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名前泥棒  作者: 麻生 閃
21/22

空ニ浮カンダ銀ノ月。-闇夜-



誰かの為に行うことが

必ずしもその人の為になるとは限らない



●●●●●


 沈黙。


「……………」

「……………」


 誰だ、と叫んだ直後、俺の頭に一つの疑問が浮かんだ。

 ここは、何処だと。

 頭の中で記憶の紐をたぐっていく。ここに来る前、まず俺は入るのを躊躇するあの黄色い部屋に居た。んで掃除をしていた。本を倒した。疲れて座って何気無く本を手に取り、そして開いた。

 そこで、本の中に吸い込まれた。ということは。


「ここはあの本の世界ってことか……」


 思わず漏れた、小さい独り言。

 一体何故こんな事になったのだろうか。本当に突然、何もしていないのに吸い込まれて。もう少し記憶の糸をたどってみる。


 ってちょっと待て。


 ここへはリエが居ずに来た。ということは、リエは俺がこの本の中に入った事を知らない。名前泥棒も居るか分からないこの世界。


 さて。どうやって帰る?


 こ、これは一大事なんじゃないのか。リエと連絡が取れない以上、俺はこの世界でどう動けばいいか分からない。それに、前のパターンでいけば、名前を盗られた奴の鍵を開ければ帰れた。だが、今回は―――


「大丈夫か、主に頭。大丈夫ならお前がどこの何方様なのかぜひ聞きたいのだが」


 軽いパニック状態に入った俺に、頭上から浴びせられたなんともイヤミな台詞。顔を上げれば、さっきの人の様な男がこちらを見下ろしている。

 そのなんとも形容しがたい冷たい瞳に、沸騰しそうな頭が一気に冷却されていくのを感じた。


「俺は……えーと、ゼロっていいます。てかここは……」


 とにかく。来てしまった以上、この未開の地で暫くの時間を過ごすことは免れないだろう。それなら、最低限聞くべき事は聞いといたほうがいい。そう思い恐らくこの部屋の住人だろうベットの上の奴に聞く。

 ふと、視界に大量の本が入った。部屋の様々な所を見ると、使い古された部屋の雰囲気を醸し出している。まぎれもなくここは普通の家なんだろう。

 ホテルならともかくここは民家。もしかしたら今の俺、不法侵入ってやつなんじゃ。


「……奇抜な名前だな。ここは俺の家だ考えればわかるだろ低能。俺は……鈴欠という」

「しずか?」


 ひゅ、と右の耳に風切音。背後でかかっ、と何かが刺さる音と、同時に来た右頬の痛み。本能的に切れたと感じた。


「すずか、だ」

「…………すいません」


 忍者かこいつは。右頬が切れる直前、ベットの上の奴が俺に向かい何かを投げるのは確認できた。あまりの速さに何を投げたかは分からなかったが、肉を切るぐらいだから相当鋭利なものだろう。

 それよりなにより、たかが聞き間違えたぐらいで刃物を投げないでくれ。今のご時世教師だってチョーク投げないぞ。


「俺は覚えの悪いガキは好かん。す・ず・か。だ。今度間違えてみろ。今度はその中身の入ってない頭がお空の旅にでるぞ」

「すいませんごめんなさいもうぜったいまちがえません」


 なんともその手の職業の方に近いその脅し文句は、俺をビビらせるには充分過ぎるものだった。うん、この人に逆らったら、明日の朝日は二度と拝めないだろうな。

 ふと、絶対的な恐怖の存在となった奴から視線を落とす。ベットの上、白から微妙にはみ出た黒髪の頭。人一人分のシーツの膨らみは、規則的に上下する。


「……もしかして、おやすみ中でしたか」

「もしかしなくてもおやすみ中だ。どうしてくれるんだ俺のいとしの睡眠時間」


 ずいっと目の前に出された腕時計。高そうな文字盤がさしてる時刻は三時半。うわ、凄い夜中と人事の様に考える。


「ったって俺もいきなりとばされたからなぁ……どうしてくれる、って言われても」


 ついつい出てきた本音。正直、たった今この世界に来た俺にとってそんな事はどうでもいい、てかどうすることも出来ない。

 そんな心情が顔にでたのか、ベットの上の奴――鈴欠は少し困った様子で言った。


「……困るな!俺がいじめてるみたいじゃないか。まぁいい……お前は何しに来たんだ」

「何しに……何しに来たんだろ。不可抗力?てか俺だって来たくて来たわけじゃないんですよ!」

「……」


 再び左耳から風切音。


「うるさい。弥がおきるだろう。仕方ない…茶でもいれてやるか」


 そう気だるそうに言い、鈴欠はベットからゆっくり降りた。その時ついつい鈴欠の方に視線がいってしまい、俺は再び本の世界でカルチャーショックを味わうことになる。

 え、何。この世界の人って寝るときまっ裸で寝るんですか。黄色い部屋に続くあまり目によろしくない光景に、思わず目を押さえ唸ってしまった。


「……男の裸みてうなるな」


 鈴欠は軽く俺の頭をはたき、ベットの後ろにあるクローゼットに手を伸ばした。何だろう、ちょっと馬鹿にされた感がある。

 複雑な気分でいると、ん、とベットから小さな声がした。そういえば、もう一人誰か居たんだっけ。立ち上がり覗くと、声の主は幸せそうな顔で眠っていた。俺と同じ黒髪の、まだ幼い男の子。


「可愛い子ですね。何て名前なんです?」


 いつのまにかブラックジーンズをはいている鈴欠に訊ねる。こちらからは横顔しか見えないが、目がすこし眠そうだ。今更ながらに悪いことをしてしまったなかな、と思う。


「弥だ。弥生のやで弥。手をだしたら殺すからな」


 ださねぇよ、と思ったが、自然に出ていた右手に気づき慌てて引っ込める。あやうく二度と歩けない体になるところだった。

 ということは。そんなこと言うってことは、この子は鈴欠の子供なんだろうか。


「…………」


 気づかれぬよう鈴欠を見、そして男の子に視線を移す。虎と子羊。狼と小鹿。親子、ではないか。

 そんな事を考えていると狼、もとい鈴欠が振り返って俺に言った。


「おい、ぼけっとつっ立ってないでついてこい」

「俺?何でですか?」


 すぐに鈴欠は答えず、いまだすやすやと眠る弥の額に軽く口付けを落とした。

 その光景はどこか優しく、まるでそっと子供へする親の愛情表現のようで。


「……俺は昨日完全徹夜でしかも今日は一時間も寝てない上に明日明後日眠れる予定がないのにいきなりあらわれたお前を、丁重にもてなすためだ」


 早口でそうまくしたてると、鈴欠はドアを開け奥へ消えてしまった。

 何なんだあいつは。そう思いながらも、また騒いだら刃物がとんできそうなので、慌てて後を追う。




「おぉ………」


 思わず漏れた言葉。行き着いたその部屋は、まるで洋館の一室の様だった。あぁ違う、洋館の一室の様だった、造りは。

 この部屋に置いてある物は、雰囲気とあってない物が多かった。黒革の高級そうなソファ、向かいにこれまた高級そうな花柄のソファその他もろもろ。その全てが、シックな造りとは違うどこか高級感溢れるものだった。

 このプラズマテレビだって、もうちょっとふさわしい場所があると思う。てか欲しいなこれ。



「もしかして鈴……欠さん、かなりの金持ちだったりします?」

「なんだ、鈴……欠さんってのは。……金持ち。ねぇ。それなりじゃないか?そこらへん座っとけ」


 素直な疑問は少し曖昧に返され、指示通りにそこらへんにあった花柄のソファに座る。落ち着かない。

 鈴欠はやはり眠いのかゆったりとキッチンに向かう。ホントにもてなしてくれるつもりらしい。

 にしてもこの部屋、やけにだだっぴろい。ここであのベットに居た弥という子と暮らしているのか。


「ここ、あの弥って子と二人で暮らしてんですか?」

「ああ…そうだ。二年目だな」


 そう言うと鈴欠は煙草を慣れた動作で取りだしくわえた。

 その仕草が少し、ほんの少しかっこよく見え、大人の男はこんな感じだろうか、とぼんやり思う。ほんの少しだけだけど。


「何を飲む?酒、紅茶、コーヒー」


 その声で現実に引き戻される。鈴欠が、綺麗に整頓された戸棚を見ながら聞いていた。


「え、あぁ。有難うございます。俺見た目通り未成年なんで、一応紅茶を」


 この時一瞬、紅茶なんて頼まず珈琲にしとけばまだ大人っぽく見えただろうか、なんて考えたがすぐやめた。思い出せ、慣れない事をしたら裏目に出るんだぞ俺。


「ああ、わかった。いちご食うか?」

「え……じゃあ遠慮なく」


 鈴欠はキッチンでテキパキと動く。先程まで眠そうだったのに、今は嘘の様だ。キッチンに立つと性格変わるのかこの人は。

 にしても、この人は本当に俺をもてなすつもりなのか。初対面で刃物を投げてきた癖に、あぁその御詫びとか。

 なんて考えていると、突然頭に昔読んだ本のタイトルがよぎった。ヘンゼルとグレーテル。その中で魔女は、道に迷ってお菓子の家に行き着いた二人にご馳走をし、まるまる太らせてから食べようと―――


 いやまさか、ね。


「弥君、でしたっけ。あの子と鈴欠さんって、親子か何かですか?」


 くだらない考えをかぶりをふって消し、話題を広げてみようと質問をする。

 その時、今までせわしなく動いていた鈴欠が、微妙に静止した気がした。ほんの数秒に。


「あぁ一応…親子、親子と言えるのか疑問だが」


 随分濁った返答。こちらからは顔が見えないが、恐らくマズイ話題だったんだろう。心の中で、小さく後悔する。


「まあ食え少年」

「ども」


 差し出されたのは、真っ赤に熟れた美味しそうな苺。とりあえず一粒取ってはみるが、口まで運ぶのは少し躊躇ってしまう。

 もしかして睡眠薬とか入ってたり、最悪の場合毒とか。そんな考えを持ちながら、意を決して苺を口に入れる。


「あ、普通に美味い」

「……毒などいれるわけないだろう」


 またもや顔に出てしまったのか、鈴欠はすっぱり否定してくれた。

 次にテーブルに置かれたのは、紅茶の入ったティーカップ。苺も美味しかったし、頼んだ以上はこれも飲んでみよう。


「うまっ!これ美味しいですね!」


 素直な感想。今までインスタントの紅茶しか飲んでないからこう思うのだろうか。

 しばらくの沈黙。先に口を開いたのは鈴欠の方だった。


「少年は只のガキなんだな」


 突然投げ掛けられたその言葉。他に人も居ないし、まがいもなく俺の事なのだろうけど。

 自慢じゃないが、俺はガキと言われるのは大嫌いだった。いや、今も大嫌いだ。何故ですか、と問われると困る。生理的と言うべきか、自分が低い立場に見られている気がしてしょうがないのだ。

 つい声を荒げ、反論しようとする。


「ガキっ!?ガキって………いや、俺これでも精神年齢は高いと思うんですけど。てか少年少年、名乗ったでしょう、ゼロって」

「……ああ、ゼロっていうのか。人間風情の名前なんざどうだっていいが。名前覚えるの苦手なんだ」



 欠伸一つし鈴欠は答える。その言葉に少しの疑問。

 はて、人間風情?


「人間風情って、鈴欠さん自分は人間じゃないっていうんですか?」

「俺か?……目を瞑れ」


 冗談に聞けば、返ってきたのは不適な微笑み。鈴欠は俺の頬に左手をそえ、そのまま目隠しをする要領で両目を覆った。何をするつもりなのか、目隠しが必要な質問でもなかった気が。


 ベキッ。


 耳に入ったのは、この状況ではまず聴こえるはずの無い音。鉄とかの物ではない、生きてる物の。肉から何か突き抜ける様な音に似てるがそれとも違う、聴いたことがあるけど、聴いたことがない音。何が起こっているのか、この掌の向こうの世界で。

 しばらくすると、音が止んだ。いつの間にか力がかかってたらしい、鈴欠の左手が緩む。その時手の感触とは違う、金属的な物の感触がした。手――指輪とかか。

 そして目隠しが外された。



 一瞬、この人は天使なのか、と思った。鈴欠の背中から大きく広がったそれは、白とも銀とも言い難い不思議な色彩を放ち、悠然とそこにあった。鳥が持っている物に近いそれは、間違いなく人間が所有してないもの。


「あんた、一体………」



 鈴欠は笑う。




「神の御使い。悪魔だ」




●●●



たとえ望んでいたとしても





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