表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名前泥棒  作者: 麻生 閃
12/22

全ハ月下美人ノ為ニ。-3-




何時かは捨てなければならぬ

          

この感情さえも


今の私に必要な物も



◎  ◎  ◎  ◎  


「だぁぁぁぁぁ!速い速い速い速いっ!!」


 只今俺は里という場所に行くため、伊助におんぶされ猛スピードで走っています。しかし、猛スピードといっても世界陸上100m1位の選手的なスピードではありません。


「んだよなよっちいな!まだまだ本気の10歩手前だぜ?」

「アンタの標準が速すぎるんだよぉぉ!!」


 視界に映る映像は早送り、前髪オールバック状態、耳にはゴウゴウと風の唸る音が。

 例えるならそう、俺の大嫌いな、大嫌いな絶叫マシーンの代名詞と呼ばれるジェットコースター並の早さ。しがみつくのもやっとの事。

 暁は悲鳴をあげて泣き叫んでる俺見て笑い。

 気絶5秒前。あれ、目から水が出てきたよ。


          

〇〇〇


「ほいっ、着いた!な、俺の足だったらあっという間だっただろ」

「あれ…………顔色悪いよ?」


 最悪。予感的中。

 俺は何年かぶりに乗った、絶叫マシーンの背から降りる。半分意識が飛びかけていたので、地面に降りた途端よろめき暁に支えられた。

 すると、視界に妙な建造物が写った。


「ここが、里―――」



 そこには、土色の、いや土で出来た、穴が沢山開いている大きな山が連なった光景があった。

 広く見渡してみるが、人の影すら無い。

 

「えーと、ここが里?巨大蟻の住み家とかじゃなくて?」

「んだと!!もっぺん言ってみろ!!」

「いや、確かに人が住んでる所には見えないよね」


 暁が苦笑しながら頷いた。

 忍者というものに関しては、特に知識は無い。某忍者漫画の里のイメージが強く、この穴開きの山の里に、軽く違和感を覚えたりした。


■  ■  ■  ■  



助けなくていい


此処から連れ出さなくてもいい


只、私は彼方に居てほしいだけ


彼方を


□  □  □  □  


「見に来ただけなんですけど」


 大量の買い物袋を両手に抱えながら、俺は主婦の様にじゃが芋を選んでいる伊助に言った。


「あ?なんか言ったか?」

「だから、俺はこんな事をするために来たんじゃなくて、そっくりさんを見に」

「おっさん!このじゃが芋三つちょーだい!」

「……………聞けよ」


 何故か俺は今、里の商店街で買い物に付き合わされている。

 端から見ると穴だらけの山しかなく、人の影は全くと言っていい程無いこの里。しかし、人が一人通れる程の山の穴を通り抜けると、そこには商店街やら店が立ち並ぶ空間が広がっていた。

 暁に聞くと、どうやらそれぞれの山の内部は、色々な生活空間が分けられてるらしい。住宅が立ち並ぶ山、学校等公共施設が立ち並ぶ山など。

 別の山の行き来は、更に地下に道があるらしい。

 忍者というか、これじゃあまるで民族生活だな。


「うしっ!それじゃ、ここら辺でブラブラしとくかっ!」

「ちょ待って。俺がここに来た本題が忘れ去られてませんか」


 パシリにされる為にここに来たわけじゃないんですが。

 すると、大丈夫、とニンマリ笑いながら伊助が言った。


「だーいじょーぶ。もうすぐ来るから」


 その笑った顔越しに、何か見えた。こちらに向かって飛んでくる、鋭利な物。あれは――――


「包丁ぅぅぅぅぅ!?」


 こちらに向かって3本、出刃包丁が人混みをすり抜け飛んで来た。俺らの方向に向かって。

 危ない、俺が叫んだ途端、出刃包丁が突然視界から消えた。いや、正しく言うと無くなったのだ。



「ハハッ!アイツらしいなぁ、こーんな商店街の中で刃物投げるなんて」


 目の前にいる筈の伊助の声が、後ろからした。その後に、暁の静かな笑いが続く。

 振り向くと、そこには出刃包丁2本をジャグリングの様に扱う伊助と、その光景を出刃包丁1本持ち見ている暁がいた。

 二人が手に持っているのは、飛んで来た出刃包丁。 てことは視界から消えたのは、二人が捕まえたから――――ってあれ凄いスピードだったぞ。

 その時、じゃが芋を買った店の屋根から、大きな怒鳴り声がした。


「なーにこんなとこで油売ってんのよグータラ二人組!」


 俺ら含め、その場にいた人全員が、声のした方を向く。

 そこには出刃包丁を両手に持ち、二王立ちでこちらを見つめる少女がいた。

 少女は勢いよく屋根から飛び、華麗に伊助達の前に降り立つ。

 その身のこなしは、とても人間技とは思えないほど、軽やかだった。


「お前にしては遅かったじゃねえか、ラナ。暇で暇でしかたなかったんだけどよぉ」

「うっさいわね馬鹿伊助!こっちはあんたらと違って忙しいんだから!」


 今度は少女はよそを向いてた暁の前に立ち、同じ様に叱りつけた。


「ったく。暁も暁よ!昔は里で天才とまで言われたのに、最近は不良扱い。まったく、一体何で―――」

「そんなに怒らないで。それもこれも大好きなラナに会うためなんだよ。いわば愛情の裏返しな」

「キモイ!」


 暁の言葉を遮り、少女のアッパーが決まった。宙に舞う暁。

          

 「あら?君、見ない顔ね。誰、新入りさん?」


 ラナと呼ばれた少女が、俺の顔を覗きこみながら聞いた。

 仕草的にどこか伊助と似ている。肩で揃えられた黒髪と、漆黒に少し青味がかった色の瞳が俺の顔を覗いた。


「あぁ、そいつ俺の下僕」

「アンタには聞いて無いのよ馬鹿伊助」

「つれねぇなぁ、ヒヨリの方がまだ遊びがいがある」

「私の名前は蘭奈。ラ・ナ。珍しい名前でしょ?君の名前は?」

「無視かよ」


 差し出された手を握手で返し名乗った後、蘭奈の肩越しに暁を見てみた。あの強烈なアッパーをくらって大丈夫なのか。


「あぁ、暁なら大丈夫。いっつも私が殴って鍛えてるからね」

「はぁ。てかもう居ませんよ、暁さんと伊助さん」


 蘭奈は目を見開き、素早く振り向く。二人が居た場所に、居るはずの人の姿はもう無かった。

 その光景を見ながら蘭奈は、握り拳を作り震えている。

 うわぁ、何かすごい歯ぎしりの音が聞こえるんですけど。 すると突然、蘭奈が地面を蹴り叫んだ。


「―――あっんの糞馬鹿共がぁぁ!一体何度仕事さぼれば気が済むんじゃいあのアホンダラ!大体何でアイツらがサボる度にいちいち私が呼び出されてなきゃいけないの第一アイツらも私が忙しいって事分かってるなら迷惑かかるような事するなあのグータラ二人組がぁぁ!」







 ―――――怖っ。

 俺、それに周りに居た買い物客は、しばらく唖然とした顔で蘭奈を見ていた。


わぁ、どんどんお客様が後ずさっていくよ。

 蘭奈は、しばらくの間怒りを発散させた後、いきなり振り返って俺の肩を掴み言った。


「君!えーゼロ君!?君伊助の部下なんだよね!」

「いや、部下というか全然関係ない」

「お願い!アイツらを捕まえるために、人質になって!捕まえなきゃ私が怒られるのよ!」


 えー…………。

 俺全然関係無いんですけど。そう何度も言おうとしたが、蘭奈は話を聞かず俺の肩を揺さぶり、伊助達の愚痴を言うだけだった。

 あれ、てかこの場面前もあったよ。デジャヴ?


「お願い!亨、亨廉の塔に居るだけでいいから」

「キョー………レンて」


 また出たよ知らない単語。てか、そんな軽い上目使いで見ないでください俺も一応男ですから―――って何ときめいてんだ俺、しっかりしろー。

 だが待てよ?ここで イエスと言えば確保できんじゃねーか?宿。そうだよな。だってあの二人組が戻って来るまで、俺はそのキョーレンてとこに居れる、イコールその間休めたりあわよくば何か食べ物が出てくるかもしれない。すぐ戻って来るという可能性もあるが―――まぁ、とりあえず、この世界の情報を得ることは出来るだろう。何にせよ、動かなければ物事は進まない。


「―――いいですよ、人質になってあげても」

「ほんと!?本当に!?あ、有難う!!」


 蘭奈は俺の手を握り、満面の笑顔で感謝の言葉を言い続けた。

 にしても、結局そっくりさん見れなかったな――――いや、そういえば。



――

「もうすぐ来るから」

――


 あの伊助の台詞の直後に来た。それに怒って叫んでた時のあのマシンガントーク。

 俺は目の前の人物をジッと見る。


「な……………何?」


 いぶかしげな表情で俺を見る瞳。確かに、黒髪黒目は俺と共通だが。

「似てはないだろ…………」

「え?ど、どうしたの?」

「へ?いや、何でもありません。じゃ、行きますか」


 蘭奈は頷き、ついてきて、と言い亨廉の塔に向かい歩き始めた。俺も、その後をついて歩く。


 思えば、この時の選択から間違っていたんだよな。


          

          

          

 そう俺が後悔するまで、さほど時間はかからなかった。




■  ■  ■  ■  


「まだお戻りになられておられなかったのですか」


 暗く、全てが静寂という白に囲まれた部屋に響く、男性の声。

 

「この部屋の方が、落ち着くから」


 部屋の中心から響く、落ち着いた、抑揚の無い少女の声。


「しかし――ここは」

「ユウマ。お願い、一人にして」

「シュナ様……――」


 男性は暗闇の中、月灯りで浮かび上がった少女の後ろ姿を見、溜め息をついて静かに部屋を後にした。


 パタン。と、扉が閉まる音。

 その音を確認した少女は、月灯りが漏れる格子に近付き、隙間から手を出す。

 その白くか細い手は、闇夜に光る月へと伸ばされる。まるで、月を掴もうとするかの様に。


嗚呼願わくば


私に全てを掴める掌を


もう二度と

大切な物が溢れ堕ちてしまわぬ掌を




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ