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人間関係

作者: 入川出水

ショートショート第二弾。

 僕が久々に地元に帰ってきたという内容を高校時代のある友人に連絡したところ、彼もちょうど帰省していたことが分かった。これ幸いとばかりに僕達は都合をつけて落ち合い、(きゅう)(かつ)(じょ)した。たわいもない話をあれこれ交わしては、何ということのない冗談で笑い合った。

 あいつがあの話を切り出すまでは。




     *




 ほどよく酔いも回って、腹もいっぱいになった頃。

 旧友、N澤は下品に笑いながら、僕の肩をつついた。

「お前、今度結婚するんだってな。相手はどんなんだ、美人か?」

「まあまあかな」

 ひゅう、と口笛を吹くN澤。

「羨ましいねえ。俺のカミさんと取っ替えて欲しいくらいだ」

「うーん、でもどうしてか結婚式には昔の友達は絶対に呼びたくないって言ってたけどね」

「昔の友達ねえ……」するとN澤は思いついたように、「覚えてるか? ほら、三年のクラスにさ、A子って女子いたじゃん。結構可愛かったコでさ」と顔を突き出した。

「ああ、いたね」と僕。

「実は俺、あの頃A子のことがずっと好きだったんだよ。おっと、カミさんには内緒だぜ? でもなあ、俺ってブサイクだから、もちろん告白とかできるわけなくてさ。ただ遠巻きに眺めているしかなかった。……だが! そんな俺にもある日、チャンスが訪れた」

「チャンス?」と僕はその話に食いついた。

「ああ、チャンスだ。あれだ、ここらの地域が連日ものすごい大雨に見舞われて、洪水警報が出されたことがあったろう?」

「あったっけ」と僕は首を傾げた。

「あったんだよ。でさ、その雨の降り始めの日のことなんだけどさ。俺が部活帰りに下駄箱で靴を履き替えてたら、A子が玄関で立ち尽くしてたの、困り顔で。そのとき俺はピーン! ときたわけよ。もしかしてアイツ傘持ってないんじゃないかってな。孤独に雨止みを待っているA子の横顔に、当時の俺は柄にもなく興奮してた」

「いや、十分に柄だよ。すごく気持ち悪いよ」

「そして俺はもう一つピーン! ときた」

 N澤は自慢げに人差し指を立てた。

「今度は何だい?」

「なんと俺はその時、傘を二つ持っていたんだ。一つは教室の傘立てにあったのをパクってきたやつで、もう一つは気の利くお袋がその朝俺に持たせてくれた折り畳み傘だった。これはもう彼女に貸すしかない。そのときになって初めて折り畳み傘の存在に気付いた俺は、これを天の恵みだと思った」

「というよりただの間抜けな」

「当時A子ちゃんラブだった俺は当然ながら彼女に傘を差し出そうとするわけだ。どっちの傘にしようかちょっと迷ったけど、折り畳み傘だと彼女に気を遣わせるかと考えて、結局、パクってきた手持ち傘の方を渡したんだ」

「元の場所に返せよ! お前最低だよ!」

「A子は不審そうな顔をしていたが、構わず俺は言ってやった。『俺は濡れても平気だから、それはA子ちゃんが使ってよ』ってな。ただし、そこで俺はあえてもう一本の傘の存在を明かさなかった。なぜかって? その方がカッコイイからさ」

「……へえ、それから?」

 僕はもう聞き飽きていた。

「俺は颯爽(さっそう)と嵐の中に飛び出た。無論、クールに片手で挨拶するのも忘れずにな。そして、大方A子の視界から消えたであろう辺りまでやって来ると、折り畳み傘を取り出した」

「なんだよ。結局、自分は濡れずに好きな子に良いところを見せられたっていう自慢話かよ」

 僕は焼き餅を焼いたふりをしたが、N澤は残念そうに首を振った。

「それで終わりなら幸せだったんだけどな。この話にはまだ続きがある」

「続き?」と僕は相槌(あいづち)を打った。

「してやったり、とほくそ笑んでいた俺は気づいてしまった。なんと取り出したのは折り畳み傘ではなくただの筆入れだった。つまり、今朝にお袋が持たせてくれたのは傘なんかじゃなく俺がいつも使っている布製の細長いペンケースだったんだ。急いでいた俺はそんな単純な違いにも気がつかず、勝手に傘だと思い込んでヒーロー気取りでいたとんだ馬鹿野郎だったのさ」

「人様の物を盗んだ報いだな」

「まだ続きがある」とN澤は顔をしかめた。

 僕も呆れ半分に促した。

「例のパクった傘、あれ、実はA子のだったんだ」

「うわっ! まじかよ!」

「ああ、俺も信じられなかったよ。……翌朝。やっぱりその日も雨が降って、俺は登校中に差してきた折り畳み傘……いや、今度は間違いなく傘だったからな? それを玄関前で仕舞っていた。すると突然、横合いから水飛沫(みずしぶき)が飛んできたんだ。何度も、何度も。びっくりしてそっちを見やると、(くだん)のA子がすげえ形相(ぎょうそう)で俺を睨んでいた」

「何か言ってた?」

「『ごめーん、見えなかった』だってさ。あ、ちなみに、すげえ形相ってのは怖いくらいに完璧な笑顔のことなんだけどさ」

「そりゃおっかないな」

「この出来事をきっかけに、俺はA子に話しかけることも近づくこともできなくなった。A子が取り巻き達に事の顛末(てんまつ)をバラしちまったんだ。そんなわけで、、あれから俺はA子にまともに目も合わせてもらえない状態さ……」

「意外だ。A子ってもっとおしとやかな子だと思っていたよ」

「そりゃ大きな間違いだぜ。あいつはひどい女さ。次会った時にゃあ何とかして復讐してやりてえよ」

「本当に?」

「……ごめん、今のウソ。やっぱり仲良くなって楽しくお話したいです」

 なんとも正直な男だった。


 しばし間が空いて。


 ところで、とN澤は前置きした。

「お前も何か面白い話はないのか?」

「うーん」

 僕はことさらに逡巡(しゅんじゅん)するふりをして、しかしやっぱり言えるわけがないと思った。


 まさか、

「実は今度の僕の結婚相手がそのA子なんだよね!」

 とは切り出せないし、ましてや、

「ついでに絶対に呼びたくない昔の友達ってのがN澤のことでさあ!」

 だなんて、口が裂けても言えるはずがなかったから、僕は途方に暮れて、ぐびっと酒を(あお)り、天井を(あお)ぎ見て、しみじみと考えている。


 人間関係というのは実に面倒であるが、これほど面白いものも他にない、と。


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