ソレハ珈琲ト言ウ侵入者。-下-
物語はここで一先ず中断
さぁさぁ今から休憩だ
○○○
「まぁその前に、俺も聞きたい事あるんだけどよ」
「そんなの知らん」
「俺の意見無視か!」
ドルチェの下で怒鳴るフォルテ。少し親近感が湧いたということは、今の所は黙っておこう。
ドルチェを邪魔だテメェ!といい退かしたフォルテは、勢い良く立ち俺の方を指差した。
「………俺?」
「そ、お前だよお前。あのアホランテのお陰で聞きそびれたからな」
するとフォルテは俺の前まで歩みより、両肩をガッシリ掴んでこう言った。
「お前、誰よ」
そこからか。
確かに、ちゃんとした自己紹介はドルチェぐらいにしかしていない。そう思い、自分なりに簡潔に、名前泥棒探しをするはめになった経緯を説明した。
話し終えると、うんうんとフォルテは頷き納得したように言う。
「なるほどねぇ、だからここに居てもリエがつっこまなかったのか。いやー、最初はマジビビったよ。あんのドアホランテが本の上にコーヒー溢しやがって。それだけならまだしも、その本の中に変な……こども、が……」
そこまで言って、フォルテは固まってしまった。その顔は、マズイ、とも言わんばかりに。顔色もいくらか青ざめている。
「何に、何を溢したって?」
左耳から、地からはいずり出てきた様な声。背筋になんとも言えない悪寒が走る。
恐る恐る声のする方を振り向くと、そこには眉をこれでもかと寄せたリエが――いや、というより、背後になんか黒いオーラを具現化した鬼が。
「フォルテ、もう一度聞く。本に、何を、溢したって?」
「あ……いや……」
蛇に睨まれた蛙とはこういう事か、フォルテはすっかり縮こまって言葉を濁している。かくいう俺もその蛙の一人。寧ろ一匹。てか俺、よく事情が飲み込めてないのに。
リエは蛇睨みをやめ、ふいとまだ気絶しているのか倒れているドルチェの元へ行った。
「あ!ちょっと待てストップ!」
先程とは打って変わって、大慌てで振り向きリエを追う。
しかしリエは、どこから出てきたのか赤い本を手にしている。
その本を開くと、ただでさえ深くなっている眉間を最高潮に深くし、溜め息と同時に本を閉じた。
「ん?その本なんか見たことあるような気が……」
ふと、閉じられた本の表紙に目がいき思う。赤い本に、銀色で書かれた文字。忍者がいて、おかしなラストのあの物語の本に。
するとリエが、今度は俺に聞く。
「ゼロ。名前泥棒は見つかったか」
「い、いや……でも名前盗られたっぽい奴は居た」
「では、何かおかしな所は無かったか」
「あぁ、ラストにたくさん。いきなり視界が曲がったと思ったら、あの子はキャラ変わるわ鍵は手元にあるわそれに」
「やはりな」
一番大事なお姉口調のリエ、を言う前に、そのリエが遮った。
今度は持っている赤い本を開き、中のページを俺に見せる。
そこには、茶色の汚いシミが、物語を作る文章の羅列をにじませていた。
「先程貴様が言ったそのおかしな所、それが起こった原因はこれだ」
「……どういう事だよ」
目を俺ではなく本に移し、リエはゆっくりとページをめくっていく。
「どこぞの馬鹿がお前の入っていた本、これにあろうことか珈琲をぶちまけた。そして今見せたように、ページは珈琲を吸いとり文字を霞めていった。本においての文字とは、物語を作るにおいてかなり密接なもの。その文字がにじんだという事は、当然物語にも何らかの支障が出てくる」
「……つまり?」
「視界が曲がった。恐らくその時に珈琲は溢れたのだろう。通常ならそこで物語は読めなくなる、イコール消失し、その時点で終りを迎える。出演者を含めてだ」
そういえば、と本の中にいた時のことを思い出す。
視界がぐにゃりと曲がった後、まわりの景色がにじんでいき、様々な色の絵の具を混ぜた色になっていった。
「しかし。作者、もしくは特定の人物が物語の続きを書けば、それがなくなる事になる」
「へー……てことは、俺が元の世界に戻れたのは、誰かが話の続きを書いてくれたから、ってことか」
説明してもらうと、なんとなくそんな気がしてきた。視界が一瞬おかしくなってからの展開は、まるでついていけたものじゃなかったからな。
リエの話は正直よく分からなかったが――これ言うとまた馬鹿にされるから黙っとこう――疑問は改善されたので、適当に相槌はうっておいた。
「と、所詮こんなとこだろう、フォルテ」
「うぁひぇ!」
リエは突然フォルテに話を振る。まだ幾分か、眉間のしわも和らいだ視線の先に、忍び足でその場から立ち去ろうとしていたフォルテ。
片足を上げた体勢で、そのまま固まる。
「まったく、これで一体何冊目だと思ってる。今回だってどうせランテが私の真似だとかくだらない事をし、貴様も悪ノリではやしたてそのうちまたドルチェと喧嘩しどちらかがランテにぶつかって溢れたとかそういう内容だろう」
「お前……絶対見て」
「どうなんだ」
「イエス大正解ですゴメンナサイ」
覚えている中で一番深い溜め息をし、リエは本を俺に手渡した。
いやこれをどうしろと。視線で訴えかけると、リエは察してくれたのか答えてくれた。
「その本を暫くの間持っていろ」
「記念にでも、と」
「そういう事にしておく」
少し意味深な発言を残し、疲れたようにリエは椅子に座った。
手元の本を見る。赤い色の表紙は高級そうな雰囲気を漂わせ、そしてその分厚さから、読書に慣れてない俺には縁が無さそうだ、なんて思う。
ぼんやり考えてると、不意に聴こえるくぐもった音。そして。
「うぁー……っとよく寝ちゃった」
間のびした声。発せられたのは、緑のハイネック、茶色の頭から。
やっとこさ起きたドルチェは体を起こし、目一杯伸びをする。すると、近くに居たリエに気付いたのかあ、と声を出した。
「お久しぶりリエ。色男なのは変わらないねぇ」
「ふん。貴様も相変わらず力の調整が出来てない様だが」
「あは、手厳しい」
立ち上がってふわりと笑うドルチェ。にへらー、と笑う彼の周りに何故だろうお花が飛んでる様に見える。不思議だ。
「そうだゼロ。貴様はそいつに礼を言うべき立場にある」
「んだよリエ。そいつって、ドルチェの事か?何でだよ」
「物語の続きを書いたのは、そいつだ」
えへへ、と照れたように頭を書くドルチェ。
こんなお花飛ばしてる奴が、あの忍者の話を書いたのだろうか。なんかイメージに合わない。
「前に言った説明で、ドルチェは特定の人物に入る」
「あ、それそれ。思ったんだけど、物語の続きを書けるのは誰でも出来る、って訳じゃないんだな」
「そうだ。物語というのは一つの世界。その世界を変えられるのは、創造した神こと作者ぐらいだ。うかつに他の者が手を出せば、世界が乱れることになる」
あぁ、なんか難しいこと言ってる。そう思い、右から左へ聞き流しながら頷いた。俺に分かるように言ってくれ、なんて言ったらまた馬鹿にするだろうな。
そんな中でも、まだドルチェはお花を飛ばし笑っている。
「てことは、凄いんだなその特定の人達って。作者と同じレベルって事なんだし。そーゆーの出来るのは、何か特殊能力みたいなのがあんのか?」
「こんな締まりの無い顔の男にあるとでも」
締まりの無い男の顔を再度見る。丸眼鏡の奥、垂れすぎだろうと思う目にほのぼのとした空気を飛ばすこの男に、正直大層な能力があるとは思えなかった。
「ドルチェ達の事を話すと長くなる。詳しく聞きたければそこの本人にでも聞け」
リエは腕を組み顎でドルチェを差す。
すると、ドルチェはひょこひょこと俺の目の前まで来て、何故かじぃ、っと持っている本を見始めた。
「あれぇ?何で君がそれ持ってんの?セーターの中に隠してたはずなのに」
のんびりとした言い方に、つられて俺もはぁ、とぼんやりとした口調で返す。
数秒の沈黙。頭にクエスチョンマークが出ているこの人が作ったほんわかとした空気に、危うく飲み込まれそうになる。あれ、なんか考える事が面倒くさくなってきた。
第一何故か元の世界に帰ってきてから、よく分かんない事が増えたんだよ。頭の片隅で思いながら、今聞かれている事に答えようとした。
その時。背中の辺りから勢いよく扉が開く音と、数冊の本が落ちた音が和音になって響いた。そして、明るいオペラ歌手並の声。
「ヘッイみなさーん!鍋蓋小町のアタシがスウィートな贈り物をプーレゼントッ!」
軽やかな足取りと共に現れたのは、本棚の向こうに行っていたランテ。右手には大きい白い皿、その中にある何かを隠す為なのか、皿にはキッチンペーパーがかけられている。
なべぶたこまちはともかく、突然出てきてくるくる回るランテをあっけにとられ見ていると、しんとした空気をよそにランテは話し始めた。
「あ、そうそうゼロ君。ユーがここまで来た経緯、ドアの向こうからしっっっかりと聞かせてもらったわ!もうスゴイ!何をって君のその数奇な運命に!もうアタシハンカチ離せなかったわ!」
「……はぁ」
俺の記憶が正しければ、そんな泣けるような話をしてなかったはずだけど。懐からカエルがプリントされたハンカチを出し、その時の感動を再びと言わんばかりの勢いの泣き真似をするランテに、なんて答えればいいか分からなくなっていた。というより、答えないほうがいいかこれは。
「そこで!感動したアタシ、ついお客ほっぽって作っちゃいました!!はいコレ!」
ランテから渡されたのは、俺の腕半分の大きさの、先ほどの皿。すでに分厚い本を持っているにもかかわらず、無理やり渡されたそれからは甘い匂いが漂ってくる。中を見たいがこの状態では無理だろう。
「そんじゃ、アタシはこれ」
「話は済んだか」
本日二回目となる、地からはいずりでた様な背筋を震えあがらせる声。発信源は、いつの間に移動したのかランテの背後。
ランテもフォルテと同じ様に、恐れおののいて縮こまる――と思ったらそうでもない。
「うわっはっ!急用思い出しちゃった!」
パン、とわざとらしい仕草で手を叩き、ランテは来た道を素早く戻ろうとする。
が、それを上回るスピードで、リエの右手がランテの襟を捕えた。
「……いやん、リエちゃんたらそんなにアタシとの別れが惜しいのん」
「今から一つ質問をする。貴様はそれに簡潔そして明瞭に答えろ。口ごたえ、その他もろもろの余計な発言は無しだ」
「うん。リエちゃん落ち着いて。あれよ、話せば分かるから」
「貴様は私の真似だとかくだらない事の為に、貴重な一つの物語を壊したか。イエスかノーで答えろ」
「ちょ……リエちゃ首……襟を捻って持ち上げたら首しまる……」
「どうなんだ?」
「………い、イエッスちょっと待ってリエちゃん次首に手をやっちゃっ駄目じゃない後ろから掴んで持ち上げたらアタシ……ぐへっ、リエ……ちゃなんか手の力が強くなっ」
聞いてない。何も見ていない。ランテの身体が宙に持ち上げられたり、バキッ、とかゴリッとかそういう音も聞いてない聞いてない見ていない。
意識を無理矢理手元に戻すと、いつの間にか大きい皿、それに赤い本までもが消えていた。
「あれ!?俺、確かに今まで持ってたはず……」
「おい!そこのぼけって立ってるお前!」
見ると、リエが座っていた椅子に、ふんぞりかえってフォルテが座っていた。俺を指差し、その後テーブルの上にある物を差す。
探し物は、ちゃっかりその上に乗っていた。
「い、いつの間に……」
「あー、お茶の準備しなくちゃ」
ドルチェは俺の後ろに回り、早く早く、とテーブルまで背中を押してきた。 もう一つの椅子に座らされると、テーブルの上、キッチンペーパーが外された白い皿の中身、微かな甘い匂いの六つあるお菓子が見えた。
「すげぇ、シュークリームだ」
「それランテが作ったんだぞ」
なんと、とついランテがいる方を見てしまった。
しまった、大惨事が起こっているのに――と後悔する。しかし、そこには居るはずの二人はすでにいなかった。あるのは数滴の床のシミ。それが何かは推測しないでおく。
「あいつらならどっか別の部屋だろ。ここじゃ逆吊りも辞書膝乗せ正座も出来ないし」
フォルテの口から飛び出す言葉には耳を塞ぎ、目の前のシュークリームに目をやる。
匂いがするのは温かいからだろうか。何にせよ、ランテは俺に、と言ったんで、別に食べてもなんの文句も言われないだろ。
「知ってる?シュークリームって、キャベツって意味があるんだって」
ドルチェがカップを三つとポットを持って言った。俺の口からは、素直に感嘆の言葉がでる。キャベツ、似てない事もない。
コップは俺、フォルテ、ドルチェの順で置かれ、ポットからは冷たい紅茶が出てきた。
「せっかくランテが作ってくれたんだし、早めに食べなきゃ悪いよね。シュークリームに」
「あ、でもランテ……」
「あのオカマはいつもあんな感じだ。気にしたら、それこそらちがあかねぇぞ。つーわけで、今からお茶会スターット!」
楽しそうに拍手をするドルチェとフォルテ。まぁ、ここでぐだぐだ言ってもしょうがないだろう。下手に考えるのを止め、シュークリームに手を伸ばす。
手のひらサイズのそれは、程よくカスタードが入れられ割られたシューの上には粉砂糖が乗っていた。一口食べてみると、見た目通りなかなか美味しい。人は見掛けによらないんだなぁ、としみじみ思った。
「……おい、ドルチェ」
「なーに?どうしたのフォルテ、カップをじーっと見ちゃって」
「これ、何だ」
「え?レモンティーだけど」
フォルテはガタン、とテーブルに手をつき立ち上がる。顔が伏せてあり表情がよめない。
そしてそのまま、テーブルから離れ部屋の端で、くるりとこちらを向き止まった。
「なんで、」
フォルテはぐっと片足を踏み込み、二三歩の助走の後幅跳びの要領で、空中にとどまる。
そして。
「なんで俺にはこぶ茶を用意しなかったんだテメェ!」
華麗なる跳び蹴り。矢にも似たそれは、標的を見事捕え、吹っ飛ばした。
「そ、そんなの聞いてないよ!」
「聞いてなくてもそれが普通だろうがぁ!コウチャなんてもんシュークリームに合うわけねぇだろ!」
「むしろこぶ茶の方が邪道だと」
「口ごたえするのかテメェ!」
「ひぃいゃ」
再び始まった鬼ごっこ。そんなやりとりを見て、心底俺は思う。
あの三人とリエの関係より、この赤い本を持つ理由より、ランテのあの店より、ドルチェの能力とかより何より。
まずは、このシュークリームを食べることが先決だ。
そして俺は、二個目のキャベツに手を伸ばした。
●●●
椅子とテーブル用意して
お菓子は素敵なシュークリーム
BGMは二人の男の断末魔
それと止まない雨音を
さぁお茶会の始まり始まり
シュークリームはフランス語で『キャベツ』って意味だったはず。多分(超曖昧)。