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名前泥棒  作者: 麻生 閃
9/22

泣キ虫ノ華。-4-



動けない。

いや、動かない。


振り向けない。

いや、振り向きたくない。


 ┼ ┼ ┼ ┼ 


そうだ。俺はコイツに用があるんだ。

名前を返してもらわないといけない。俺の、本当の名前を。

その為にはまず、動かなければ。

動かなければいけない、なのに。


『でも、何でここにいるのかな。君が』


名前泥棒の声。

夢の中で会った様な、道化師の様な、飄々とした声ではない。

抑揚もない、無機質の、それでいて頭に響く、嫌な声。


動けばいいじゃないか。

たった少し、両足を動かせば。

たった少し、体を後ろに向ければ。

たった少し、振り返れば。

動けよ。お願いだから。


『不思議だなぁ。君って、平凡な少年だったよね』


声が聞こえる。

内容なんて聞いてない。聞く気もない。

声だけが頭に響く。


おかしい。

体っていうのは、脳の命令に忠実なはずだろ。どうなってんだ。

さっきから、体の震えが止まらない。焦点が合わない。喉が渇く。

やばい、息が出来ない。

          

よし。一、二、三、で振り返ろう。

このままじゃ駄目だ。

頭で深く、深呼吸をする。

一、二、三だ。

大丈夫。出来る。

とにかく、動こう。

いくぞ。

一、二、三。


途端に、回りの音が止んだ。


俺の首に冷たい感触が走る。

手だ。目の前の闇から、二本延びている。

その手に力が入る。


『聞いてるの?ゼロ君』


 ・ ・ ・ ・ 


暗い。

何処だここは。

俺は森にいて名前泥棒と会って。それで、

………それで?

それで、どうなった?

そうか。分かったぞ。

今、俺は目を閉じている。

背中に土の感触があるから、仰向けに寝ているのか。

とりあえず、目を開けよう。

全てはそれからだ。

          

目を開けると、そこには見たことのある顔がありました。

大きな口に、大きな鼻。

見開かれた黄色い瞳。チラッというか、剥き出して見える鋭い歯。

真っ青な皮膚の色。そうです。蒼色ドラゴンです。蒼色ドラゴンが俺を見ているのです。って、


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ギェェェェェェェェェ!!!」


俺とドラゴンは、同時に悲鳴をあげた。

俺はとっさに後ずさった。



「なっ…………何で………なんっ……」


何で起きてるんですかちょっと。

と言おうとしたが、相手の言葉に先を越された。


「あのっ!!お願いですから助けて下さい!!」


 ………………… 




「えーと………襲わない?取って食わない?」

「しません!!お願いですから、話だけでも聞いて下さい!!」


ああ、まったく。

二回目だよこの状況。デジャヴュだよ。

俺はいつでも逃げれるよう、ドラゴンから10m離れたこの場所で、話を聞くことにした。


「……実は僕、ある日突然飛べなくなっちゃったんです」

「飛べなく?ドラゴンなのに」

「それだけじゃ無いんです。親友が………レントが、僕の事を忘れちゃったんです」


レント?聞き覚えのある名前だ。

………あれ?

          

「……何でレントの事を知ってる?」

「当たり前じゃないですか!自分を卵から返してくれた人の名前ぐらい、普通知ってるでしょう!」

          

ドラゴンは、声を荒だて言った。

卵から返した?

待て。それじゃあ、話のつじつまが合わない。

レントは、昔からドラゴンの事を、知ってる様な口調じゃなかった。

          

「……でも、レントは知らないんです。忘れちゃったんです。僕が飛べなくなった、あの日から……。思えば、あの日から全部おかしくなったんです!自分の名前も分からなくなるし………」


自分の…………名前?

頭に考えが浮かぶ。

よく考えてみろ。

このドラゴンの言う事が、本当だとすると。

蒼色ドラゴンは、ある日を境に空を飛べなくなった。そして、自分を卵から返してくれたレント、つまり親が、自分の存在を忘れてしまった。

そして、自分の名前を思い出せない。

おい。それってまるで、


「もしかしてその日、ピエロが出てくる夢を見なかった?」

「み……見ました。そのピエロに名前を聞かれて………」

「言った?」


ドラゴンは小さく頷いた。

やっぱりそうだ。

蒼色ドラゴンは、俺と一緒だ。


 

その時ふと尻尾を見ると、何か銀色の物が目に付いた。

ソレは、ドラゴンの大きなウロコとウロコの、間に挟まっていた。

俺はソレを指差し言った。


「なあ。ソレって」

「これですか?あの日、飛べなくなってこの森に落ちた時に、僕のすぐ側に落ちてたんです。綺麗だったから、取っておこうとつい………」


律儀にドラゴンは、わざわざソレを、俺に渡して見せてくれた。

俺の手に落ちたソレ。掌で輝く【鍵】はまさしく、目の前のドラゴンの物。

嗚呼、名前泥棒よ。何故俺のは落としてくれなかったのか。


いや、むしろ神様に感謝しなきゃな。

こんな物語のような、有り得ない偶然を有難う。


何をすべきか、不思議と分かっていた。

鍵の先端を、ドラゴンに向ける。

すると、ドラゴンのお腹から、ゆっくりと錠が出てきた。鍵を向かえ入れるかのように。

鍵を錠に差しこむ。

これで、これでレントが助かるかもしれない。




  *  *  *  *  *  


助からない。

僕はそう直感した。

だってそうじゃないか。

あんな狂暴そうなドラゴンに、生贄として出されるんだから。

そして今僕は、縄でぐるぐる巻きにされている。


時刻は夜中。

僕は生贄としての役目を果たすため、一人村長の元へ行く。

そこには、丸太で出来た御輿(みこし)の上に、台座が乗せられてあった。

僕はこの台座に乗り、森まで運ばれるのだろうか。


「この上に乗れ、レントよ」


村長が台座を指差す。

やっぱり。だって台座の回りには、花が沢山飾られているんだから。

弔い華が、沢山。


昔は、この村にもいっぱい子供がいたらしい。

その分、沢山生贄も出たらしい。

生贄の子供は、こんな台座に座らされ、縛られ、目的地まで運ばれていく。

人柱として川の氾濫をとめたり、飢餓を止めるためどっかの洞穴に入れられたり。

僕の場合は、森。

その時に、生贄に供える華が、この真っ白な華。

いつからか分からないけど、いつの間にかこの華と生贄は、一つのまとまりにされていたらしい。

僕、この華好きなのにな。


「いくぞ」


村長の一声で、僕が乗る御輿が持ち上がった。

一歩一歩、人気のなくなった村を、厳かに歩く。

嗚呼、僕は死ぬんだ。

だけど、あんまり実感がない。

生贄っていうのは、そんなものなのかな。

あんなに死にたくないと、必死にもがいていたのに。

馬鹿みたいだ。

そういえば、ゼロさん。ちょっと迷惑かけちゃったな。

謝りたかったな、最後に。


「グォォォォォォォォォォ!!!!!!」


突然聞こえた鳴き声。

これは…………ドラゴンの咆哮。

どこかのドラゴンが逃げ出したのかな。

もしかして、蒼色ドラゴンの………。

いや、でも声は、僕の上空から聞こえる。

僕は、上を見上げた。


見えたのは暗闇の空。

違う。少しずつ、朝日が差し込んできている。

その光が、輪郭を浮かび上がらせた。


蒼い。真っ青な体。

その体が、僕の真上を飛び回る。

こいつは、蒼色ドラゴン。狂暴な、

――違う。こいつは違う。僕は見たことがある。

違う。知っていたんだ。

違う。違う。

僕は、こいつを、知っている。

僕は、ただ一人の【親友】の名を読んだ。


「ドリス!!!!」


ドリスは、微笑んでくれた。

鍵が開く音がした。


一粒。空から水滴が落ちる。

それは台座の華の上に乗り、ゆっくり、地面流れていった。



  *  *  *  *  


「よかったじゃないか。お前のお節介は、無駄にはならなかったぞ」


リエは、テーブルの上に開かれた本を見ながら言った。


「お節介だぁ!?努力と言え」


俺は、椅子に優雅に座りながら、俺が出てきた本をこれまた優雅に見ているタキシードに言った。


今俺は、現実世界にいる。

今しがたここ戻って、正しくはこのタキシードのリエに連れ戻された。

鍵を回した途端、突然目の前が真っ白になり、気が付けば俺はリエの部屋の入り口につったっていた。


「リエ。結局蒼色ドラゴン、いやドリスが飛べなくなったのは……」

「名前泥棒が盗んだのだろう。ドリスという名前を盗られたせいで、雨を降らすドラゴンという社会での役目が消え、名付け親の、レントの記憶から、ドリスの記憶が無くなった。今の、お前を取り巻く状況と同じだな。」


お前をが鍵を開けたお陰で、全てが元に戻ったんだ、そう言って、リエは本棚の奥へ歩いて行った。


リエと入れ違いに、俺は椅子へ腰を下ろす。

開かれた本のページを覗いてみた。

端に絵が描かれており、そこにはドリスの上に乗るレントと、雨ふるロニ村があった。

よかった。


「ま、きちんとシナリオ通りに進めてくれて、良かったよ」

シナリオ?

振り向くと、いつの間にか赤い本を手に持ったリエがいた。

コイツ、忍になれる。


「シナリオってどういう事だよ」

「まあ見てみろ」


リエは、開かれた本を閉じ、表紙の題名を指した。


「読んでみろ」

「えー………魔導士と竜の冒険」

「……お前の頭でよく分かったな」

「うわムカツク」


だが、それがどうしたのか。

俺はイマイチ、リエの言いたい事が分からなかった。


「ここでいう魔導士。これはレントにあたる。竜というのは勿論ドリス。この二人は後に英雄となる訳だが、名前泥棒がこの本に入ったせいで、それが狂ってしまった。

シナリオ通りに行くには、二人はずっと親友の間柄でなければならない。

だが、レントがドリスの事を忘れてしまい、それが叶わなくなったのだよ」


成程ね。そこに俺がレントの記憶を元に戻し、シナリオとやらを修正したという事か。


「ところでゼロ。見付かったか?【探し物】は」


名前、泥棒。俺の頭に、森での光景がフラッシュバックしてきた。

今思い出してみると、夢か現実か区別がつかない。だが、今でも覚えている。

伸ばされた手の冷たさと、感触は。


「…………ま、習うより慣れろ、という事か」


ということでいってらっしゃい。そういうリエの手は、先程持っていた本を開いている。

………早くありませんか?


「なあ、もう次の世界へ行くのか?」

「見て分からないか」


分かるさ!分かるから突っ込んでんだよ!

だがリエは、俺に反論を言わせる時間はもったいない、そう考えたらしい。


「安心しろ。知りさえすれば、恐怖など無くなる」


理不尽だ。

そう思いながら、俺の体はゆっくり本に吸い込まれていった。




本は自然に閉じられた。

扉を閉めるように。



表紙には銀の字が光る。

『陰王・列空伝』




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