泣キ虫ノ華。-3-
森の中に、俺の目の前にいるコイツは、とても大きく真っ青で。
寝ていた。
+ × + ×
ドラゴン。それは現実世界では神聖なものとして崇められ、神様のような存在とされている、と俺は思う。
だが、目の前にいるコイツはどうも違う。荒々しい雄叫びが聞こえるはずの口からは、どデかい胴体とは釣り合わない程可愛いらしい寝息が漏れている。
見たものを射殺す様な鋭い眼孔も半開き。別の意味で恐い。
全てを吹き飛ばす威力の息を出す鼻からは鼻ちょうちん。絞んでは膨らみ、の繰り返し。
「マヌケ面………。」
俺は異国で軽いカルチャーショックを受けた。
「なぁ、こんなのが俺やお前を食べるかもしれない、蒼色ドラゴンなわけ?」
「はい、一応は。」
俺が、元からあった恐怖心が少しづつ消えるのを感じながら、まじまじと目の前のドラゴンを見ていると、レントがポツリポツリと喋り始めた。
「この蒼色ドラゴンは、元はこんな森の中には居なかったんです。昔は大空を、この大きな碧色の翼を広げて飛び回ってました。
そうすると不思議な事に翼をはばたかせる程に、雨が降り注いできたのです。
それはもう、素晴らしく神秘的な光景でした」
「悪いけど、この姿を見る限りじゃあ………」
「イメージ出来ないのも分かります。でも本当に、ドラゴンが一度飛びたてば、沢山の恵みの雨が村に降り注いだのです。僕達村人は、自然にドラゴンを神の使いとして崇め、敬うようにしました。でも…………」
それまで生き生きと話していたレントの表情が、少しだけ曇った。
「ある日の夜中、この森に何かが落ちてきました。それはそれはもう凄い音で、村人全員驚き、跳び起きた程です。村長を始め、村の重役達は落ちてきた物を確かめるために音のした場所に向かいました。……僕もこっそり。そこには大きな深い穴が空いていました。
穴の中を覗いてみると、そこに眼を閉じて眠っている」
「神様がいた、って事か」
レントは小さく頷いた。
「蒼色ドラゴンは落ちてから起きることもなく、それから雨がまったく降らなくなり、村は干ばつにまでなってしまいました。危機感を感じた村長達は、先人達の教えに習い子供の生贄を出す事に。
村には僕しか子供がいなくて、だから僕が生贄にに」
レントは説明を終えた後、大きく溜め息をはいた。
うつ向き、悲しく辛そうなその顔に、俺の良心もさすがに揺らいだ。
「その………何とかならないのか?要はコイツを起こしてまた雨を降らせればいいんだろ、なら無理矢理にでも起こせば」
「でも!でも、無理に起こしてまた雨を降らせてくれるとは限らない。ドラゴンは十分にしつけしないと、すぐ暴れます。野生のドラゴンにおいては、人を食べる事もあるんです。皆が持ってるドラゴンは、買った物だから凶暴ではないんですが」
レントはそう言うと黙ってしまった。
理不尽だ。
先人達の教えといっても、結局は大人達が自分の身を守る為のものじゃないか。
俺は顔をしかめて言った。
「おいレントの親父!自分の息子が死ぬかもしれないんだぞ!何とかしないのかよ!」
「………………。」
うつ向き目をそらした父の代わりに、レントが口を開いた。
「駄目ですよ。父さんは、村の村長補佐の立場にいます。そんな事をすれば、村を追い出されてしまいますから。」
親子はそれから口をつぐんだ。
父は申し訳なさそうに。
息子は悲しくも、しょうがないといった面持ちで。
× + × +
深夜。
俺はレントの家に泊めてもらう事にした。
二階のベットで一人仰向けになる。
天井をぼんやりと見上げていると、レントの言った言葉が浮かんできた。
『ゼロさん。貴方をこんなことに巻き込もうとして、すみません。ただ、言い伝えにあったのです、
(竜ハ異人ヲ恐ルル)。
もしかしたら、貴方ならドラゴンを起こす事が出来るかも、もう一度この村に雨を降らせる事が出来るかも、一緒に生贄になれば、ドラゴンが貴方に話しかけてくれるかも、と。
僕も。僕も助かるかもしれない、と。でも、言い伝えも大分前から伝わるもの。本当にそうかは分かりません。二人共食べられるかもしれません。……僕は村の人間です、でも貴方はそうじゃない。
何の関わりもないのに、生贄になれなんておかしいですよね。
知らない村の為に命を落とせなんて、酷いですよね。
……すみません。この話はもう忘れてください。ここまで貴方を振り回してきてごめんなさい。でも、僕は怖かったんです』
一人で死ぬのが怖かったんです。
「一人で、か。」
俺は天井に呟いた。
俺と同じぐらいの子供が、村の為に死んでいく。たった一人で。
あの時、俺に助けを求めたレントはとても必死だった。
「生贄になるつもりなのか?」
冷たい、抑揚のない声が頭に響いた。
「リエ………」
「驚いたな。特に魔法が使えるでもない、普通の人間のお前が、見ず知らずの者の為に命を投げ出すなど。まるで神の様だ。」
「生贄になろうとはあんま思ってない、俺は神様じゃないから命も惜しい。………けど目の前であんな話をされたら、あんな顔されたら。人間だったら、助けたいと思うのが普通だと思う。」
でも、どうすることもできない。
俺の頭は、レントを助ける方法を欲しがっていた。
「前から思っていたのだが」
「………?何だよ」
「何故戸惑わない」
「はぁ?」
「多くのお前ぐらいの歳の奴はいきなり、冒険をしろ、生贄になれ、そんな事を言われた時点で一般的には困り、信じず、もしくは嫌がるだろう。
だがお前の場合進んで受けた。
今だって、あったばかりの少年の為にろくに考える事も出来ぬ脳を働かす。お前は状況適応能力が高すぎる」
そんなこと、俺はその後が言えなかった。
確かにそうだ。
俺はリエの言うことをこれっぽっちも疑わずここまで来て、異世界に来てすぐレントと会い、そしてレントを助けたいと思っている。
何でだ?昔の俺はこんな事出来なかった。冒険なんて、RPGで十分だった。
なのに………何故だ?
何故?
………………。
俺は頭が痛くなった。
「……はぁ。聞いた私が馬鹿だった。話を変えよう。二つ目はドラゴンの事。眠ったままの神の使い、蒼色ドラゴンといったか。今からソイツに会いに行け」
「んな唐突に。何でだ?」
「……北西」
「は?」
「【獅子座の彼方★運気回復のチャンス★ラッキーポイントは北西、探し物が見つかるカモョ★☆】だとさ」
× ● Χ ★
リエの棒読み星占いの通り、俺は北西に向かった。
北西―ドラゴンが眠る森へ―。
探し物?俺が探してるものって………?
『久しぶりだね』
突然、俺の耳元で声がした。
生温い風。
目の前のドラゴンは眠ったまま。この声は違う。
この声は、アイツだ。
そうか忘れていた。
あったじゃないか、大事な探し物が。
探していたじゃないか。
俺の背後にいる、不気味なピエロ姿の奴を。
名前泥棒を。