全ハ月下美人ノ為ニ。-1-
いつからだろう。
朝日の眩しさが鬱陶しく思ったのは。
暗闇の中に光る月が、こんなにも暖かいものだと感じたのは。
嗚呼。何時からなのだろう。
君を愛しいと感じてしまったのは。
○ ○ ○ ○
「―――え、と」
ある程度は予想してたさ俺だって。けど、これは無いだろう――。
空にかかるは月。
辺りを覆うは闇。
俺を前には忍。
見渡す限り忍者、忍者、忍者。
俺は今、壁際に追い詰められています。
「待て、待ってくれ。ひとまず話そう、そうだ話せば分かる。人類皆兄弟――」
「黙れ」
忍者村に居そうな格好のおじさんが言った。
何か睨んでます。恐いから。
しかも皆さん刃物とか持ってます。銃刀法違反。
待ってくれ、俺が一体何をした。
3分前。目を開けると、そこは江戸の町並み溢れる裏路地だった。
そして目の前に何かの任務中だったのか、数人の忍者が塵散りに動き回っていた。
まぁ、そんな時にいきなり、変な格好した少年が現れたら怪しんだりはするだろうさ。
でもさ、わざわざ忍者総手で追ってこなくていいじゃないか。
「あの、お願いですから、刃物向けるの止めてくれませんか」
「黙れ。いらぬ事を喋るな」
俺にとっては、最重要課題なんですが。
すると、リーダーなのか色が違う忍者服を着た人が、一歩前に出て言った。
俺は一歩後退する。
無理だ。後ろ壁だよ。
「貴様。狼寓の一派の者か」
「ろ……ロウグって何です?」
「とぼけるな!!」
鋭い刃が俺の頬に傷をつけ、壁に突き刺さる。
目の前の忍者が、いきなり手裏剣を投げつけたようだ。
あまりの速さに、何が起こったかさえ分からなかった。
「いってぇ………。あの、俺そんなロウグ?だっけ。そんな奴のこと知らないので無関係です。はい終わり。じゃ」
俺は忍者達を視界から外し、体を右に向ける。
途端、金属音と共に視界に、月夜に光る手裏剣が。
他の忍者達も、手に手に武器を持っている。
あの、俺が本当に何をしたんですか。
俺は右の軸足で、唯一空いている背後の通路に向かい、思いきり、地面を蹴った。
逃げよう。
● ● ● ●
月が、美しすぎる。
違う。闇が汚すぎるのか。
どちらにせよ。この風景は貴方を苦しめるだけ。
早く、早く貴方のもとへ。
日が登る前に。
○ ○ ○ ○
「だからあんたらしつこいんだってば!」
夜の路地裏。響く怒号、俺の。今だ続く鬼ごっこ。あれからどのぐらい時間がたったのか。
ふと空を見てみるが、月の位置は変わっていない。
相変わらず、忍者達は俺をストーキングしてくれています。
今だ俺が捕まっていないのは、陸上部でのトレーニングのお陰か。因みに俺、長距離選手。
地区大会2位をなめるなよ。
● ● ● ●
いっその事、あの人が消えて下されば良い。
何度そう思った事だろうか。
これ以上、私を苦しめないで下さい。
その瞳で、私を視ないで下さい。
○ ○ ○ ○
絶体絶命。これは駄目かもしれない。
俺の頭に言葉がよぎる。
いくら俺があの忍者達より若さ溢れてて、長距離2位だとしても、基本地の理があるのは圧倒的に向こうの方だ。
所詮俺は地理のテスト72点。
いつの間にか行き止まりへと誘導され、俺の逃げ道は無くなった。
前方には、壁。
両サイド、壁。
後ろを振り向く。
後方、忍者の壁。
「だから俺は関係無いんだって………」
「嘘吐け。貴様のその出で立ち、その奇怪な風貌は狼寓の者の証」
思わず自分の服に目を落とした。
黒の無地Tシャツに、腰まで下ろしたダボダボのGパン。右手に黒のリストバンド。
まぁ、忍者がいる様な世界では、確かに奇怪だろう。
俺は再び忍者を見る。
「んな事言ったって、俺はロウグ何ての知らないし、第一ここに来たのだって初めてで」
「黙れ!言い訳は無用。貴様に姫を見られたからには、生かしてはおけぬ」
俺の発言を止めた忍者が、背中の刀を抜いた。
さっきはまだ、左右に道があった。
だが、今回は無い。どこもかしこも、武器を持っている忍者だらけ。
今頃の子供はませてますから、そんな刃物ごときチラつかされても動じませんよ。
俺なんかドラゴン直に見たし。
しかしまぁ、この状況から行くと、俺は殺られる。確実に。
何故かあまり実感が無く、特に慌てる事も出来ない俺。
RPGのやりすぎ?違うか。
迫る忍者に後ずさる俺。
忍者は喜々とした目で俺を見る。まるで、獲物を捕えようとする猫の様に。
その目と視線が合い、ようやく危機感が目覚めた。
「―――たっ………………」
その後の言葉が出ない。
俺が恐怖を感じたのは刀ではない。忍者の目。
こいつら、何かおかしい。
「精々冥土で裟楽と仲良く過ごしておくがいい。死ねい!」
刀が振り上げられた。
刀身と月が重なり合う。
今はとても美しいのに、暫くすればそれが俺の血で染まるのか。
ここで終わり、なのか。
俺は、瞼を無理矢理閉じた。
● ● ● ●
私は瞼を無理矢理こじあけた。
なんということだ。
目の前に倒すべき敵がいる。
これは、なんと好都合な事だろう。
これで、きっと彼女も笑ってくれる。
● ○ ● ○
真っ暗だ。
眼を閉じているから当然か。
俺は、死んだのか?
分からない。痛みは感じない。
それとも、もう死んだから痛みは感じないのか?
眼を開ければ分かる。
けど、もしそれでも辺りが暗闇に包まれているとしたら。
いっそ、ずっとこのままで居ようか。
「おい、いつまで寝てんだよ庶民」
俺の考えは、この言葉に掻き消された。
恐らく声の主か、思いっきり誰かに頭をひっぱたかれた。
その反動で、暗闇の世界の扉が開く。
この目に映ったのは、全員倒れている俺の前にいた忍者達。
そのかわりに地面に立っている、おかしな格好の二人組。
それと。美しい、銀色の髪を持つ後ろ姿。