全ハ月下美人ノ為ニ。-5-
選択肢は二つ
一つは深い悲しみ
もう一つは大きな苦しみ
▼▲▽△
「お夜食でござりまするー!!」
勢い良く開かれた扉から入ってきたのは、闇討ちの敵ではなく、狂暴な敵でもなく、伊助と暁でもなく。
「本日のお夜食は、みんな大好き大宴会フルコースでございー、とくと御賞味あーれー」
木彫の箱を持った、かっぷくのいいオバサンだった。
拍子抜け。俺は、暫く唖然とした格好のまま動けずにいたた。
「おぉ小局!!随分と遅かったのう」
「呀楽様が、宴会を開くと突・然、 仰られたものですからねぇ。人間そんなすぐには本領発揮出来ぬ者でござーます」
呀楽とオバサンの声が聞え、ふと我に帰ると、いつの間にか大規模旅館な宴会場の設備が出来ていた。俺の記憶が正しければ、確か数秒前は全面板張りの床のみが広がっていたような。
「おい、そこで呆けておるの。そこにおると、準備の邪魔になる」
呀楽はいつの間にか、元の奥の位置に戻っていた。そこから扇子で俺をさしていたので、慌てて部屋の隅に移動した。
その途端、扉から続々と食事を乗せたお盆を持った人が入場してきた。皆二列を崩さず、まるでロボットの様にお盆を並べていく。どんどん質素な大部屋が、色とりどりの料理で埋め尽されていく。
美味しそうな香りも充満していく。
俺は、あまりにも早すぎる展開について行けず、部屋の隅で放心状態でいた。
「驚いたか」
うおっ、と突然横から聞こえた声に、思わず奇声をあげてしまった。
「が、呀楽さんいつの間に。さっきまで向こうに」
「あやつらはこの塔の食事係でな。いつもは質素だが、今回は久方ぶりの客人が来たという事で豪華、そして豪勢に宴会にいってみた。どうだ、凄いだろ」
うわぁ話聞いてないよこの人。この世界の人話まともに聞いてくれない。
でもまぁ、凄いけど。
「今からこの部屋に、狼寓の者たちが来る。お主も定位置、ほれ、儂の隣に座って待っておれ」
「はぁ………。あの、その狼寓の人達って、どのくらいいるんです?」
「七千人」
「へぇ………ってななせん!?」
「冗談じゃ。本当は二千人、七千人なんて入らんわ」
二千人でも多いと思う。にやりと笑う呀楽を見て思った。
呀楽はもたれていた壁から背中を離し、先に戻るから後から来いと言い残して、せわしなく動く食事係達の間をぬって戻っていった。
「さて、俺も席に座るか」
いたるところに並べられた美味しそうな香りを漂わせる食事に、俺の胃は反応して今も腹の虫がちょうど鳴ったところである。
俺が移動しようと体を動かすと、右肩が食事係の人にぶつかってしまい、食器が落ちてしまった。中身が入ってなくて良かった。
俺と食事係の人は、食器を拾い集めた。
「すいません、ちゃんと前見て歩いてなくて」
「いーえー。気にしないでくださいなって。たかだか食器が落ちただけでっそい」
「………………。はぁ、すみません」
おかしな喋り方はひとまず置いといて、ここで俺はあることに気付いた。
「どうすたんです?そんなに私を見つめて」
食事係のオバサン、小局が問いかける。
俺はじっーっとオバサンを見て、ふとその後ろの光景に目をやる。そこで仕事をしている、目の前と同じ服を着た、同じ顔の――――と、いうより。
目の前にいる人が、もう一人いる。
「あー……双子?いや、似すぎ………でも一卵性とか」
「――ちょっとあーたさん!!仕事しなさんと!!」
突然、俺とオバサンの間に割り込んできた人。その人とオバサンが横に並ぶ。
その人も、まったく同じなのだ。顔のパーツも、服も、背格好も含め全て、鏡に映した様に同じ、食事係のオバサンであった。
ぐるりと辺りを見回すと、ここでせわしなく動いてる人達全てが、まったく同じ。つまり、食事係のオバサンが俺の視界から沢山見えるのだ。
何この世界。クローン技術でも発達してんのか。
「どうすたんですよ、そんな顔で見て」
同じ顔の二人が、いぶかしげな表情で俺を見る。眉の上げ方といい手を組む動作といい、同じ過ぎて正直きもい。
その時、扉の方からパンパン、と手を叩く音がした。見ると、目の前の二人と同じ顔、もとい食事係のオバサン小局だった。
「ハイハイ準備完了ざんす。それでは呀楽様方、それに客人様。今宵は皆様にとって素敵な夜になるよう、食事係一同心から願っておりまする」
今まで四方八方に散らばっていた、顔の同じ食事係が、それを合図に扉の方へ戻っていく。
最後に一人、呀楽に木彫の箱を渡し終え、戻ってきたのを確認すると皆が一斉に礼をし、一歩前に出ていた一人がパン、と今度は一回手を打ち鳴らす。
「では、良い一時を」
そう言った瞬間、手を叩いた人を残し、後ろにいた人達が軽い破裂音と共に消えた。破裂したとかではなく、そう、まるで電気が消えるときの電球の様に、フッ、と。
一人残ったオバサンは、口を開けまさにアホ面といった表情をしている俺を見て、にやりと笑い静かに去っていった。
再び静かになった部屋に、扇子をあおぐ音が響く。
「ま…………魔法……」
「いや、忍法」
ケラケラと笑い呀楽が答える。あ、あれが忍法?
俺は呀楽の方を向いて言った。
「じゃあもしかして、あれが忍法で有名な分身の術、ってやつですか?」
「そうじゃ。あやつら食事係は、分身の術の使い手で構成されておる。そうすれば、大勢の人数雇う必要もないじゃろ」
成程、とぽつり。
それよりも、俺の心は初めて見た忍法に、すっかり感動してしまっていた。
その時、再び硝子が割れた音が。一回目と違うのは、足音からどうやら誰かがそこから出ていったということ。
「にしてもあやつ、来る度硝子を割って入ってくるのはどうかしてほしいのぉ」
◎◎◎◎
「――なんか、疲れた」
用意された部屋で、ぽつりと呟く。
一時間前、俺が席に着くと同時に、続々と人が入ってきた。屈強な男達や20歳ぐらいの女の人、とにかく沢山の人達が扉から次々と。
あっという間に席が埋まると、呀楽の乾杯の合図で宴会スタート――――と、ここまでは良かった。ここまでは。
「まず第一に、俺は未成年だから酒なんか呑めないんだって………」
右手を口にあてがい、不定期で襲ってくる吐気に耐えながらもまたぽつり。
宴会はしょっぱなから、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。目の前で笑い声が飛び交い、補充のお酒を運ぶ鞠子さんもせわしなく動いていた。
そのうち、泥酔状態になった呀楽始めその部下の男達から、酒を勧められた。普通に断るも、相手は屈強な男達。強引に呑まさせる始末。
客人を丁重にもてなしてくれないのか、ここは。
しばらくして、扉をノックする音と共に蘭奈が入ってきた。
「ゼロ君大丈夫?水持ってきたんだけど……」
「ども、有難うございます。てか俺、抜けて大丈夫だったんすか」
「みんな酔ってるから気付いてないみたい。それにゼロ君顔色悪かったからね」
「まぁ………蘭奈さんに助けてもらわなかったら、あれからどうなってた事か……」
思い出してまた第二の吐気の波が。本当に蘭奈には感謝しなければならない。
水の入った湯呑みを受け取ると、蘭奈が俺の隣に腰を下ろした。
「ごめんね、みんな悪い人じゃないんだけど。呀楽様も、久々の客人様だから存分にもてなすべきだって」
「いや、別に大丈夫ですけど――てか俺、人質でしたよね?こんなもてなされるべき立場じゃ無いと」
「ま、ね。君が私達と同じ穂積の民だったら、普通に軟禁してるか不敏に思いながらも逆さ釣りにしてると思うけどね」
蘭奈の口から出されたバイオレンスな言葉に、思わず飲んでた水を吹き出すところだった。何とか軽くむせる程度で抑える。
不敏に思うなら逆さ釣りを止めて。
「じゃあ、俺をそうしないのは、穂積の民ってやつじゃないから?」
「半分当たり。多分、もう半分は君がこの世界の人じゃないからだと思うよ」
今のはおもいっきり吹いた。むせる俺に、蘭奈は言う。
「だって君、証を付けてなかったからね」
そう言って蘭奈は左手をあげる。その手首には、二本の白い紐が。
「他国から来る旅人は、検問所でまずこれをつけるの。絶対取れないから証明書がわり。もちろん穂積の民は、産まれた時からね。白き紐は穂積である証明であり結束の証なの」
「へぇ……でも、何でそれだけで俺が異世界から来たって分かるんです?」
「――――うん。実はね、大分昔に君みたいに、証を持たない人が来たことがあるんだ」
そう話す蘭奈の表情は、うつむいていて分からなかった。だが、声のトーンが少し落ちたことは、俺でも読み取れる。
その時、どこからともなく風が吹いてきた。その風は俺達の目の前で渦を巻き、細い竜巻を作る。
すると突如、その竜巻が弾けた。その反動でこちらにも突風が吹き、思わず目を瞑る。
「緊急事態だ。すぐに大広間に来い」
ほんの数秒の事。そのはずなのに、さっきまで竜巻が出来た場所には、男が真っ直ぐ立って喋っていた。よく見ればこの男、蘭奈、呀楽といた男だ。
男の切長の目は少し俺を見て、視線を蘭奈に移す。
「分かりました、すぐに向かいます」
蘭奈は立ち上がって、先に扉の方へ歩きだした男を追った。
二人は扉を開け、外にでる。だが、蘭奈は振り返り俺を見て言った。
「その人ね、呀楽様の親友だったの。だから、同じ様に証を持たない君が来てその人を思い出したんだと思うんだ」
そう言った途端再び風が吹き、蘭奈と男を纏うと二人を消してしまった。
暗い部屋に残ったのは、俺一人になった。
「親友、ねぇ………」
溜め息と共にぽつりと言うと、頭に少し痛みが走った。こめかみの上に、中からノックされる様な鈍い痛み。
そして三度目の吐気。俺は堪らず布団に横になった。
「なんだあの酒………酔いを通り越して、速攻で二日酔いにさせるなんて………」
「お前に免疫がなかっただけだろう」
頭の奥から聞こえた、いやみったらしい低い声。まだ声がわりをしてない俺にとって、正直羨ましい声の持ち主。
「リエ、マジでやめてくれ。今のアンタの声は、俺に頭痛吐気めまいその他色々な病気を引き起こしそうだ」
「全く、軟弱極まりない奴だな。あぁ成程。だから最近彼女にふられたのか」
「なんでそれを!?って痛ぁ!!」
大声で怒鳴った代償に、今度は激しい頭痛と四度目の吐気が。
その二つが、一時的に怒りを取り払った。
「うん、リエ。戻ったら一発殴らせてくれ」
「気が向いたらな」
「…………。あ、そういえば、来るって一体何の事だったんだよ。まさか本当に小局さんの事か?」
「まさか。そんな訳ないだろう」
ああ。リエがあの端正な顔で、嘲笑うような表情で俺を見下す姿が、よく目に浮かぶ。
「んじゃあ何だよ」「その答えが知りたくば、右側にある掛け軸を除けてみろ。すぐ分かる」
「……リエ、俺が今どんな状態にあるのか分かってますか」
「口で呼吸をし、布団に無様に寝転がっている。さあ行け」
よし、戻ったら絶対二発殴ろう。
俺は痛みと吐気に耐えながらゆっくり起き、リエの言う掛け軸の前に立った。
ゆっくりと、掛け軸を捲る。そこには掛け軸と同じサイズの穴。壁に手をつきながら、頭を出してみる。
鈍い痛みが後頭部を襲い、俺の意識は途切れた。
◎◎◎
さぁ、路が交わるまであと少し