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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

愛しき貴女のおままごと

作者: 長居智則
掲載日:2026/09/14


 神谷瑛美。

 二十六歳女性。四月八日生まれ。おひつじ座。

 ■■県■■■市■町四丁目十四番地二〇三号。

 家賃は五万五千円で、キッチンダイニングとニ部屋だけのわりと広い築二十五年の賃貸アパートにて一人暮らし。オートロックや管理人の無い、低セキュリティなアパートのうえ、部屋の鍵はディスクシリンダー鍵と呼ばれるもの。ピッキング被害の多い、防犯性の低い鍵の代名詞とされた旧時代の代物。合鍵の作成に苦労はしなかった。

 職場は歩いて十五分先の■■大学で事務員をしている。所謂準公務員。職場での人間関係は良くもなく悪くもなく、一部の職員や教員とのみ会話しているが、それも事務的なもので雑談のような会話はあまり見受けられない。日によっては窓口で学生への対応も担当しているが、学生からの評判はそこまで良くなく、地味で暗い受付の人という扱い。

 八時半には出勤し、遅くても二十時半頃には帰宅している。出勤と退勤の際の徒歩経路はいつも同じ。基本は帰宅直後に入浴し、平日の食事はカップ麺かレトルト食品で済ませる。その後は概ね動画配信サイトで映画やドラマを無表情で眺め、二十四時頃には就寝し始める。金曜日の夜は就寝せずに自慰行為に耽ることもある。

 新聞はとっておらず、ゴミ出しは週に一度、前日の夜に出すタイプ。プラやペットボトルなんかは燃えるゴミに隠して出すタイプらしい。意外にも通販はああまり利用していないようで、これまで宅配物にネット通販のものはなかった。

 休日は一週間の買い出しに行く以外ではあまり外出しない。平日の夜間と同様に映像を眺めているだけの日も多い。私服は外用と思われる白シャツとデニムパンツ、秋冬用なのか一度だけチョコレート色のカーディガンやカーキのミニコートを見たことがあるが、おそらくそれしかない。買い出しだけの際はいつもジャージ上下。自宅では半裸族ともいうべきか、下はいつも未着用で上はよれよれのTシャツ二枚程度を回している。どうやら衣類へのこだわりはほとんど無いらしい。ちなみに、下着は三着しかなく、色気のないスポブラだった。一応上下で色を合わせているようではある。

 現在時点で観察している限りでは、恋人はおろか友人の影すらなく、両親や親戚との交流もなさそうである。

 自宅内については、意外にも4Kの大型液晶TVが置いてある他は概ね簡素。黒色のパイプベッドと白いシーツで包まれたマッドレス、安物のローテーブルにくたびれたポリエステルのカーペット、いつも何故か体操座りで座っている座椅子。目立った家具はそんなもので、あとはクローゼットに衣装ケースと掃除用具が詰まっているくらい。非常に寂しい部屋だが、ミニマリストと呼ぶには些か物が多い。ただ、気がかりなのは一部屋だけ、鍵にかかっている部屋があってよくわからない場所があった。わざわざ自宅内で鍵を設置して施錠しているくらいだ、何か高価な趣味や誰にも言えない秘密があるのかもしれないが、そちらは暗証番号式の南京錠で結局未だに解錠に至っていない。

 本人の性格として、おそらくは面倒くさがりだが多少几帳面。誰にも見せない自室をしっかりと掃除整頓している程度には綺麗好きだろう。自身については無頓着で周囲の視線もあまり気にしていない。夜中にカーテンを閉めずに過ごしているあたり、自分がこうして観察されている、そもそもそういった対象になるとすら考えていないのかもしれない。そして、おそらく自分と同じほど他人に興味がない。


 これが、彼女の持っている私の情報だろう。

 性格のプロファイルは実際どこまでされているのかはわからないが、彼女が知っている私の情報からしてこういう人物だと認識されていそうである。

 最初のきっかけは些細なものだった。寮生活の学生と同じ生活圏内にいるので、見覚えのある学生を見かけることは自体は多かった。しかし、彼女は買い物に行くたびに見かける。そして、こちらと目が合うと慌てたように立ち去っていく。悲しいことに、私は学生らとほとんど面識が無い。だから、その時は私を覚えている珍しい学生、くらいの認識だった。それ以来、改めて日常生活に目を配ると、彼女はよく私の視界の端に佇んでいた。学内だけでなく、プライベートでも尾行されていたのである。そこでようやく確信に至ったというわけだ。

 ストーカー。

 それもかなり重度だ。

 彼女には悟られないように身の回りを確認してみると、当然のように郵便受けやゴミ、最近は合い鍵でも用意したのか私の家の中まで物色しているようだ。とはいえ、無言電話だの、贈り物だの、こちらに存在をアピールしてきているわけではないようで、あちらなりにバレないよう私を知ろうとしてくる。

 不思議な話だ。

 ストーカーに遭うのはさすがに初の経験で、最初はどういう感情で向き合えばいいのかよくわからないでいた。何せ、他人から好意を向けられた経験すらない。ストーカーちゃんは私と似たタイプなのか、容姿は冴えない眼鏡をかけた細身の女性。本当、何とも言い難い事態だ。

 ただ幸いにも、やがて私は彼女への興味が湧いてきた。

 ……であれば話は簡単だ、いつも通り調べるだけである。

 榊原智夏。

 二十歳女性。二月二十日生まれ。うお座。

 心理学科の三年生。

 ■■県■■■市■町四丁目二十番地四〇四号。私の住むアパートの近くで、ちょうど見下ろせる位置に陣取っているようだ。実家は■■県■■市■■■町一一〇四にある戸建て。両親は健在で、去年までは実家から通っていたようだ。このマンションとは別に大学で用意している学生寮もあるのだが、わざわざ今年の六月に家賃援助の申請と住所変更の手続きを出しているので、そのころからすでにストーカーになっていたのだろう。

 登校の際は私と同様に徒歩。概ね私を付けてきているので登校ルートも私と同じだろう。

 講義の履修を見るに、ほとんどの午前中に二科目、午後はゆっくりしてから一科目講義を受けてその日を終えるようである。帰りは日によって異なるようで、私の退勤を待っている日もあれば、疲れてしまったのかすでに帰宅している日もある。成績は良いほうで、履修科目はほとんど欠席せず、しっかりと単位を取得しているようだ。

 さらに調べると、早く帰る日は友人と通話しているご様子。気になってSNSのアカウントを探すと、TLでそれらしいチャットを見つけられたので間違いないだろう。ちなみに、SNSは二つほど普段使いしているようで、両方ともそのまま「チナツ」というネームで使っている。また、うち一つは所謂”裏アカウント”というのを持っているようで、不満を溜め込むタイプなのか、色々な事への本心がつらつらと書き綴られていた。それによると、彼女は性的な興味で私をストーカーしていたことも判明した。いわく、私は無害そうなげっ歯類っぽくかわいいとのことで、呟きからそのまま引用するなら”むちゃくちゃに犯してぇ”らしい。かわいいと言われるのは嬉しいが、なかなか面白い子だ。

 そのほか、アニメやら動画配信サイトで活躍しているバーチャルタレントが好きらしい。定期的にそういう関係のグッズが玄関に置き配されている。

 ゴミ出しはしっかりと分別を守っているようで、頻繁に出しているいる。よく飲んでいるのはウーロン茶のようだ。

 ゴミ袋を見てまさかと思ったが、案外家庭的なのか普段から自炊しているらしい。彼女の冷蔵庫には週の献立のメモまで貼ってあり、結構幅広く作れるらしい。私は目玉焼きで限界だ。

 外出する際はたいてい私の外出と合わせているようだが、やはり友人との関係があるようで付いてこない日もある。こちらも調べると仲の良い友人が二人いるらしい。一人は学内の名簿で確認が取れたがもう一人は不明。一応SNSのアカウントを見るに、榊原の実家のある■■市の大学生のようでわざわざこちらまで遊びに来ることもしばしばある様子。SNSでも概ねその三人と連絡を取り合っているようで、彼女がどちらかの家に遊びに行くこともあるらしい。

 服装は、残念ながら全てを写真に収めるには至らなかったが、確認した限りだと今のシーズンは上下でそれぞれ六枚くらいを組み合わせて着こなしているようだ。容姿こそ目立つ子ではないが、どうやら私よりも圧倒的におしゃれさんならしい。ただ、下着で手を抜くタイプなようで、普段は度々上下バラバラのものを雑に着ていることがある。そこは私と相容れないところだろうか。

 自宅においては、築三十年程度のマンションのくせにディンプルシリンダー錠を使っているようで玄関は中々に堅牢だった。ネットで見てみると、空き部屋がリノベーション物件として募集されているのを見るに、彼女の部屋も近年改装されていたのだろう。なるほど、1Kの部屋に六万円も払っているだけはある。しかし幸いなことに、本人は防犯意識が薄いのか、四階ならば入ってこれないと油断していたのか、窓はいつも鍵がかかっていなかった。

 お部屋はこれまた意外にも女の子らしいものだった。全体的に白を基調とした家具に淡いピンク色の小物がアクセントになっている、まぁそんな感じである。私はファッションだのインテリアだのには疎いのだが、このアニメグッズっぽいものが飾られている、四角形が左右にズレた感じのラックはおしゃれでかわいいと思う。ただ、部屋を見るに私の写真などは飾ってないらしい。インテリアを優先したのか、あるいは友人に追及されることを恐れたのか、だがこちらからすれば一枚くらい飾ってくれていてもいいものだ。

 自宅内では、おおよそスマホを見ているか、友人と通話しているか、あるいは共用廊下にいるかの三択のようだ。部屋にいる間はたいていベッドでゴロゴロ、廊下にいる間はきっと寝室の窓の向こうにいる私を観察していることだろう。今もこうして見下ろされているわけだが、彼女からは私の手元のスマホの画面が、自身の部屋に仕込まれた隠しカメラのモニター映像であることまではわかっていないだろう。

 入浴はだいたい二十一時から二十二時頃に済ませ、入浴後のヘアケアやスキンケアは念入りに行っている。二十四時から二十五時頃にベッドへ向かい、毎日のように自慰を行い、そして満足すればそのままの格好でご就寝の流れとなる。老婆心ながら、あの生活ではこの時期風邪を引かないか心配になってしまう。

 この辺りまでは大体想定していた範囲だったのだが、彼女の部屋で少し気になるものを見つけてしまった。クローゼットの奥にしまってあった手錠、リード付きの首輪、シリコン製の猿轡である。最初は自慰や性行為に使うものかと思っていたが、今のところ、彼女の日課にこれが使われいる様子もなく、性行為を行う機会も相手も無い様子。彼女の裏アカウントでは度々私への劣情に関する内容が投下されており、最近はその頻度も増してきている。

 ……もしそういう用途で考えているのならば、さすがに想定していなかった。

 これまで追い回すことはあれど、追われる立場になることなんてなかったし、少なくとも私は直接相手に接触したいと思うことはなかった。少し甘い考えのまま彼女を泳がせすぎたかもしれない。すでに合鍵を握られているわけだ、仮に彼女がその気なら、体格がふた回りくらい小さい私は簡単に手籠めにされてしまうことだろう。それは私の趣味とは反するし、何よりも誰かに乱暴されたいなどという願望はない。果たしてこれが杞憂で終われば一番良いのだが。

 溜息を漏らしながら座椅子から立ち上がり、廊下へと歩を進める。

 そして、彼女がまだ知らない私のプライベートルームの前に立ち、南京錠のナンバーを回す。扉を開ければ、苦労して集めた榊原智夏の写真集たちが私を心地よく出迎えてくれる。今回は向こうからの監視の目が強く、写真の多くが隠しカメラの映像から現像したものなのが少し気に入らないが、これでも十分揃えた方だ。食事、交友、就寝、入浴まで、ありとあらゆる瞬間を収めている。友人宅で見せたとびきりの笑顔の一枚が格別に気に入っている。最初こそ冴えない女の子だとばかり思っていたが、こうして見ればどうして中々に良い華を隠し持っている。

 もし。

 もし、彼女が本当に私を犯しに来るのなら、監禁しにくるのであれば、その瞬間に榊原智夏はどういう表情をしてくれるのだろうか。

 杞憂であってほしい反面、まだ見ぬ彼女の一面があるのならそれを知りたくなるのが私、いや私たちの性というものだろう。

 そういう意味であれば───彼女がこの部屋を見た時にどういう表情をするのかも気にはなる。

 これまで、過去のどの標的もそのラインは超えてこなかった。私とて現代を生きる一般市民だ、下手を打って豚箱行きなんてことは勘弁願いたい。ただ、ずっと興味は抱き続けていた。 

 自分がこれまで監視され、私のような変態に日常の、自身のあらゆることを暴かれ、文字通り丸裸にされていたと知った時、どういう表情をするのだろうか。たいていは皆恐怖に戦慄いて声も出せないのだろうか、それとも怒りが勝って激昂のままに私へ罵声を浴びせるのだろうか、案外最近はストーカー行為をされたがるような人物もネット上では見かけるが実際に喜びの感情を孕む者もいるのだろうか。

 果たして、榊原智夏はどうなのだろうか。

 ……さて、今日は最後の華金だ。

 来週の今頃には、この部屋に何も残ってはいないだろう。明日から少しの間は引越しやら手続きやらで忙しくなる。尾行されていない日程を割り出して隠密に話を進めるのにはなかなか苦労したものだ。彼女に発覚するのは早くても引越トラックが到着するその日でなくてならない。車を持たない学生の機動力ではそこから先は簡単に追えない。少々出退勤に不便が生じるが、さすがにこのアパートでこのセキュリティでは対策を講じる前に彼女の手錠に捕まれてしまうだろう。

 ゆったりできる週末は今日で最後。

 叶いもしない妄想を胸に、じっくり自慰に耽ることができるのも、自身の痴態を彼女に見せつけられるのも今夜限りだ。お互い、最後の晩餐を思う存分楽しもうじゃないか、榊原智夏。

 扉を閉め、南京錠をかけ、意気揚々と寝室に戻ったのであった。


 カチッ。


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