全ハ月下美人ノ為ニ。-6-
よく見る夢がある。
暗い籠の中、そこで一人で泣いている。
そんな夢。
〇〇〇
「殴る必要あったんですか」
「悪い、条件反射で」
「なんの条件そろったらあーなるんすか」
後頭部に出来たタンコブをさすりながら、これを作った張本人を少し睨む。
その本人はというと、反省してんのかお前はという締まりのない笑顔で、俺に片手のみで平謝り。
ホントにこいつ、殴ってやろうかと思う。
「でも驚いたよ。ゼロ君が、僕らの抜け道見付けるなんて」
「そーそー。暁が結界はって見えなくしたはずなのにさ。案外忍の才能あるんじゃねえの?うん、凄い凄い」
「……はぁ、そうですか」
流された気が。まぁ、痛みも引いてきたし別にいいや。
「ところで!ゼロ、お前に折り入って頼みがある」
突然伊助はそう言うと姿勢を正し、さっきとは別人の様な厳しい目つきで此方を向いた。つられて俺も姿勢を正し、息をのむ。
「実は、脱走の手伝いをしてほしいんだ」
――……脱走?
「あんまり深くは言えねぇ。けど今、俺達の親友が捕まってるんだ。そいつは俺の、いや俺と暁にとっては大切な奴。だから、」
「詳しい話は後回しのようだね」
熱の篭った口調で話す伊助に反し、暁が抑揚なく呟く。
その直後だった。床の下から、凄まじい爆音が響き部屋全体を震動させた。爆音は二発、三発と続き、五発目を鳴らしたところで収まった。
一瞬の静寂は、すぐに会話で破られる。
「予想外だね。まさかこんな短時間で、大広間の結界突破されるなんて。酔ってたはずなのにさ」
「雷印を使ったのが悪かったんじゃねぇか?あれ、元々攻撃向きだから。水印らへんで充分だったろうよ」
「呀楽様雷印の使い手だよ?その方がすぐやられるって。それより、今はどうやってここを抜けるかだよね。うーん、一大事」
一大事、と言ってる割りには悠長に欠伸をする暁はともかく。俺は伊助の表情から、今の爆音が伊助達にとってやばい事だとは分かった。眉間に皺を寄せ、扉を睨んでいる。
「さてゼロ君。ここで残念なお知らせがあります」
暁はその肩より長めの緋色の髪を、器用に一つ結びにしながらゆっくりと言った。
本当、悠長だ。
「僕は愛しの蘭奈と、ドンパチしなきゃいけなくなっちゃったみたい」
楽しそうな暁の声は、突然現れた炎によって掻き消された。
●●●
あれはたしか、いつもの夢の中での事
あの時の事は、何故かよく覚えている
あの時の事だけは
〇〇〇
「うわ!何だ!?」
突然現れた炎に、反射的に後ろにのけぞり、伊助の背中とぶつかった。今の俺らの状態は、西部劇にある背中合わせ。だが、前に進む事はまず出来ない。
「囲まれるなら、もうちょっとマシなもんに囲またかった」
同感。俺達の動きを止めるようゴウゴウと、円状に囲む炎を見て思った。
炎の熱さに意識が朦朧とする中、入り口の扉から声が聞こえた。
「飛んで火に入る夏の虫、とはまさしくこの事だな」
この声、どこかで聞いた様な。そう思い声のした方向を見ると、そこには一人の男性が両腕を組み、勝ち誇った表情で俺らを見ていた。
そういえばあの人、呀楽って人の隣にいた人に似てる――――いや、その人のようだ。
「えーっ、蘭奈じゃなくてヒヨリ〜?つまんなーい」
開口一番に暁は言った。すっごいつまらなそうな言い方。てかどっちにしろ人来ちゃいけないんじゃ。
「ふん。ぶつくさ言う前に、そこの結界から出たらどうだ。まぁ、無・理・だ・ろ・う・が・な」
「うるせぇよチビのくせに」
「チビ言うな!」
「ねぇチビ蘭奈来ないの?」
「お前も黙れ暁!口チャック!てか縫え!」
なんて子供っぽい口喧嘩だ、という俺の生温い視線が伝わったのだろうか。ヒヨリと呼ばれた男性は恥ずかしそうな顔をし、一度咳払いして口調を変え言った。
「御挨拶が遅れました。私の名は緋頼、諜報部隊隊長をしております。あ、あとそこの阿呆二人の上司でもあります。以後、お見知りおきを」
腕を後ろに組み一礼。緋頼は真っ直ぐ俺を見た。
「そんでチビな」
「だからうっさいんだよお前ら!」
こうして見てると、幼稚園児の喧嘩を思い出すなぁ。緋頼が顔を真っ赤にさせて続けている口喧嘩を見ていると、突然頭が重くなり、目の前がぼやけてきた。炎の熱さが今頃来たのか、体が支えきれなくなり、思わず膝に手をつく。
「あ、大丈夫?そういえば君、客人だから耐性ないんだ」
頭の隅で暁の声がした。なんとか顔を上げようとしてみる。
すると、突然視界が動いた。体が浮き上がり足も宙ぶらりんの状態の気がする。
何事かと体を捻り、視野を広げようとすると、手の感触が背中の動きを止めた。
「じっとしてろ、俺だって力強い方じゃねぇからさ」
伊助の声。どうやら体勢的に、俺は伊助に担がれているらしい。 にしても、伊助は俺と同じぐらいの背丈のはずなのに、軽々と俺を持ち上げてる。俺もそれくらいの筋力が欲しいものだ。
「身支度完了、ずらかるぞ!」
「了解ー」
「てことで。またなー、チビ」
伊助が悪戯っ子のような顔で言った。
緋頼は先程のように顔を真っ赤にし、今度は人指し指と中指を口にあてがい呟いた。
すると、炎がより勢いを増し、こちらに襲いかかってきた。だが炎の前に、暁が立ちはだかる。
「残念でした。そっちは炎印、こっちは水印」
そういうと暁は、両手の人指し指と中指の腹をあわせ――――俗にいう忍者の手の組み方をし、ゆっくり呟いた。
「蒼き流水波動となり刃宵に光らん」
一瞬、空気の流れが止まった。そう思った途端、暁の周りの空間から、青白い光が生み出された。それは炎にそって数を増す。
「水・流・撃」
暁が両手を合わせる。それに呼応するかのように、光は俺たちを中心に細い円になるよう連結した。青白い円が落ちていき、床に触れる。
するとそこから、大量の水が噴水のように湧きいでた。その水は大波となり外側に広がり、炎をあっというまに飲み込んでしまった。空気が一気に冷え、熱気と冷気がぶつかり湯気ができる。
炎を消しても波の威力は衰えず、まるで大蛇の口のように緋頼まで飲み込んでいった。 まるで目の前が海のような大スケール。壁に当たり跳ねる波を見ながら俺は思った。
これが、忍術というものなのか。
「うしっ、じゃあ行くか」
俺を担いだ伊助は壁に向かい歩いていった。それに暁も続く。
目の前は壁なのに何をするのだろうか。すると伊助は懐から青い札を取りだし、壁に貼った。そして俺を持ってない片手をあて、目を閉じる。
「落つる鴉は漆黒に、踊る鳳天空に、碧よ翠に繋がれ」
その途端壁一面が黒くなり、俺たちを吸い込むような突風が吹いた。
「ま、待て!」
伊助が振り返った事で、なかば俺も強制的に振り返る。そこには波がおさまり、水浸しの中で立つ緋頼の姿があった。
ああ、こういう人をヘタレというのか。
俺の体は壁に吸い込まれ、意識はそこで途切れた。
目が覚めた。まぁ、まだ瞼を開けてないから、目覚めとはいかないか。
俺は瞼を開け、完全に目覚めた。
「――――何だ、ここ?」
門。目の前に鉄の門。座っているからなのか、かなりの大きさに感じられる。てか重そう。
「着いたぞ。この先に、助けなきゃいけない奴がいる」
右隣に居た伊助が言った。暁は俺の左隣。 目線を合わせる為に俺も立つ。
「こいつは俺の、俺らの力じゃ助け出せない。ゼロ。客人である、お前の力が必要なんだ」
伊助が門を向きながら言う。どういうことか、と問おうとしたが暁に無言で制止された。正確には口パクで、あ・と・で、と。
伊助と暁、二人が門に手をかける。力を込め進むと、ゆっくり、重く門が開いていく。
俺は、何故か胸の鼓動が早くなるのを感じた。この向こう側には――――。
最初に確認出来たのは、銀だった。鮮やか、いや形容し難い色。それは月より光り輝き、夜より深く――――
「誰?」
突然の声に、俺は現実に引き戻された。
始めに分かったのは、檻。鉄の、鳥籠みたいな檻が目の前にあった。
次に部屋。奥行きは広いと思うが、暗くてよくみえない。
そして、その鳥籠に居る、少女。
そこには、着ている着物よりも美しい、床につくほどの銀の髪を持った、少女が居た。
「こんばんは、珠奈」
●●●
あれ?どうしたの、君。なんで泣いてるの?
……へぇ。約束をしたのに迎えに来てくれないんだ。
だから一人ぼっちで、淋しくて、泣いてたんだね。
うん、分かるよ。辛いんだよね、君も。
あ!じゃあさ、僕が君の友達になってあげる。そうすれば、もう一人じゃないでしょう?
……本当だよ!嘘じゃないってば。ほら、僕の鼻赤いじゃん。
え?関係ない?うん、まぁそうだね。
……んー。じゃあ指切りしよ。はりせんぼんのーます、この世界じゃお馴染の決まり文句!!え?いやなんでもない。
あ、そだ。まだ聞いてなかったよね、君の名前。友達なら、お互いの名前は勿論知っとかなきゃ、ね。
うん。君はきっと、素敵な名前を持ってる。きっと、ね。
さて、君の名前は?