第17話 『空白。あるいは、三秒の不在』
存在は、連続していると思われている。
だがそれは錯覚だ。
切れても、誰も気づかなければ――
それは本当に「切れていない」と言えるのか。
午後四時三十七分。
公園。
律は、恵麻の手を握っていた。
「ぼく、まだいる?」
「いるよ」
その瞬間。
空気が沈む。
音が消える。
風が止まる。
――三秒。
律の輪郭が、完全に消えた。
半透明ではない。
いない。
恵麻の手の中から、感触が抜け落ちる。
「……え?」
三秒後。
律は戻る。
息を荒くし、地面に膝をつく。
「……今、どこ、だった?」
周囲では何も起きていない。
だが。
公園の外。
横断歩道。
信号機が0.8秒遅延した。
ブレーキ音。
自転車が転倒。
少女が腕を擦りむく。
大事故ではない。
だが、血は出た。
都市深層ログ。
未定義出力:臨界突破
波及被害:軽微(負傷1名)
危険度:S-
アリアの視界が赤く染まる。
キーが強制点灯する。
隔離。
安定化。
抹消ではない。
“固定”。
押せば、律は揺れなくなる。
押せば、事故は二度と起きない。
押せば。
カインの声が静かに降りる。
「壊れた」
アリアは震えない。
だが、喉が乾く。
「軽傷だ」
「今日はな」
都市模型に、波紋が広がる。
「三秒でこれだ。
十分で何が起きる?」
律は震えている。
「……ぼく、やっぱり悪い?」
恵麻は答えない。
ただ、抱きしめる。
律の身体が、またわずかに揺れる。
アリアはキーを見る。
(ここで止めれば)
(母は安心する)
(学校も静まる)
(誰も泣かない)
カインの声は低い。
「私は一度、止めなかった」
都市模型に、黒い円が浮かぶ。
半径三キロ。
「君は同じ選択をするのか?」
律の母から通報が入る。
「また消えました。
今度は、はっきりと」
都市の空気が変わる。
保留は終わる。
決断が必要だ。
恵麻が、アリアを見る。
何も言わない。
ただ、視線だけ。
問いは一つ。
閉じるのか。
抱えるのか。
アリアの指が、キーに触れる。
世界が息を止める。
――押さない。
「まだ、壊れていない」
カインが静かに言う。
「壊れ始めている」
アリアは答える。
「それでも、まだ“いる”」
律は泣いていない。
ただ、震えている。
「……ぼく、消えたら、ママ泣くかな」
恵麻が言う。
「泣くよ」
律が小さく笑う。
「じゃあ、消えたくない」
その言葉と同時に。
都市ログがもう一段跳ねる。
未定義出力:再上昇。
遠くで救急車の音が鳴る。
事故の少女が搬送されている。
軽傷。
だが、確かに波及した。
アリアは目を閉じる。
(怖い)
初めて、はっきりと。
(怖い)
だが。
キーから手を離す。
三秒は短い。
だが、十分だ。
支配は、未来の被害を防ぐためにある。
信頼は、未来の被害を引き受ける覚悟だ。
次回、都市は“母親”を巻き込みます。




