ソレハ珈琲ト言ウ侵入者。-中-
何がなんだか分からない
だれか順を追って御説明を
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「あー!こんな所に居たのか!」
またまた響く知らない奴の声。今度は男。
声のした方向を見ると、少し背丈が小さいこれまた華奢な男が駆け寄ってきた。
「もぉ、勝手に行かないでよ。僕だけの後始末は大変だったんだから」
駆け寄ってきた男は、俺以外の二人に向けて言った。この男も、二人の仲間なんだろう。
深いダークブラウンの髪に、所々癖毛が目立つ。大きな縁なし丸眼鏡は、まず市販で売れてるのか、という疑問が浮かぶほど見た事の無い古臭い形。緑のタートルネックのセーターに、きちんとしたズボンと今の時代正直アレな格好だ。だが、本が大量にあるこの部屋では、この男が一番合っているから不思議だ。
しかし遠目から見ると、この三人に共通点がある、なんて事はまず思えない。
「あれ。君って本の中に居た子、だよね?良かったー、出られたんだ」
眼鏡をかけた男は俺を見て、心底安心した様子で言った。
本の中、って何でその事を。そういや、何かこの声聞き覚えが―――
「あぁ思い出した!あんた、本の中から聞こえた声と一緒だ!」
俺は眼鏡の男を指差し叫んだ。
そうだ思い出した。この男の声、殊奈の鍵を開ける前に聞いた声とまったく一緒だ。お姉言葉のリエの後に何か言った奴。
「えぇ!僕のこと、覚えていてくれたの!嬉しいなぁ、有難う」
「い、いえ。別に」
眼鏡の男はくしゃりと笑った。大きい垂れ目の瞳が余計に垂れ、嬉しいオーラをかもしだしている。
俺が覚えていた事が、そんなに嬉しかったのか。
「あ、自己紹介がまだだったね。僕はドルチェ、よろしく。君は?」
「ゼロです。どうも」
「ゼロ君かぁ〜、良い名前を持ってるね」
「はぁ、ありがとうございます」
「あ、僕の名前、ドルチェってね、音楽用語で優しくって意味を持つんだって。でね」
「テメェの自己紹介なんざ聞いてねぇんだよ!」
俺の視界からドルチェと名乗った男は、ドゴッっと鈍い音と共に俺の視界から消えた。
正しくは、短髪の女の子の華麗な跳び蹴りよって。そうか、俺もあれをくらったんだな。よく生きてたな俺。うわ、あれ見たら顔の痛みが復活してきた。
蹴り飛ばされたドルチェという男から、か細い声が漏れる。
「いたた……もぉ、別に蹴らなくたっていいじゃないか」
「うるせぇ!ドルチェ、お前も男の端くれなら俺の蹴り位避けやがれ!」
「えぇ、そんな無理だよ」
「カーッ!ったくホント女々しい奴だ!」
「あ、でもフォルテ。やっぱ女々しいのはランテでしょ」
「俺に口ごたえする気かチンカス!」
「ひいぃ」
ドルチェの一言をかわきりに、フォルテと呼ばれた女の子は掴みかかった。ドルチェはそれをよけ、軽い追いかけっこが始まる。
どっちが男でどっちが女なんだか。俺から見れば、やめてよやめてよと言いながら逃げているドルチェの方が、鬼の形相で追い掛けるフォルテよか女の子にみえる。
「なーんか、自己紹介する手間省けちゃったわねぇ」
右耳の鼓膜が声を捕える。突然聞こえた声に反射的に右を向くと、お姉言葉の男が俺にぴったりと寄り添い座っていた。確か。
「あんたは、ランテだっけ……?」
「そ、華も恥じらう可憐な乙女、ランテちゃん!ヨロシク!」
「性別は?」
「残念ながらいまだにボーイで通ってる、って何言わせんのよ!」
ランテはケラケラと笑い、俺の肩をおもいっきり叩いた。ノリツッコミの勢いでだろうが、痛い。
一応コイツらの名前は分かった。格好や話し方は少しおかしいが、強盗とかの危ない系の奴らではないだろう。多分。
そうなると、やはりコイツは一番聞かなければならない。
「あの、率直に聞きますけど。一体アンタ達なんなんですか?」
「何なんだ、とはどぅーゆーことん」
依然追いかけっこを続けている二人はともかく、俺はランテと真正面に向き直って――実は寄り添ってくるから、離れたかっただけだけど――短刀直入に聞いてみた。ランテは妖しく微笑む。
「分からないことが多すぎてまとめられないんですが。例えば、何故ここに居るのか、とか」
「あら、そりゃーこっちのセリフよん。ここはアタシ達の家、家主は居ても良いでしょう?というより、アタシ達から見たら、アンタの方が立派な不法侵入者さんだからね」
「なっ……でも、俺が初めて来た時、アンタらは居なかったはず……」
「何それ、いつの話?」
「そんな………」
――夢で見たことさえ現実と
不意に、あの言葉が頭をかすった。どういう事だ、一体何が本当なんだ。あの時、あの雨の日。あれは嘘の事なのか。リエは。
聞きたい事、いや確かめたい事が山ほどあった。でも、聞いてもし、答えがノーだったら。
頭の糸がこんがらがり、片隅では警鐘が鳴っている。ランテはいぶかしげな顔でこちらを見ている。
これは夢?それても現?
「ここはいつから幼稚園になった」
テノール歌手ばりの低さと、威圧感を含ませた声。溜め息混じりに発せられたそれは、この空間を静かにさせるには充分なもの。
突然、唐突に聞こえたその声の主は、まがいもなくアイツ。
「リエ!」
思わず声に出して名を呼ぶ。
黒い服にステッキ。本当にいつの間にか、というべきか。気配も無く、リエは悠然と本棚に体を預け、こちらを見ていた。
「何だその顔は。まるで幽霊でも見たような不細工な顔はやめろ。見てて腹が立つ」
「会って早々それか!」
リエがここに居る。むかつく言葉を俺に吐く。ムカツクが、それだけで俺の心が、微かに安堵の表情をみせた。
コイツが居るからこれは夢じゃない、なんてことは言い切れないが。
俺は右頬をつねってみた。うん、痛い。 それでも、俺が見た事が本当だと確認出来れば、世界が安定した気がしてホッとした。
「ところで、何故貴様はコイツ等を中に入れたのだ」
溜め息をつきリエは溢す。誰の事か、と目で聞けば、腕を組みさも迷惑そうに顎でさした。
右側に居る、俺にもたれかかっている奴に向けて。
「ヤッホゥ。お久しぶりねリエちゃん」
「何故ここに来た」
「あーらー。何その超ツレナイ態度。アタシに対してのツンデレ?」
「素直な感情だ」
親しげ――リエを見ると判断しにくいが――に話をするリエとランテ。
俺は両方の顔を交互に見る。
「あんた達、知り合い?」
「いや知らん」
「え、ちょっと待ってそれヒドくないリエちゃん」
「ただの此処の元“従業員”だ。そいつ等も含めてな」
リエが杖で差したのは、只今絶賛鬼ごっこ中の二人。確か、フォルテとドルチェ。テーブルを軸に追い掛け回っている二人は実に滑稽です。
今だ気付かない二人に向かい、リエはポケットから銀色に光る何かを取りだし投げた。見事それはフォルテの額にヒット。動きが止まったフォルテに、動きが止まらなかったドルチェがぶつかり、お互いつんのめる様に前に倒れた。そして漸く鬼ごっこはおさまった。
痛た、と唸りながら、気絶したドルチェの下でフォルテが顔だけを上げる。
「あれ、リエじゃん。お前何してんの」
「それは此方の台詞だ。もう貴様達には用は無い、と言った筈だが」「相変わらずつれねぇな。いいじゃねえか、こっちも暇になったんだよ」
「そっちも、人の迷惑を考えない性格は相変わらずだな」
ヒヒヒ、とフォルテは笑って答える。リエは無表情を崩さず、俺の方へ向き直った。
「実はアタシ達は昔、この店で働いてたのよ。三人そろってバイトみたいなものね」
「バイトって……ここでどうやって働くんですか」
「さぁね!当ててみなさい」
見回す全ての場所に本、本、本。部屋の中心にテーブルと椅子がワンセット、それをぐるっと囲み本棚やら本やらがあるだけ。出来る仕事は……なんだろ、本の整理とかか。
「ヒントはアタシのこの洋服!」
「分かった変質者だ」
「キミどこ見て言ったのよ」
「すみませーん」
すると、突然ここの部屋ではない所から、くぐもった声が聞こえた。複数いる、女の人の声。
俺はその声が聞こえる方へ、誘われる様に歩いていった。
「ここから……?」
聞こえた所は、ぐるりと囲む本棚の内の一つ、の向こう側から。
耳を当てると、やはり聞こえる。という事はこの向こう側。
「って壁だよな」
「それがそうとも限らないのよねぇ」
「はい?」
そう言うと、ランテは軽快な足取りでこの本棚に歩みよってきた。 その中の一つの本に手がのばされ、掴まれたその本がランテの手により引き抜かれる。
「ランテ貴様、また勝手に店を開いたのか」
「いーじゃない!誰にも迷惑かけてないんだし」
「私に迷惑をかけている」
「リエちゃんの懐にマネーが入る。これのドコが迷惑なのよん。あ、キミそこ危ないから後ろ下がってね」
一冊、二冊、三冊とどんどんランテは本を抜いていく。丁度五冊になった所で、ランテはその本をまた入れ直した。なんとなく、元合った場所とは違う様な気がする。
五冊目、と緑色の本が棚に収まる。
その途端。ランテの腰辺りの位置にあるそれは、アイスが溶けていく様に形を変えていった。本で有ることが分からないくらいになると、すると今度はそのアイスが溶けていく様の逆再生の勢いで、形を修復し始めたのだ。
しかし、最終的に復元したのは緑の本ではなく。
「緑色の、ドアノブ」
「てことで、接客行ってきまぁ〜す。あ、フォルテ!あと伸びてるドルチェ!二人ともなるべく早くカモンよ」
ランテはそう言ってドアノブを回し、そして引いた。
ドアノブが付いた本棚は、俺二人分の高さでかなりギッシリ本が詰まっている、はずだ。
なのに今。たった今、その本棚は普通のドアの様に、細身のランテにより軽々と開けられた。キィ、とか音を出した。
「嘘ん……てかスゲェ」
「んじゃ、まったねー」
ヒラヒラと手を振り、本棚のドアの向こう側へと消えていく。ゆっくりと、ドアは閉まった。
緑色のドアノブは消えなかったので、試しに回してみる。
案の定、びくともしなかった。
「何そんな物ぐらいで驚いているのだ」
「だって、本の中ならまだしもここ現実世界だぜ。普通驚くだろ」
「やはり貴様は馬鹿か」
「だからリエなにを根拠に!」
「ところで、だ」
「俺無視か!」
ところで、と言いリエは、杖を使いフォルテとまだ伸びてるドルチェの元に行った。
見上げるフォルテ。見下ろすリエ。位置的なものも関係し、お互いが睨みあう。
「暇になったとはいえ、お前等が此処に来るのは不可能のはず」
「何が言いたいわけよ」
「一体、何があった」
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つまる話
俺は傍観者役は苦手らしい