状況把握(内部)
アカリ達六人はカケルの部屋に行き、卓上を囲んで円形に並ぶ。普通なら和気藹々とした雰囲気が流れるのだが、今回ばかりは勝手が違った。
今日の夕方にはいきなり全員が謎の昏倒を起こし、気付けばカケルの家ごと異世界へ飛ばされている。しかも情報はかなり少ないのにも関わらず、とある一人が情報を隠し持っている。これで和気藹々とは中々し難いものがあった。
「それでアカリ、きりきり吐き出せよ」
「○○、目が血走ってるぞ……」
下手すればそのまま人の首を締めんばかりに血走った目をしているカケルを見て、アカリはなんとも言い難い苦笑を浮かべ、一回深くため息をついてから言葉を紡ぐ。
「左手の人差し指を立てて上下に振ってみろ。隠している事実が分かるから」
「いったいどういう……え?」
言われたとおり全員が人差し指を立てて左手を振った途端、空中に六つの円が縦に並び、その複数の円を挟むように両側に四角のウィンドウが出現する。
互いにそれが浮いている事を認識し、画面を見て絶句している。
「なるほどなのです。これは迂闊に話せないなのです」
「他のほかの人達はこれに気付かないわよね?」
「ゲームの時も相互認識は設定する必要があるので問題ないと思うなのです」
アカリがこんな重要な情報を隠した理由を見た瞬間に悟り、とても苦い表情でそう話し合う。
空中に出現したのは間違いなくアカリ達が良く知るゲームのステータス画面だった。左側の四角い画面には大雑把な人間が描かれ、その横には装備している物の羅列。その下には簡易なステータスと所持しているユルドの金額がある。右側の四角い画面にはなにも書かれていない空白であり、使い方や装備・効果の説明など文面的補助が得られる画面。間に挟まれている六つの円にはそれぞれ『SYSTEM』、『ITEM』、『SKILL』、『TITLE』、『IMPORTANCE』、『FRIEND』と書かれている。
「なんやねんこれ……?」
「○○○は忘れたのか? EMPRESS KNIGHT ONLINEのステータス画面だよ」
「そんなんわかっとるわッ!! 言いたいのは、どうして現実世界でEKOの設定が使えるって意味やッ!!」
その質問の回答をアカリは一応用意はしている。しかしながら、まだ半信半疑……と言うより30%しかあって無いような気がしてならないのだ。もっと確信に触れる回答ではなく、あくまで誤魔化すような意味しか持たない回答。
だからアカリはサナの質問には答えず、静かに自分のステータス画面を動かした。ここで回答を言っても、みんなを惑わせるだけだと考えて。
「黙ってないで答えぃッ!!」
「サナ、苛立つのは分かるけどそこまでにして」
「なんでこんな事が出来るのか、私にだって推測しか出来ないなのです」
怒るサナをルサルカとルカが無理やりにでも鎮め、同じく推測が着いたようにイサムが深刻な表情で首を何度も縦に振る。イサムが何を考えているのか、それは他の五人には理解できないが今後の展開に対しての方針を決めているのだと考えて誰も邪魔しないように大人しくなる。
そして不意に顔をあげ、イサムはアカリと視線を合わせる。その目にはとある決意が宿っており、虚偽を言わせない威圧感があった。
「……EKOをログアウトしてからどうなった?」
「映像が届かないテレビみたいな状態に変わって、体の中にあるなにかを抜かれた感触がした。最後に聞こえたのは『やっと捕まえた』って言葉」
アカリがそう言った途端、全員が息を呑んだ。
「おいおい、俺も似たような状態だぜ。俺の場合最後は『もう放さない』だったが」
「私も同じ。私のは『とうとう見つけた』」
「私は『一億二千万年かけてやっと再会できた』って言われたなのです」
「うちは『ずっと待ってた』って言われた!」
「……『何があってもこの手を離さない』」
どうやら全員が違う言葉を聞いたらしい。言葉を繋げるなら『とうとう見つけた。一億二千万年掛けてやっと再会できた。あなたをずっと待ってたの。やっと捕まえたんだから、もう放さない。なにがあってもこの手を離さない』ってところか。…………ヤンデレ?
アカリはまだ見ぬ相手の性格を想像してしまい、六人とも背筋に寒いものが走った。
「ま、まあ細かい事は気にしないことにしましょ」
「それは賛成なのです」
ルサルカの言葉に同意するのはルカだけでなく、アカリもカケルもサナも頷く。この謎の転移事件に関わりが無ければ関係を持ちたくないと言うのが全員の共通の気持ちだった。
とりあえず謎の相手の事は一旦脇に置いておくとして、アカリは次に隠していた事実を口にする。
「それと隠してた情報二つ目だけど、この世界の年号だけど、今は白陽暦2100年だった」
「はぁ? 何が言いたい?」
何が言いたいといわんばかりに表情をゆがめるカケルを見て、アカリは深く深くため息をついた。可能性としては考えていたのだが、現実に見るとなんとも落胆の気持ちが湧き上がってくる。
ルサルカとルカはなんとも苦しい笑いを浮かべ、サナは小さく馬鹿と呟く。
「EKOの時代って白陽暦何年だっけ」
「……EKO時代は白陽暦1100年。1000年ちょうどに戦争が始まって、それから100年という設定のはずだ」
「あ~、なる。つまりゲーム時代か1000年後ってわけか」
ルサルカの質問にイサムが答え、そこから導かれる答えにようやく辿り着いたようだ。
「で、それがどうかしたのか?」
訂正。まったく理解していなかった。
「……つまり俺達は元の世界に戻る方法ではなく、過去の世界に戻る方法も考えなければならないという事だ。
……俺達は数時間しか眠っていないつもりでも、実際には1000年間眠り続けたという事もありえるんだからな」
イサムの言葉でようやく元の世界に戻るという方法の難易度を悟り、顔を真っ青に染める。よくある小説なんかでは異世界に飛ぶという事は多いが、時間を跳躍しているなど中々少ないだろう。おかげで元の世界に戻る可能性がクモの糸より細くなっている。
「ってそれはたいへんじゃねえかッ!? 急いで過去に戻る方法をッ……って過去に戻れるかァァァァアアアア!!」
暴走を始めたカケルはこの際放置する事にして、アカリは他の四人に放置する事を伝える。反対意見がまったく出ないのはカケルの人徳の薄さがなせる業かもしれない。
「……空間遡行の魔法には心あたりがあるか?」
「時空間系の魔法自体無いのに心当たりなんてあると思う?」
「私も心当たりなんて無いなのです。ルサルカさんはどうなのです?」
「ルカちゃんに同じ。魔法を使う仲間でもそんな魔法を使えたなんて聞いた事無い」
「うちも同じやな。時間短縮の高速移動系はよくあるんやけどなぁ」
≪大雪原に住まう氷結龍≫の魔法職はアカリ、サナ、ルサルカの三人なので、その三人が知らなければ存在は無いに等しい。ちなみにアカリが言った『時空間系の魔法自体無い』というのは、単純に魔法自体に無いだけであり、魔法以外であれば少ないながらも存在する。
いや、正確に言えば時空間系の魔法が2つだけ存在する。ただ、その魔法はアカリしか使えない上にアカリも滅多に使わないので存在自体≪大雪原に住まう氷結龍≫の仲間達しか知らない。
「……やはりか。ならば外でも時間遡行の魔法はないと考えた方がいいだろうな」
「あまり考えなく無い考えやなぁ。もしかして、そんで一週間後に話し合おう言うたん?」
「いや、本当に良い案が思いつくかもって考えて延ばしてもらっただけ」
サナの買い被りを打ち消して、単純にそれしか考えてなかった事を自白するアカリ。アカリの儚い願いが本当に叶うかどうか。神のみぞ知ると言ったところだろう。
「……ひとまずアカリの言った方針で行こう。ひとまず時間遡行の事は忘れ、地球へ戻る計画を立てる。みんなそれでいいな?」
「問題なかで」
「分かったわ」
「異議なし」
「私もソレでいいと思うなのです」
イサムの決定にサナ、ルサルカ、アカリ、ルカの順に首を縦に振っていく。
それに時間遡行はあくまで最悪の展開に対しての対策なのだ。もしかすれば、アカリ達がこちらの世界に来たのは2100年であり元の世界に戻ってもさほど時間が経ってない可能性もあり、時間軸がずれている可能性もあるのだ。
話が一段落したところで、ようやくアカリは少しだけ不快に感じていたことを聞いてみた。
「ところで何でみんなプレイヤー名で呼ぶんだ?」
殆どが本名をアレンジした名前を使っているはずなのに、なぜか全員がプレイヤー名を本名みたいに使っている。しかし現実は現実であり、元の名前を呼ばれないと微妙に違和感が残るでそう聞いた。
しかし返ってきた反応はアカリの予想を超えたものだった。
「アカリは何を言ってるなのです? 私の本名はルカなのですよ」
「……俺もそうだ。もしかしてカケルの馬鹿がうつったか?」
「アカリ君も少し混乱してるんだね」
「アカリも少し休んだ方がええんとちゃう」
アカリ以外誰もが自分の名前に違和感を持たず、プレイヤー名を自分の名前だと思っていた。いや、むしろプレイヤー名を当然のように思い込んでいる。
「なんでみんな名前を忘れてるんだよ!! それもゲームの影響なのか!?」
「ちょっとアカリ。名前はみんなしっかりと覚え取るよ~」
アカリをなだめようとサナが声をかけるが、実際にはアカリの耳には届いていない。サナの言葉を聞く前に自分で言い放った言葉に引っ掛かりを覚えた。
もしかして、こっちの世界に来たときに頭痛って記憶を弄られたからなのか!? ッ!?? ……そういえば、みんなの名前の語調ってなんだった? 漢字はッ……!?
昔の小説には記憶を改変する能力を持った人がいた。その人に記憶を改竄られた時は記憶が混線してしばらく頭痛や眩暈がするといった脳に関わる痛みを持っていた。元々人間の脳は常時記憶しているのに、その記憶領域を破壊したときに脳の処理量を超えてオーバーフローを起こしてしまうからだ。
今回もソレが適合させられ、ここにいる六人どころか異世界に転生させられた人物達全員が記憶の改変を受けさせられたのだ。だから転移したときには誰もが脳のオーバーフローに耐え切れず昏倒した。それがこの居酒屋内にいた人間全員が同時に昏倒した理由である。しかし神ならぬアカリにそんなことが分かるわけが無い。
アカリだけは互いの名前の部分だけ記憶の改変を受けずに済んだが、音をようやく覚えているだけで、どんな語調だったか、どんな漢字を使っているのか、それすら忘れてしまっている。
自分が安全だと思っていた場所はとても不安定でいつ崩れるか分からない場所だと知り、アカリは恐怖で顔から徐々に血の気が薄れていく。そんなアカリの変化がおかしいと思い、慌ててルカが声をかけた。
「どうしたのなのです? 顔が真っ青なのですよ」
「いや、なんでもない……。あっ、いや、今日は疲れたから寝るよ」
「そうやな。この際みんなで寝てしまお。こらっ、いつまで暴走してんねん」
「あうちッ!!」
アカリの言葉にサナがそう言い出し、次第に睡眠モードに変わっていく。サナに殴られたカケルは床に顔を打ち付けてそのまま眠ってしまい、他のメンバーは気にせず床で雑魚寝を始める。
謎のトリップ現象が始まって、ようやく一晩が過ぎる。