空ニ浮カンダ銀ノ月。-悪夢-
忘れてはいけないこと
○○○○
俺の見ている『それ』は、確実に現実世界には無い物だった。それこそゲームや漫画の虚構の世界でのみ実在しうるもの。
今までそういう物を俺は、一応他の同年代よりはよく見てきた。だが今、目の前で広げられた『それ』は少し違う気がした。
目が離せない。
「おはようございます師匠。今日はやけに……!」
「あ、君確か弥って子……だっけ?」
小さな子供の、驚きが混じった声。その声の主――弥って子だったような――は、俺の言葉に反応すると、すぐ鈴欠の背中に隠れた。
「しっ、師匠!この人誰ですか!?」
「泥棒だ」
「違います!だから俺は自分でここに来たわけじゃないんですって!」
師匠と呼ぶ弥の問いに、ほぼ即答で返す鈴欠。後ろで隠れる弥は納得顔だが、冗談じゃない。俺は慌てて否定した。
しかし。幼いこの子にとって、いきなり現れた俺と、長年一緒にいる鈴欠。どっちを信じるべきかなんて決まっているようで。
「……?変ないいわけですね。初めまして」
先程の怯えた表情とはうってかわって、弥は今度はまるで自分が上かのような口調で、俺の否定を『否定』した。
「変!?だから……よろしく」
返す言葉が見付からず、とりあえずこちらも挨拶。この状況に、俺はつい心の中で舌打ちをする。
弥は興味が無くなったかの様に俺から目を離し、今度は鈴欠の方に向きなおった。
「はい。で師匠。今日はなんで早いんですか?」
「これに起こされたからだ」
鈴欠の言う『これ』とは、勿論俺のことだろう。弥の視線が再びこちらに向かい、そしてぽつりと呟く。
「ふうん、印象の薄い人ですね」
「薄い!?俺が、か?」
「はい。あ、でも気にすることはないですよ。馬鹿よりマシですから」
「どこがどうマシなんだよ……」
あまりのショックで返す言葉も弱くなる。小さくぼやいた最後の台詞。
確かに俺は現実世界でも、どちらかといえば地味だと言われてきた。そして、正直そのことを少し気にしていたりしたんだ。
それを今、しかも少なくとも俺より年下だろうこんな子に言われるとは。何というか………。
「ところで師匠、今日までのお仕事はもう仕上がったんですか?」
「世の中無理なこともある」
「仕上がってないんですか!ならこんなとこで寝てないで仕事して下さいよ!」
まるで、宿題をしてない子を叱る母親。今目の前で鈴欠に説教をし始めた弥は、まさにそんな感じである。見た目とは逆に、随分としっかりとした性格らしい。
そういえば、あの子誰かに似ているような――
「そうもいかないだろ。ほら朝だしな。朝食作らないと」
「それは、僕の仕事です!」
「お前はあれの相手してろ」
二人の言い争いはどんどんヒートアップ。なんか、俺の存在を忘れられている気がするが。
どうしていいか分からず、何やらまた鋏をちらつかせている鈴欠達に話しかける。
「あの……ちょっと……」
「はい?なんか言いました?」
「すんませーんっ、なんでもないでーすっ」
振り返った時の弥の顔。冷たい笑みとはこういうやつの事をいうのか。
会話が続かず沈黙。話しかけようにも言葉が見つからないでいると、弥が朝飯を誘ってくれた。ここに来る前の事を思い出し、自分の腹を押さえる。
口からは断りの台詞。
「いや、シュークリーム食べたし特には」
「師匠のご飯食べないんですか?」
師匠のご飯、ということは鈴欠が作るのか。まぁ、他に人は居ないし。
横目で眠たそうな目をした鈴欠を見る。折角の親切を泥棒の分際で――泥棒じゃないけど――断わったら、また刃物が飛ぶ可能性もある。
「……いただきます」
もう一度腹をさする。そんなに少食な方ではないが―――なんとかなるか。
そんな事を考えていると、目の前の弥が突然軽く驚く事を口走った。
「師匠の料理はおいしいですから安心してください。ああ見えて主夫歴400年近いですからね」
思わず動きが止まる。四百?どういうことだ。まさか生まれた時からやってるんじゃあるまいし、いや生まれた時からでも有り得ないよな。
「四百って、あの人一体何歳なんだ……」
「えーと、492ですねー。あ、僕は10歳です」
「ほぼ五百!?てか君十歳!?」
「普通じゃないですか?……僕は十歳ですよ。若いでしょう」
胸を張って答える弥。それは若いじゃなく幼いという、とは言わないでおく。
そこでふと思い出した。鈴欠の背中から広がった、大きな銀の翼。そういえばいつの間にか消えている。あぁ、自分のことを悪魔だとかも言っていたな。なら、四百も妥当な所だと思えてきた。
にしても弥が十歳とは。言ってることは随分と大人びているのに。
「これからどうするんですか?」
弥の方から、今俺が一番に考えなければならないことが出てきた。
そうだ、本当にどうしよう。ここに名前泥棒が居ればいいのだが、さすがにそう都合の良いことはおきなさそうだ。
「それがまだ分かんないんだよなぁ、逆に俺が聞きたいぐらいだ」
「えぇと……え。じゃあなんで泥棒なんかしちゃったんですか?」
「だから!俺は泥棒じゃないっつーの!逆に泥棒を探してんだよ、泥棒」
違うと言ったのに、まだ俺が泥棒かと思っていたのか。二度目の否定をしたものの、弥の目は興味無しとでも言いたげで。
「……まぁなんでもいいんですけどねー。じゃあ行くとこないんですか?」
「そうなんだよ、それが問題なんだよなぁ」
「……頑張って下さいねー。ま、下手に外に出れば売られるか死ぬかですが」
「ちょっと待て!売られるとかってどういうことだ!」
慌てて弥の発言を遮る。平然と、さも当たり前に言う目の前の子供。こっちは逆に、俺の反応に驚いている様だ。
「当たり前じゃないですかーここは地球じゃないんですよ?しかも人間さんなんだし……下手するとサーカスライオンの餌ですよ?」
サーカスのライオンが人なんて食べるのか。それなら現実世界のサーカスでは、ライオンはまず消えるな。
だが、ここは本の世界。現実にある事がそのまま起こるとは限らないのだ。なら、ここの世界は一体。
「ライオン……ここってどんな世界なんだよ。悪魔とか普通に居るし」
「なにかおっしゃいましたか?」
不思議そうな顔の弥にいや、と返す。別にこれといって隠す必要は無いけれど。
「そういや、この世界で人間は珍しいのか?」
「めずらしいというか……いるはずのない生物ですね。僕も師匠といなかったら知らなかったし」
よく分からなかったが、とりあえず相槌をうつ。とにかく、この世界では悪魔が普通で人間が珍しいってことなのか。
なら、と黒髪の弥を見て一つ問いかける。
「もしかして……君も悪魔だったりする?」
「僕は子供ですから。見習いってとこでしょうか。……あ、人間の悪魔の理念は捨てたほうがいいですよ?間違ってます」
冷静に、かつスラスラと言って述べた弥。悪魔見習いだとか理念だとか、今の俺でも理解出来ない言葉を使うこの子供。
この感じ、やっぱり誰かに似ている。誰だったか。
「なんか君、随分大人びているね」
「そうですか?ま、師匠と暮らせば嫌でもそうなりますよ。あの人生活力0なので」
「ませたガキ」
極力小声で言った本音。俺は子供は好きだが、こういう何でも知っている雰囲気を出すタイプ、これはあまり好きじゃない、というか苦手の部類に入る。
いきなり押し黙る弥。聴こえないレベルで言ったのだが、まさか――気まずくなり、俺は話を反らそうとした。
「あ、朝食!そろそろ出来たんじゃねぇの?」
よし、良かった。これは自然な流れだ。
と思ったら。
「顔より子供っぽい方に言われたくないですね。師匠朝ごはん出来ました?」
カチーン、かピキーン、か。とにかく、さっきの俺の頭の中ではこんな擬態語が流れた。
あぁ、思い出した。コイツ、この弥ってやつ、近所に住んでた生意気な子供にそっくりなんだ。名前はユウジだったな。
うん。俺はコイツのこと、三番目にあんまり好きじゃない。
そうやって悶々と考えていると、目の前のテーブルに何か置かれた。
「おぉうまそ、食べていいですか?」
「……勝手にしろ、食い終わったら皿は自分で洗え」
鈴欠が持ってきた朝食は、まるで小洒落たレストランの物の様だった。美味しそうな香りを漂わせるトーストに、それに見合う副菜が彩りよく飾られている。 さぁ食べよう、そう思った俺だが、そこである重大なことに気付いた。
「箸とか無いのかな……」
テーブルに置かれた食器はナイフとフォーク。外食など恒例じゃない、こんな物を使う習慣など付いてない、ましてやテーブルマナーなんか知らない俺にとって、この並んだすくう物と刺す物などまさに未知の領域だった。
「……ないですよ。……師匠箸使えないんで」
「じゃあせめてスプーンとかは……」
「これでいいのか?」
差し出された細長い棒二本。少し形はおかしいが、それはまさしく箸だった。
きちんといただきます、と挨拶を忘れず朝食に手をつける。おぉ、想像してたよりかなり美味しい。
シュークリームの満腹も吹っ飛び黙々と食べていると、ふいに鈴欠が話しかけてきた。
「で、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
「あーと、うーん。とりあえずこの世界のことを詳しく知りたいんですけど」
「……この世界。か。簡単にいえば神直属の治世下、悪魔と天使の住む国のような場所だ。たまに天使が奇襲をかけてくる」
弥と同じように、こちらもつらつらっと一発では理解が困難な文章を言う。勿論、よく分からない。
そういえば、そんな前置きのRPGやったな。
「外、とか出ちゃ駄目ですかね?」
その瞬間、鈴欠の顔が変わった。
「……一人でいけば売られるぞ?お前はたいした値段になりそうにないが。つれていってやっても良いが?」
少し偉そうに言う鈴欠。言っていることは至極まともだ、だがその顔は何かを企んだかの様で、気持悪いくらいにやにやしている。
嫌な予感がするが、ここで断ってもやることが無い。とりあえず、誘いにのることにした。
「そういえば、さっき仕事とか何とか言ってたような……ホントに付き合ってもらっても大夫なんですか?」
「ああ気にするな、すべては予定調和の内だ。できないものは出来ない。最悪の場合は武力で押さえ込めばいい」
よく分からないが、いい大人が武力行使とは。隣の弥から深い溜め息かこぼれる。
すると鈴欠は今度は腕を組み、上から下までまさに舐めるように見始め――というより睨み始めた。うんうん唸っている姿は猛獣に似ている。
しばらくたってもまだ止めないので、その視線に耐えきれなくなり俺は声をかけた。
「……なんですか」
「まさか、お前はそのみすぼらしい格好で俺の隣を歩くつもりか」
汚い物を見るかの様に、俺の服見る鈴欠。そんな眉間に皺を作るぐらい汚れては無いと思うが。
だが、鈴欠の服を見れば、シンプルだが随分と高そうな物である。
「………じゃあどうしろと」
「服ならいくらでも貸してやるから、俺の隣をそんな格好で歩くな」
なんと気前の良い。見ず知らずの俺に服を貸してくれるとは、この鈴欠という男は案外良い奴なのかもしれない。
「いいんですか!?でも、借りても洗濯出来ないですよ」
「俺が洗濯するんじゃないからいいさ」
ということは、弥がやるんだろうか。
横目で見てみれば、恨めしい目で鈴欠を睨む弥。まるで母さんみたいだな。
「………弥、恨めしい目で見るな」
そう言うと鈴欠は、何やら自分のポケットを探りだした。そして勢いよく引っ張り出す。
テレレッテレーン。
そんな某猫型ロボットが四次元ポケットから道具を出す時の効果音が聴こえてきそうな程、鈴欠はポケットから出るてくるはずの無い、それ以前に入らない物―――洋服上下一式を、いとも簡単に出してくれた。
「これ、着るんですか?」
「着ろ。そのみすぼらしい格好よりはましだろ」
二回目のみすぼらしい。全く、なんなんだこいつは。
○○○
忘れてはならないこと
でも、いつか忘れてしまうから
○○○
「これで………いいですか?」
貰った服に着替え、鈴欠と弥二人の前に出る。
鈴欠が出した服は、白いワイシャツに黒のベストとズボン、ベルトに細いリボンだった。これら全部、全くもって着たことが無い。
「完璧に着られてるな」
「ですね」
こういう所だけ似ている二人に、着たことないんだよと小声で毒づく。
ふと弥に目がいくと、そっちもそっちで着替えていたらしい、服がさっきと違っている。
俺達に比べ鈴欠は少し緩い格好だな、と思っていると、突然鈴欠は指を鳴らした。その途端、鈴欠の服はまるでマジックの様に一瞬で整えられた物に変わっていた。
「じゃあついてこい」
そうして窓に手をかけた鈴欠は、そこからヒラリと華麗に飛び降りた。近いからという理由らしいが、もう少し他に方法は無かったのだろうか。
案内された街は、予想してたものとは大分違っていた。
明るい日差しの下、活気に溢れた通りは賑わっている。人――見た目はそうだが皆悪魔なんだろう――もかなりという程ではないが、少なくもない。
店も沢山あり様々な場所を見ていると、前方からこちらに向かい誰か走ってきた。
淡いピンクのワンピースに白い靴。清楚な感じのまさに美女。
「鈴欠っ!あたし淋しかったあいたかったの!」
軽やかに走ってきた彼女は、そのまま俺と弥、を通り過ぎ鈴欠に抱きついてきた。
恋人か何かか、と思ったが、鈴欠は何故か無表情。
「知り合いですか?」
「いや、知り合いというか……け……」
俺の問いは、抱きついてきた美女の濃厚なキスにより阻まれた。
思わずその光景を見て絶句。いや、キスがどーとかというより、こんな人が多い場所で―――で?
「お前、そこの高位悪魔の連れか?」
耳元で聞こえる低い声と、首筋に感じる冷たく鋭い感触。一気に意識は濃厚なラブシーンから逸れていく。
あぁ、何で今日はやたら刃物に縁があるんだろう。頭の片隅で考えながら、質問に答える。
「………微妙です」
「ふん、何でもいい。おい!こっちを見ろ!」
背後で低い声の、おそらく男が怒鳴る。その相手は向き的に鈴欠だろう。
だが、当の本人はこちらには目もくれず、いまだに濃厚なラブシーンの真っ最中。気付いていないのか、それとも無視なのか。
いらついているのか、舌打ちが背後から聴こえてくる。聞こえてないと思ったのか、後ろの男が何かを言おうとした、瞬間。
「…………っ!」
耳元で何かが通り過ぎる。そして鈍い、ドスッと刺さる音。
恐る恐る振り返ると、俺の背後に居た男の額には、返り血に染まるナイフが深く刺さっていた。
「来て!」
突然弥の声が聞こえ、引っ張られ道の端へ連れてこられる。いや、実際には弥が安全な場所へ連れてきてくれたんだろう。
俺が居た所には、額から血を流した男が倒れ、同じ様な格好の男達数人と、何処から出したのか刀を持った鈴欠が戦闘を始めていた。
そして、そいつらの背中には―――
「なんなんだあいつら、見た目はまるで………」
「あの方達は天使さんです。粗方師匠の首をねらいにきたんでしょう」
淡々と話す弥。この世界の天使はあんなに暴力的なのか、それ以前に鈴欠はその天使をばっさばっさと斬っているんだが。
俺の頭の中は、かなり混乱している。
「聞きにくいことなんだけど……その、鈴欠さんは、もしかして犯罪者みたいな人なのか?」
「そう、ですね。神様の命で刑罰を受けていますが、首を狙われるのは関係ありませんよ。ただ単に師匠の地位が高すぎるだけです」
今の俺、いや通常でも理解し難い単語が並んでいく。 まったく、本の世界はいつもそうだ。まるでページを捲るかの様に、次々と展開があり話が進んでいく。
暫くただ呆然とその光景を見ていると、鈴欠と戦っている天使の一人と目があった。
にやり、と薄気味悪く笑った天使は、その顔のまま俺達、というより何故か俺の方へ向かって来る。手には大きな刀を持って。
これはもしかして、ヤバいのではないのか。
「!……走れ光、範囲3453.98039にて定期、発動、掃射」
鈴欠が大きな声で、呪文の様なものを唱える。しかし、状況は変わることはない。
俺はとっさに目を瞑る。何が何だか分からないまま。
「おい、怪我ないか」
頭上から鈴欠の声。ああ、助けてくれたのかと目を開ける。だが。
「………っ!」
腹の部分に入った刀。流れる赤い血。鈴欠の足下には先程の天使の首が転がり、それを鈴欠の血が染める。
鈴欠はそのままゆっくり倒れていく。
―――何だ、これは
「………あ」
ふと聞こえた声。顔を上げると、近くにこちらを見る赤髪の男がいる。
「アンタは?」
「司令官だ」
司令官と名乗った男は、俺と弥を交互に見やる。知り合いなのか。
―――いや、そんな事を考えている暇は無い。この人が。
「この人が、この人が刺されて!」
「鈴欠!?おい何があった!」
駆け寄る赤髪の男。動かない鈴欠。流れる、血。
これも、この物語の一部なのか。
○○○
だから忘れないために