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名前泥棒  作者: 麻生 閃
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進ムベキ道ハ只一ツ、可能性ハ限リナク?




カランコロン

外では雨が鳴り響く。

「おい、どういう意味だよさっきの言葉。」

「どういう意味とは?」

「“名無し”とか、何もできないとか………俺のことを何か知ってるんだよな!なぁ、教えてくれ!」

「そんなにがっつくな。見苦しいぞ。」


俺は店の奥まで案内され、椅子に座らされた。

男は足が悪いのだろうか。右手にステッキを持っている事に気が付いた。

          

          

周りには古い本が山のように積まれている。

そこはまるで時間が止まったような空間だった。


円いテーブルを挟み向かい側に、男が座る。

よく見るとこの男、かなり顔立ちが整っている。

だが、深い藍色をした瞳は少しも光をおびていなかった。

「ではまず、お前が知るべき事から話そう。お前、“名前泥棒”というものの存在を知っているか?」

「名前泥棒?まさか、そいつが皆をおかしくして……」

「周りがおかしくなったのではない。お前という存在が、周りからなくなっただけだ。名前を盗られたせいでな。」

「名前………?」

「お前、本当に何も知らないのだな。」


そういって、軽い溜め息をついた男はおもむろに席をたち歩き始めた。

ステッキの音が、カツン、カツン、とリズムを刻む。

「名前泥棒というのは、文字通り人の名前を盗む特質な泥棒だ。アイツは、対象の人物から本名をフルネームで聞き出す。そうして発せられた言葉を具現化し、自分の物にする。対象の知らないうちに名前を盗むんだ。」

「おい、ちょっと待て!何で、名前を盗られたぐらいで母さん達は俺の事忘れたんだ?」


すると男は立ち止まり、カードが挟まるんじゃないかって位眉間に深いシワをよせた。


「お前は無知な上に愚か者なんだな。」

「んだとっ!!!」

「いいか。名前というのは、其のもの自体を表す、いわば認証番号だ。」

「どういうことだ?」

「まぁ、例えばだ。」


男は、近くにあった無造作に置かれている白い花を採った。


「おい、これは何だ?」

「………花。」

「そうだ。ではお前はこれの事をなんと呼ぶ。」

「……………はな。」

「では、これの名前は?」

「……………花?」

「そうだ。では問題だ。もし、こいつに【花】という名前が無かったら一体こいつは何になる?」

「う…………。」

「言えないだろう。名前というのは其のもの自体を表す。となると名前が無い=其のものの存在が無い、ということになる。だからこの花は今ここに無い。お前もこれと同じことだ。」

男は自分の肌と同じ位白い花びらを、一枚一枚ゆっくり摘んでいく。それはそれはつまらなそうに。


「社会というのは、すべてが安定していなければならない。だが悲しい事に、この人間社会は名前がなければ存在が安定しない。だから人間は何かしらに名前を付けて、安定させたがる。お前の様な名前の無い不安定な存在など」


最後の一枚が、床に落ちた。


「この人間社会に要らないもの、そこにいるが存在の無いものとされてしまう。」




「だから、母さん達は俺の事を………」

「お前の家族だけではない。友達、親戚、お前と関わりあいのもった人間はすべてお前の記憶を無くしている。存在が無くなった奴の記憶など、後にも先にも必要ないだろう?」

「じゃあもう、家にも帰れないのか?」

「記憶が無くなった以上、向こうにとってお前は赤の他人だ。」


俺は唇を噛んだ。

どうすればいい?どうすればこの状況から抜け出せる?

考えても考えても答えは出ない。出るのはタスケテの四文字だけ。

俺はこれから、どうなるんだ?

とてつもない不安と恐怖が俺を襲った。



「だが。そんな残念なお前にも、まだ希望の道が2つ残っている。」

「残念…………」


男は再び椅子に座った。


「まず一つ目。これはお前にまだ【人間】という名前が残っている事だ。」


「え、人間も名前なのか?」

「当たり前だろう。立派な名詞だ。この人間という名前が残っているお陰で、まだお前の存在は無いだけで完全に消えてはない。」

「何か………よく分からないんだけど。」

「ったく。………まぁいい、とにかくお前はまだ他人とは関わることが出来る、ということだけ覚えておけ。」


「これをふまえて二つ目。これは私という存在の事だ。詳しくいえば、私はその希望の道先案内人になるが。」



「道先………案内人?」

「そうだ。全ての決定権はお前にある。」


男は、無数に積まれている本棚から一つの本を取り出した。

その姿が、図書館にいた時の、あの時の俺と重なった。


「実は、お前が元の生活に戻れる方法がある。」

「ホントかっ!!!?どうすればいいんだ!!?」


俺は思わず身をのりだした。

この店に来たのは正解だった。


「なに、単純な事だ。お前、名前泥棒は盗んだ名前を具現化すると説明した事は覚えているな?」

「……………。」

「まぁ、期待はしていなかったがな。話を進める。その具現化された名前は、一つの【鍵】になる。名前泥棒は、今まで盗んだ沢山の鍵を背中に背負っている。そこから自分の名前の鍵を取り返せばいい、それだけだ。」



確かに単純だ。

話を聞くだけならな。


「じゃあ、肝心の名前泥棒はどこにいるんだよ?」

「そう、そこからが少し大変な事になる。いいか、これから言うことはよく聞け。私は同じことを言うのは嫌いだからな。」


男はそういって、取った本を俺の前に置いた。

本は裏表紙を上にして置かれて、題名が見えなかった。


「今、名前泥棒はこの部屋の中のどこかにいる。」

「なっ!!!………」

「正確には、この部屋の本のどれかの中に、だ。名前泥棒は、どうやらこの現実世界には居られないらしく、この部屋の本の世界の中でしか生きられない。」


部屋を見回した。

ざっと数えても、本は100以上はある。

この中に名前泥棒が…………と、ふとそこで疑問が浮かんだ。


「でも俺はここの本じゃなくて、図書館の本で、しかも夢の中で名前泥棒に会ったぞ?」

「あぁ、【泥棒のススメ】の事か?あれは元はこの部屋にあった筈なんだが…………。恐らく何らかの手違いで、図書館に行ったのだろう。そして偶然お前がその本を手にとり、偶然その本に名前泥棒が居て、」

「俺は偶然、名前を盗られたってことか?」

「そうゆうことになるな。本当に残念な少年だ。あと、名前泥棒は夢の中でしか名前を盗れない。覚えておくといい。」


俺は、こうなったのはお前のせいでもあるんじゃないか、と言いたかったがあえて言わないことにした。

「話が随分それてしまったな、手短に話そう。今からお前は一人で本の世界に入り、名前泥棒を見つけてもらう。」

「はぁ!?何で俺が!?」

「他に誰がいる?」


俺は男を指差した。

しかし今度は百円玉が挟まるぐらいの深さのシワを眉間に寄せ、鬼の形相で睨んできたので、俺は指をゆっくりしまわなければならなくなった。


「本の世界の扉はいつもは閉まっているが、私ならいつでも開閉出来る。中からは開けられないので、私は外にいなければならないのだよ。」


俺は腹の中でおもいっきり舌打ちした。


「強制はしない。本の世界といえども安全とは言えない。嫌だったら帰って良いぞ。」


男は本の上に、一枚の銀貨と日本の千円札を置いた。


「お前に選択肢を与えよう。一つは千円札をとり、この話を忘れ何とか生きる。もう一つはこの本の世界に入り、危険な名前探しの旅をする。さぁ、どうする?」


俺は目を閉じた。

母さんと八尋の姿が浮かび、すぐ消えた。


迷わず銀貨をとった。


「いいんだな?後悔しても知らないぞ。」

「後悔なんかしない。俺はもう一度、母さんと八尋の元へ戻る。」


そして男はニッと笑い、千円札を取った。


「そうなると、お前に名前を付けなければならない。きっと本の世界でも、名前を聞かれる。」

「名前か………う〜ん。」

「【ゼロ】なんてどうだ?何もかも無いお前にとってはちょうどいい名前だろう。」

「ゼロか。」


案外いい名前だ。

ゼロ。初めからの出発。


「それでは早速出発しよう。」

「え?ちょ、ちょちょ待てって!!!」


必死な訴えにも待ってくれず、テーブルの上の本が独りでに開き風が吹き込んでくる。

男が本に手を触れると、ページが光だし俺の体が吸い込まれてゆく。


「言い忘れていたが、私の名前はリエという。何かあった時は、大声で私の名前を呼ぶといい。」


「では、よい旅を。」



部屋が一瞬まばゆい光でつつまれ、その後にはリエと無数の本の山、そしてテーブルの上の本が残された。




テーブルの上の本の題名は、


【魔導士と竜の冒険】






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