ……」


 アカリの脇腹に食い込んだハニークリームベアの牙を抜く。

 牙と言う栓が抜けた事で傷痕から血がゆっくりと流れ出し、同時に血が流れるせいでさきほどまで耐えられていた痛みに耐え切れなくなった。


「まさか試作品を自分で試す羽目になるとはなァ」


 自業自得か、と深々とため息をついてからアカリはハニークリームベアと遭遇する前に自作したバイタルンを自らの傷口に注ぐ。すると傷口が少しずつ治っていき、最終的に軽微な怪我で留まった。

 完全に治らないのは一定量しか回復できない回復アイテムだったからかもしれない。この程度回復すれば動けないと言う事は無いので、もう一個使うのも億劫に感じてしまった。


「アカリ、大丈夫だったなのです?」

「あァ、大丈夫だよ。そっちは?」

「問題ないなのです!!」


 無い胸を張って威張るルカの背後にはアカリが仕留めたのとは別のハニークリームベアの死体があった。背後から不意打ちしたようで、背骨を切るように縦一直線に走った剣筋がルカの放った一撃の重たさを物語っている。というか実際に脊髄を両断して殺していた。


「毛皮を剥ぎ取るのは少し難しいか。まァ、そのままの毛皮を売ってもカーペットぐらいだしいいか」

「毛皮のカーペットってとても温かいので、冬には欲しいなのです」

「……EKOのマイホームで味をしめた?」


 蟲惑的な笑みを浮かべるルカにアカリはそうツッコまずには入られず、ルカは毛皮のカーペットの気持ちよさに意識を飛ばしている。

 ツッコムのも諦めたアカリはとりあえずハニークリームベアに視線を向けて、解体を始める。


 護身用の短剣をストレージボックスの中に収めて、代わりに解体用のナイフを取り出す。護身用の短剣でもいいが、短剣は攻撃力重視なので熟練者がやっても臓器を傷つける可能性があるのだ。だから解体には専用のナイフを使う。


 まずはアカリが仕留めた方のハニークリームベアを仰向けに転がせて、胸元から腰部を大きく斬る。さっきまで生きていたせいで、切り開いた途端に血が噴出して、軽く視界を覆った。まァ予想できなかったわけではないので、咄嗟に腕で目を覆って目だけは安全を確保しておく。


 食材として使えそうな肉は部位ごとに切り分けてストレージボックスの中に収納し、食道は加工処理をしてからポーションの材料に、胃は解毒薬として使えるので、適当に摘んだ毒草を詰め込んでしばらく放置し、腸は解麻痺薬として麻痺成分を持つキノコをたっぷりと入れて軽く火で炙り、肝臓と膵臓は眼球と一緒にバイタルンに漬けてストレージボックスの中に収納、甲状腺は近くの草と一緒にすり潰して毒物を作り、肺は袋に入れてから火に直接かけて水分を抽出し、脳はそのままでも食材として使えるので適当に下処理をしてからストレージボックスの中に収納、骨・爪・牙に関しては粉末にしてから骨壷みたいな小瓶に収めた。


 攻撃方法のせいでいくつかダメになった素材はあったが、多少の問題はなかった。解体途中で気持ち悪そうにしていたルカは途中で「少し草を摘んでくるなのです」と言ってからアカリから少し離れた場所に行き、アカリにバレないように盛大に吐いた。なんとなくアカリも勘付いたが、ルカの名誉のために気にしないことにした。


 EKOは変なところでリアルそっくりなので、倒した相手の解体に関してはとてもリアルだ。リアルではないのは血が流れない事ぐらいだが、内臓だけは本当に精巧に作っていた。そのせいで解体を始めた時はアカリだってかなり気持ち悪くなっている。


 採れる素材をすべて採取した後は本来の目的、ハニークリームベアの腕を切り落として皮のポシェットの中に入れる。ポシェットが小さいので腕四本分は入り切れず、仕方無しに一本だけは手に持つ。


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