イーブルスター洞窟のボス
アカリ達はすぐに問題に直面することになった。
日が昇れば当然日が沈むように、夢を見る時があれば夢が覚める時があるように。洞窟を進んでいけば最奥に来てしまうのだ。
「最悪なんですけどォ。もう着いちゃった」
「……ここのモンスターを倒しても然程得は無いだろうに」
「分かってるけどさァ、やっぱりこうもう少し遊んでいたいな~って気分があるでしょ」
「……ふむ、まったく分からんな」
イーブルスター洞窟の最奥の部屋へ入るのは荘厳な扉を開く必要がある。扉に描かれているのは煌めく雪の華と燦々と輝く太陽が同時に存在する光景で、もしこんな天気があれば本当にそう見えるのだろうと思えるほど上手に描かれている。扉の大きさは高さ十三メートル、幅五メートルと無駄に大きく、扉同士が重なり合う場所の丁度肩ぐらいに円盤が存在した。
円盤に書かれている文字は『兵士の牙を3つ捧げろ』だけであり、その下に何かを納める為の窪みがある。
「兵士……。ゲームだとポーンバットの牙でよかったよな?」
「……この場合もそうだろう。挑むか?」
「当然! これがあれば後々有利になるし」
「……確かにな」
生産職としてはこれから相手にするモンスターの素材やぜひ取っておきたいのだ。だからイサムはアカリの言い分を理解し、少し心許ないと思いながらもストレージボックスの中からポーンバットの牙を取り出して、窪みに入れる。やはり入れるのはポーンバットの牙で合っていたようであり、三つ目のポーンバットの牙が嵌った瞬間三つのポーンバットの牙を残して円盤が消滅した。
封印となっていた円盤が消滅してしまえば、荘厳な扉は徐々に開き始める。外開きだと分かったアカリとイサムは数歩後ろに下がって扉の進行を阻害しないように避難する。
数秒も立てば扉は完全に開かれ、最奥の部屋へと続く道を作った。
「……さて、行くか。装備はしっかりと整えておけ」
イサムの言葉に「分かってるって」と返したアカリはすぐに二挺拳銃を腰にぶら下げたホルスターにいれ、弓をストレージボックスから取り出す。
基本的に洞窟では使い難い弓だが、唯一の例外として最奥の部屋だけは間取りがすごい事になっているので扱える。だから後方で戦うプレイヤーであってもしっかりと戦闘に参加できるのだ。逆に言えば、後方で戦うプレイヤーもいないと最奥の部屋にいる相手には勝てないということだが。
部屋の中はEKO時代とはほぼ変わらない高さ100メートル、幅奥行きともに1600メートルとかなり幅広に取られていて、どんなプレイヤーであっても自由に動く事が出来る。そして壁際には蝋燭が並べられて怪しい雰囲気を醸しながら部屋の中を少しだけ照らす。ゲーム時代と違う点は長い年月が経ちすぎたのか壁にはところどころ亀裂が見られ、もし出てくるモンスターを壁に叩きつけてしまえばそれだけでイーブルスター洞窟が崩落する可能性も捨てきれないことだろう。
遅れて気付いたがこの広い最奥の部屋の中央には最奥の部屋を護るモンスターがいた。体長四メートル程度の二本足で立つトカゲで、爬虫類特有の鱗は蝋燭の光を浴びて気持ち悪く動き、金色の瞳孔は獰猛な肉食のソレであり、まるで暗い中でもアカリ達の居場所を把握しているようだ。腕には30cm程度の鎌が付いているが、時間が経ち過ぎているのか鎌自体が少し錆びて鋭利な印象がまったくと言っていいほど無い。アカリ達が入ってきたと分かるやすぐに本能がアクティブになり、高い雄叫びを上げる。
――GRRAAAAAAYYYYYY!!
さすがはBOSS級モンスターと言うべきか、鼓膜が破れそうなほど大きな雄叫びは洞窟内で反響して余計に五月蝿く変わる。唯一の救いは部屋が広いので反響はそれほど大きくないことか。BOSS級モンスターの雄叫びに合わせて取り巻きのモンスターも出現する。
BOSS級モンスターを80cmにまで縮めたようなトカゲのモンスターが四体とふわふわの毛皮に包まれた愛らしい竜のモンスターが一体。
「マスタードライガー1、サーヴァントドライガー4、リジェネドラグーン1か」
BOSS級モンスターの名前がマスタードライガーと言い、イーブルスター洞窟の中で最強のモンスター。ちなみに名前のマスターは『ご主人様』という意味であって『師匠・責任者・習熟者』という意味ではない。その証拠に取り巻きのモンスターには『従者』という言葉が頭に付いている。
リジェネドラグーンはBOSS級モンスターの取り巻きとして出てくるモンスターの一種で、能力は初心者プレイヤー一人でも倒せるほど非常に低い。ただし、リジェネドラグーンのみならずリジェネモンスターは他のモンスターに食べられることによって体力を回復させてしまうのでBOSS級モンスター攻略の時には厄介なモンスターとされている。
「……リジェネドラグーンを先に倒すべきだ。俺がマスターを引き付ける」
「その間にリジェネドラグーンとサーヴァントドライガーをすべて倒せって事か」
ゲームの時代でもイサムがマスタードライガーを惹き付けて、アカリがサーヴァントドライガーを倒すのが戦法だったので、今更サーヴァントドライガー四匹を相手にすることに抵抗は無い。まァ少し不安があるとすれば、ゲームの時には六人全員で挑んでいたので火力が足りなくなる可能性があること。まァその時は序盤に近かったので装備があまり整っていると言えず、今なら一人でも倒せるかもしれない可能性もあるので悪い状況とは言えない。
アカリ達が動く前にサーヴァントドライガーの方が動き出し、腕を使った四足走行でアカリ達のほうへ駆けてくる。小さい体ながらその走る姿はは本物のトカゲのようであり、爬虫類が嫌いな人はかなり嫌悪感を掻き立てられるだろう。マスタードライガーは逆にその場から動こうとせずアカリ達の行動を観察して自らがどう動くべきなのか思考している。
BOSS級の行動に少しばかり不信感を持ちながら、イサムはいつもどおり長槍と短槍を両手に握ってマスタードライガーに向かって行く。しかし進行上にはサーヴァントドライガーがいて、みすみすサーヴァントドライガーがイサムを通すはずも無い。交錯する寸前でサーヴァントドライガーがイサムに襲い掛かろうとして、さび付いた鎌がついた腕を振る。
しかしその動きは一瞬で遮断された。
アカリが射た矢が的確すぎるほどに鎌の根元、腕を射抜いたことによってサーヴァントドライガーの腕が弾かれてしまい、イサムの正面にいたサーヴァントドライガーの腕には矢が刺さらなかったが、喉に矢が刺さっている。喉に刺さったサーヴァントドライガーはまだ生きているが、もしライフゲージを見ることが出来れば三割しか残っていないようにも見えるほど致命傷だと言えた。
「偽善を持って我は乞う。親しき者に韋駄天の加護を。ブーステッド・アジリティ」
「……《スパイクレイジ》」
アカリがイサムに対して攻撃速度の強化魔法をかけてイサムの速さを底上げし、それとは別にイサムは長槍の刃を突きたてた状態で一気に刺す簡単なスキルを使う。
イサムが攻撃した相手は喉に矢が刺さったサーヴァントドライガーであり、残っていたであろう体力のすべてをイサムの淡い緑色の光に包まれた槍によってすべて奪われ、生き延びようとする意思を発揮することも出来ずにそのまま絶命する。
この手のファンタジーゲームには個別に敵意値というものが存在し、モンスターはこのヘイトが高い順に攻撃対象を切り替えていく。このヘイトは常に固定されているわけではなく、モンスターの前で回復魔法を使うのもヘイトを稼ぐ要因となり、モンスターに襲われる可能性を減らしたいのならば別の他人に押し付けるか、その人に自分を超えるほどのヘイトを持ってもらう必要がある。プレイヤーにとってモンスターの動きを操作できる最高のシステムだ。
EKOもこの例に漏れず、ヘイトによって誰を最初に襲うか決まっていく。今回の場合、BOSS級に一番近くとも横を素通りしただけのイサムより腕とは言え攻撃を中てたアカリにヘイトが傾き、サーヴァントドライガー三匹はアカリに顔を向けて敵意満々の視線で見る。
ゆえにサーヴァントドライガーはイサムに目向きもしなくなり、これでイサムがマスタードライガーと単純に戦える状況が揃った。
リジェネドラグーンは部屋の中を自由に飛び回って狙われないようにして、まったく好戦的な様子を見せない。しかし移動速度は100km/hに及ぶのでまともに攻撃を中てる事が出来るプレイヤーはかなり少なく、襲ってきて欲しいというのがイサムを筆頭とするEKOプレイヤーの切なる願いなのは言うまでも無い。
「まァ無駄に近いけどな」
リジェネドラグーンが出現するのはアカリ達の計画にはなかったが、アカリにはリジェネドラグーンの有無などさほど問題は無い。弓と銃はどちらも命中率に差は無いが、矢の飛ぶ速度は銃弾に比べれば遅いので矢をどこに置くかの計算が面倒すぎる。そんな状態ではさすがにリジェネドラグーンを矢で射るのは中々面倒なので、アカリは装備を長弓から二挺拳銃へと変える。
リジェネドラグーンが通りそうな場所にタイミングを合わせて黒い自動式拳銃で一発撃ち、リジェネドラグーンの頭に当てることで動きを止め――――
「え……?」
前にも言ったが銃は高性能である分ダメージ力が低く設定されている。さすがにリジェネドラグーンもBOSS級モンスターの取り巻きに設定されているので、白い回転式拳銃&黒い自動式拳銃でも二発中てる必要がある。今回だって一発目で動きを止めて二発目で仕留めるつもりだった。
しかしリジェネドラグーンはたった一発で死んでしまったのだ。
まさか一発で死んでしまうとはアカリも予想だにしておらず、ありえない事態に思考が硬直する。普通の人間ならば運が良かったと終わらせたかもしれないが、アカリは運が入り込む余地がない人間ほど強い人間になると考え込んでいるので、こと戦闘においては運をあまり信じてない。
そのクセが一瞬ばかりアカリの動きを鈍くしてしまい、サーヴァントドライガーの鎌の一撃をわき腹に受けてしまう。
「くっ、失敗した……!!」
今は戦場に立っているのだと改めて自分に認識させ、リジェネドラグーンのことに関しては一旦忘れることにする。BOSS級攻略において一番厄介なリジェネモンスターは倒したのだからサーヴァントドライガーはあまり敵になりえない。残りの強敵はイサムが相手にしているマスタードライガーだけとなった。
二挺拳銃から長弓へ装備を変えて、サーヴァントドライガーから距離を取るために後ろへと後退する。距離関係からイサムに向かいそうな気もするが、そこは熟練プレイヤーの経験があるのでどこまで離れてしまえばヘイトが移るか感覚的に分かる。
余談だが、ヘイトはかなり細かに動くのでたとえ熟練したプレイヤーであってもどこまで逃げればヘイトが他人に移るかは不明に近い。現状操作できるのはルサルカとルカ、そしてアカリの三人だけのシステム外スキルだ。
ヘイトがイサムに移るギリギリまでサーヴァントドライガーから距離を取り、まだヘイトがアカリに固定されているサーヴァントドライガー達は逃げるアカリを追いかけて地面を這うように追い駆ける。
サーヴァントドライガー達が追いかけてくるのを見て口元を緩めて矢を番える。後ろに向かって走りながらも目標を狙うように弓の弦を引き絞り、より狙いを定め――放す。
アカリが放った矢はまるで糸で操作されているように一直線に飛び、サーヴァントドライガーに吸い込まれるように直撃した。しかも回転させながら矢を飛ばしたから、動いていたはずのサーヴァントドライガーの胸を射抜いてしまった。サーヴァントドライガーの体を貫通してもなお止まらない矢は壁に十センチほどめり込んでようやく止まる。
「グギィッ!?」
システム外スキル、ローリング。槍や昆、フレイル、矢など回転する事が出来る武器は回転させることによって、破壊力と貫通力を上げる事が出来る。そういった武器を得意にしているプレイヤーはそれなりにいたので、かなり有名なシステム外スキルだが実際は知られているだけで自由に使える人間は少ないが、アカリは使える人間の一人だった。
アカリの能力とシステム外スキルで強化された矢の威力はサーヴァントドライガーの命を奪うには十分すぎる破壊力を持っており、直撃を受けたサーヴァントドライガーはそこで絶命する。
仲間を殺されたサーヴァントドライガーは一瞬驚くものの、仲間の死に哀悼を抱く時間すら許されずに足下から爆発が起こり命を奪われた。足下から突如として発生した4連爆発はサーヴァントドライガーの命を奪うのに事足りた。爆発した地点から少し遠かった最後のサーヴァントドライガーはなんとか生き残ったものの、爆風のせいで四メートルほど高く飛ばされてしまい、そこから墜落して呆気ないほど簡単に死んでしまった。
「…………危なかったァ。そっか、人間を殺す考えじゃないと失敗するんだよなァ」
まるで計画が狂ったことに少しだけ悔しがるような淡々とした態度で、サーヴァントドライガーを殺した凶器――爆発の篭ったの小石を弄ぶアカリ。サーヴァントドライガーが爆死したのは逃げる最中にこの小石をわざと落とし、サーヴァントドライガーが石の上を通り過ぎる瞬間に爆発させたからだった。本当は墜落死なんてさせるつもりではなかったのが、アカリの計画から少し外れてしまった点だ。
イサムに言われたとおりリジェネドラグーンとサーヴァントドライガーを殺したアカリは必要なくなった小石をストレージボックスの中に収納して、マスタードライガーと戦うイサムに視線を向ける。
マスタードライガーとイサムの戦いはまさにイサムの優勢としか言えないものであり、アカリがわざわざ介入する余地など無い。イサムが負ける可能性は決してゼロではなかったので、優勢に戦う姿を見てアカリは安堵のため息をついた。
イサムの戦い方は重心をしっかりと持ってマスタードライガーの攻撃を受け止めながら着実にダメージを与えていく、自己犠牲のような戦い方。自己犠牲といえば切なく感じるが、実際は切なさなどまったく存在しない。
マスタードライガーの攻撃はとても鋭く、普通の人間であれば簡単に倒されてしまうほど速い。しかもその巨体が生かされた筋力もかなり高いので、初心者のパーティーならば数秒も持たずに全滅することだろう。しかし相手があまりにも悪すぎた。
イサムは攻撃力が低くとも自ら前線に出て相手を引きとめ、仲間に来る攻撃を受け止める役割を持っているのだ。当然受けるダメージを少なくするために防御を硬くし、なるべくダメージを受けずに相手を足止めする方法など数多く知っている。
イサムを出し抜くためには最低でもイサムの防御を打ち崩すほどの威力が必要なのだ。
EKO最初の街、クレメンスにEKOのトッププレイヤーの防御を崩せるようなモンスターが存在するはずも無く、マスタードライガーはただ消耗戦を強いられているのみ。しかも時間を掛けている代償として右腕に存在した鎌はすでに根元から折られて、左腕にいたっては二の腕からすでに切断。体中に槍傷や浅くない刀傷が見て取れるばかりか、何か細長い物で叩かれたような跡が残っており、口元からは軽く血が滴り落ちている。
反対にイサムはどこも怪我した様子は無く普段と変わらず無表情であり、どこか痛みに反応して表情が苦痛に歪むということも無い。
「古都クレメンス程度じゃ経験値にすらならないかァ」
安堵感を感じればもう気にする必要もないので、そんな憎まれ口を小さく呟く。
BOSS級モンスターなのだから少しは経験値になるかと思ったが、この状態であれば経験値になる事はかなり望みが薄いだろう。それでも得があるとすればマスタードライガーのドロップアイテムとマスタードラライガーから採れる素材だけだ。
アカリは簡単に考えているが、実際にはイサムの努力の甲斐あってのものだった。たとえ楯を持っていても、楯で受け止めることが出来なければ意味がなく、アカリほどの敏捷を持っていないイサムは出来る限り動きを読んでからマスタードライガーの攻撃を止めるようにしている。。
反撃できるのはイサムよりマスタードライガーの方が遅いお陰であり、もしマスタードライガーが速ければ展開は違った。まァ速かったらEKOのシステムどころかRPGのシステムから逸脱してたが。
マスタードライガーは勝てないと分かってもなおせめてもの抵抗にとあがき、もがき、イサムに傷をつけようとする。しかしイサムは無情にも小回りの効く短槍で左腕の攻撃をいなして、長槍を銛のように使ってマスタードライガーの体を傷つける。しかし短槍を防御用に使っているわけでもなく、時に長槍で攻撃を受け止めて短槍で細かく傷を刻み込む。
イサムはアカリと違い、すでにEKOが現実となった状態では対モンスター戦経験が通用しないと理解しているが、それでも本領を使うまでもないと思い、マスタードライガー相手でも全力を出す事はしていない。
「……《スタンピードカッター》」
そんな状態でマスタードライガーが勝てるはずもない。
黄色の光に包まれた短槍が地面から伸びるようにマスタードライガーの体を切り裂き、一拍遅れて血が噴出す。その一撃が決定打となり、四メートルもある巨体を持っていたマスタードライガーはついに地面に倒れ伏した。
結局自分一人で倒してしまったことにイサムは複雑な顔をするが、観客がいたことに気付いて憮然とした表情に変わる。
「……アカリ、見てないで手伝え」
「だって、一方的に圧倒してたし。それにサナと互角に渡り合う技は使ってなかったしね」
「……通用するか迷ったんだ」
実際は「アレ無しで戦えるようにならないとアカリと並ぶ事は出来ない」と考えていたのだが、さすがに本人の目の前で言うのは恥ずかしかったので誤魔化すように別の言葉を紡いだ。
「はいはい。嘘はそこまでね。使わなかった理由は聞かないよ~、面倒だし。それよりさっさと素材を剥ご。腐ったら勿体無い」
「……そうだな」
アカリは真っ当に戦えば全プレイヤー中最弱だと分かっているので、自分が強いなんて欠片も思ってはいない。だからイサムが思っていたことなど気付く要素もないので、イサムは心の中で呆れるため息をつきながらアカリと共にBOSS級モンスターの素材を剥ぐ。