ソレハ珈琲ト言ウ侵入者。-上-
僕には欲しいものがある
それは玩具ではなく、菓子でも無く
○○○
唖然とした顔。
今の俺の顔は、そう表現できる。
「なっ、何だよコレ……」
床一面に散らばった本。分解され利用価値を失った本棚。少し床が濡れているのはあの空っぽの花瓶のせいか。目の前に広がる、廃墟の様な部屋。
いずれにせよ、まずはこうなった原因を知らねばならない。
俺は奥に進みながら、この店の主の名を呼んだ。
「リエ!おいリエ何処だ!」
いくら呼んでも返事はしない。買い物か?まさかな。あんな格好でスーパーは無理だろ。もしかして、強盗か空き巣?あーでも、こんな古いとこ来ないか。金目の物も無さそうだったし。
じゃあ、一体――――?
「にしても、なんかここ暗いな………」
天井を見ると、電灯まで壊されていた。どうしたらあんな高い所にある物がこなごなになるのか。
目を元の位置に戻すと、ふと、壁にかけてある鏡に気付いた。
「こんな鏡あったっけ?」
鏡は周りの風景に合わず、そこだけ独特の空間が創られていた。
鏡に映った自分と目があった。思わず鏡の前まで歩み寄る。向こう側に居る、俺の前まで。
「俺、こんな顔してたんだ」
鏡の俺に触れ――正確には、俺の映った鏡に触れながら、ぽつりと呟く。
黒髪、黒目、アジア系特有の黄色い肌、比較的小さい顔、目の下にある泣き黶。確かめるように、順順にパーツを辿っていく。
「何しているの?」
俺の口が言った。鏡の口が言葉を紡ぎ。
――違う、俺じゃない。今のは俺が言ったんじゃない。でも、あの声は俺だ。でも俺は何も言ってない。いや違う、これは。
鏡の中の俺が笑う。
「一体何をしてたの?」
何って、自分の名前を探す為に、リエって奴に本の世界に無理矢理――――そうだ。リエ、リエは何処だ。
俺は後ろを振り向いた。しかし、そのリエも、誰も居ない。在るのは散らかされた部屋のみ。
そこから、人のいた気配など、微儘も感じられなかった。
「本当に、リエなんて奴居たの?」
居たさ、勿論。
勿論、居た?本当に居たのか?確かに見た事は見た。だがそれで、本当に居たと決めつけていいのか?根拠は?
本当に、リエなんて奴は、存在するのか?
俺は、何をしている?
違う、リエはいる。俺は首を左右に降った。黒い靄がまとわりついている。
何考えてるんだ俺。この眼で確かに見たじゃないか。
――じゃあ、何故今居ない?
部屋をぐるりと見回す。まるで暫く使われてなかった様に散らかっている。でも確かに、俺が戻る前までは、綺麗に片付いていたはずだ。
「本当にそんな奴に会ったの?」
本当だ。もし違うなら、今までの事はどうなる?本の世界に吸い込まれて、竜にあって、忍者にあって。
「それは、確かな事?」
勿論。だってこの目で見たんだから。
「なら君は、夢で見た事さえ真実だというのかい?」
―――夢?
どういう事だ。思わず俺は口にだして言う。だが喉の奥から発する音は声にならず、ただ無様に空気の入った水泡となって逃げていった。
急に呼吸が出来なくなる。息を吸おうとすると、空気ではなく液体が流れ込んで思わずそこでむせる。しかし、吐き出した空気は先程のように水泡になり、余計自分が苦しくなった。
「君はこれも、現実だというんだね?」
声が聞こえた。くぐもらず、はっきりと。周りの音は濁って聞こえるのに。
まるで、水の中にいるかの様に。
目を閉じているのか開いているのかも分からない。視界はちらちらと移り変わり、網膜を刺激する。痛い。苦しい。
体内の酸素が尽きてきたのか、無意識のうちに必死でもがいていた。だが、動けない。
右の足首に違和感を感じた。しゃがみこみ、手探りで違和感の正体を探る。やがて、指先に無機質な感触がした。
――――鎖だ。
足首に、頑丈な鎖が絡み付いている。視界が開けないまま、勘だけでほどこうとした。でも、解こうとする程に鎖はきつく俺を絞めあげる。
いつの間にか床も消え、俺は空中――水中かもしれないが――に浮かぶ形になった。鎖だけが、俺をその場にとどまらせていた。
「やっと見つけたんだ」
くすくす、クスクス。笑い声が聴こえた。煩い。うるさい。やめろ、耳障りだ。
鎖にあてた手を止め、それを両耳に持ってくる。
「君は君じゃない。君は、僕なんだ」
両耳にあてた掌を、いっそう強く当てがう。それでも聴こえる、あの笑い声。くすくす、くすくすと頭に響く。
やめろ、煩い。黙れ。うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
「君は、何も分かってないんだよ」
○○○○
初めに分かったのは天井だった。次に理解出来たのは、俺はソファーの上で横になってるという事。
かけてあった薄い毛布をどかし起き上がる。体が重く、少し気だるい。
俺が寝ていた所は冒険の最初の場所、大量の本に囲まれたあの部屋だった。初めに座ったテーブルと椅子も見える。夢にあった、廃墟の様な部屋の姿はそこにはなかった。
いや、夢と同じ事が一つ。リエがいない。誰も居ないのだ。静寂は夢とまったく一緒だった。
「夢で見た事さえ、現実と……」
なら、今見ているこの風景は何なのだろうか。夢では無いと思っている。けれど、それを証明しろと言われれば―――。
ソファーから足を下ろし、立ち上がって毛布をたたむ。すると、アレがあった場所が視界に入ってきた。
「鏡、無い」
そこには鏡の代わりに絵画が飾ってあった。いかにも高そうな風景画、これはあった気がする。
俺は夢の中と同じ様に、絵画に手を触れた。ちゃんとした立体的な感触。だが、それを感じたのは夢の中での鏡も同じ。もし今俺が見ている全ての物が、夢がうみだした偶像だとしたら、それは。
「居たーっ!少年はっけーん!」
俺の思考は突然の声に中断された。反射的にその声がする方へ振り向こうとする。が、それは後ろから覆い被さった何か、のせいで不可能となった。かなり重く、支えきれない俺の体は悲鳴と共に、つんのめる様に床に倒れこんだ。
「痛ってぇ……だ、誰だ!」
この時の俺は、後ろの何かは空き巣だと思った。耳元に息がかかり、腰に腕が回された所からのしかかった何かは人間だろう。
このまま口封じで殺されてしまうかもしれない。本能的にそう悟り暴れてみるが、後ろの人物の腕はなかなかほどけない。てかこの人何かハァハァ言ってる。
「ちょ………マジ離せテメェ!」
「久しぶりの若い子誰が離すもんですか!」
うわ、何かこの人頭おかしい。そう思うと同時に、今度は足が絡められてきた。これも、いくらあがいてみようがまったくとれない。
そろそろ死期が近付いて来たかな、そんな思いが頭を霞める。その時再び、別の声が部屋に響いた。
「何、やっとんじゃあほランテェェ!!」
その声に反応したのか、後ろの人物の力が緩まった。
さっきの少し低めの女の子の声。というより怒鳴り声。なんとか声の主の顔を見ようと、力が緩まった隙に腕と足から逃れて体勢を整えようとした。 拘束するものが解けて、力を振り絞り後ろの人物を身体を思いっ切り突き飛ばす。
何分ぶりだろう、俺はやっとの事で自由な仰向けの状態になった。
その時。
「悪・即・斬!」
最後に視界に入ったのは、きちんと両足揃ったスニーカーの靴裏。直後、顔に何かめり込む音と鈍い痛みが走る。
俺の意識はそこで暗転した。
●●●
僕には欲しいものがある
何事にも変えがたいもの
素晴らしいそれは
●●●
「うっわ、酷い顔」
「その顔にさせたのは何処のどなたさんかしらねぇ」
まったくだ。俺、何もしてないのに跳び蹴りくらうなんて。
顔に衝撃が走り、気を失ったのはほんの少しの数分間、だと思う。話声がし目を開けると、寝転んだままの俺の体を囲んで、男の人と女の子が俺を見下ろしていた。
「あら、起きたみたい。オハヨー、生きてるん?」
「駄目だ死んでる」
「生きてる生きてる、生きてますよ」
勝手に人を殺さないでくれ。両手に力を込め上半身を起こす。
俺を挟んで両側にいる二人。右の男がさっき抱きついてきた奴だろう、声が一緒だ。黒い髪を一本に束ね、ギャルソンを思わせる服を着ている。
黙っていると細身のお兄さんに見える。そして何故だろうお姉言葉。
「あっらー!そんな見つめられると………襲っちゃうわよ」
飛んできたウインク。どうしよう、久々に背中に寒気がしたよ。てか目が獣だこの人。
苦笑し視線を左に移す。
「あん?何見てんだテメェ」
こちらはボーイッシュな女の子。短い茶髪がそれを際立たせている。髪を伸ばせば少しは女の子っぽくなりそうだが。
右の男性とは違い、この子はパーカーにズボン。で、俗にいうウ○コ座り。態度といい言動といい、左右の人物は逆だと思う。
で、だ。
「あんたら、一体誰?」
●●●
僕には欲しいものがある