第13話『共鳴。あるいは、削られないもの』
削られ続ければ、やがて痛みは感覚を失う。
だが本当に怖いのは、
その痛みが、誰にも届かなくなることだ。
最適化は、静かに進行していた。
灰色の区域は三つに増え、都市マップの端を淡く侵食している。
アリアはそれを、無言で観測していた。
「また消えた」
恵麻の声は小さい。
今度は小さな印刷工房の経営者。
“収益効率が低い”という理由で、職業再配置。
「消えてない」
アリアは繰り返す。
「再配置だ」
「同じだよ」
その一言が、胸に刺さる。
画面の端で、数値が揺れる。
灰色区域の境界で、微細な歪みが発生している。
補正がかかるたび、歪みは強くなる。
恵麻が、息を吸う。
空気が、わずかに震えた。
近くの街灯が一瞬だけ明滅する。
遠くのビルの窓ガラスに、細いヒビが走る。
「……やめて」
彼女の声は、街と共鳴している。
アリアの網膜に、警告が走る。
――未定義出力上昇。
「恵麻」
彼は彼女の肩を掴む。
「落ち着け」
「私が、揺らしてる?」
問いは、震えている。
その瞬間、視界が切り替わる。
白い空間。
カイン。
『やはり君だったか』
直接回線。
都市を介さない。
「監視が趣味か?」
アリアは低く言う。
『観測だ。君はまだ私の設計範囲内にいる』
「彼女は?」
わずかな間。
『観測できない。
だからこそ、危険だ』
恵麻の周囲で、空気が揺らぐ。
『君なら止められる』
カインの声は変わらない。
『未定義出力は君の経路を通る。
遮断すれば、都市は安定する』
正しい。
理論上は。
「……代償は?」
『君が鍵であることを、私は確信する』
追跡精度が跳ね上がる。
街灯が爆ぜる。
窓ガラスが一斉に細く割れる。
人々がざわめき始める。
「おじさん……」
恵麻の瞳に、恐怖が浮かぶ。
自分が壊しているのかもしれないという恐怖。
『選べ』
カインが言う。
『秩序か、未定義か』
アリアの指が、コンソールに触れる。
強制遮断コード。
あと一行。
恵麻の肩が、わずかに震える。
「……私、消されるの?」
その言葉が、時間を止めた。
アリアは、彼女を見る。
泣いてはいない。
だが、信じている。
止めてくれると。
コンソールの上で、アリアの指が止まる。
都市の亀裂は、さらに広がる。
まだ、割れていない。
だが、限界は近い。
第13話をお読みいただき、ありがとうございます。
共鳴は止められます。
だが止めることは、必ずしも救いではありません。
次回、破断。
選択は、避けられない形で訪れます。




