第6話 夏休みの修行と、短くなる覚悟
夏休みが始まった。
学校は休みでも、少年の机の上は戦場だった。
「……まずは漢字からやるか……」
少年は俺を手に取り、ノートを開いた。
その目は、以前よりずっと真剣だった。
(よし、行くぞ。基本から叩き込むんだ)
少年は一画一画、ゆっくりと漢字を書いていく。
「書けた……? いや、違う……ここがはねてない……」
(そうだ、その調子だ!)
何度も書き直し、何度も消し、また書く。
消しゴム先輩がぼそっと言う。
「……まあ、間違いは消してやるよ。
ただし、丁寧に書けよな」
赤鉛筆さんは優しく微笑む。
「形が整ってきたわね。
あなた、前よりずっと綺麗な字を書けてるわよ」
少年は汗を拭きながら、次のページを開いた。
「次は……計算だ……!」
(よし、来い!)
少年は俺を握りしめ、計算問題に挑む。
「七十七……足す……八……は……七十五……じゃない……七十五じゃない……!」
(そうだ! 繰り上がりだ!)
「七十五じゃなくて……七十五……じゃなくて……七十五……?」
(いや、そこは七十五じゃねぇ!!)
少年は頭を抱えながらも、何度も何度も書き直した。
「……七十五じゃない……七十五じゃない……七十五……」
(お前、七十五に取り憑かれてるだろ!!)
それでも、少年は諦めなかった。
「……七十五じゃなくて……七十五じゃなくて……七十五……」
(だから違うって言ってんだろ!!)
赤鉛筆さんが苦笑する。
「まあまあ。でも、前よりずっと粘り強くなってるわよ」
シャーペン後輩が震えながら言う。
「ぼ、僕……先輩みたいに支えられるようになりたいです……!」
(お前はまだ芯が細いからな……でも、いつか頼むぞ)
そんな日々が続いた。
漢字、計算、また漢字、また計算。
少年は毎日机に向かい、俺は毎日紙に向かった。
そしてある日——
少年がふと俺を見つめた。
「……あれ? なんか……短くなってない?」
(……あ)
気づけば、俺は明らかに短くなっていた。
削られ、書かれ、また削られ……
気づかないうちに、体が半分近くになっていた。
(……そうか。
俺は……お前の努力の分だけ、短くなっていくんだな)
少年は俺をそっと握りしめた。
「……ごめん。いっぱい使っちゃって……」
(バカ野郎……謝るなよ)
俺は芯を震わせた。
(俺はお前のために削られてるんだ。
短くなるのは……誇りなんだよ)
赤鉛筆さんが優しく言う。
「あなた、いい顔してるわよ。
“道具”じゃなくて、“相棒”の顔ね」
消しゴム先輩がぼそっとつぶやく。
「……短くなるのは宿命だ。
でもよ……その分、強くなってるんだよ、お前は」
シャーペン後輩が震えながら言う。
「せ、先輩……すごいです……!」
少年は深呼吸をして、ノートを開いた。
「……よし。まだまだやるぞ……!」
(ああ、行こうぜ。夏休みはまだ始まったばかりだ)
俺は短くなった体で、再び紙に向かった。
――お前が前に進む限り、俺は何度でも書いてやる。
――たとえ、どれだけ短くなっても。




