第4話 中学生の現実と、決意の瞬間
少年に買われた俺は、筆箱の中にそっと入れられた。
新品の匂いがするノート、使いかけの消しゴム、そしてシャーペン後輩。
どれも見慣れない環境だ。
「……今日からよろしくな」
少年が小さくつぶやき、俺を机に置いた。
その声は優しいが、どこか疲れている。
最初の授業。
少年は俺を手に取り、ノートに文字を書き始めた。
(お、意外と丁寧に使うじゃないか)
そう思ったのも束の間——
「えっと……あれ? この漢字……どう書くんだっけ……?」
少年は書きかけの文字を見て固まった。
そして、俺を持ったまま天井を見つめる。
(いや、考える方向違うだろ! 教科書見ろ!)
だが少年は、なぜか机の下を見始めた。
(なんでだよ!!)
さらに数学の時間。
「十八……足す……六十七……? えっと……七十五……?」
(違う! 繰り上がり! 繰り上がりを忘れるな!)
少年は堂々と間違えた答えを書き、満足げに頷いた。
(おいおいおいおいおい!!)
英語の授業。
「This is a pen. ……これは……ペンです……?」
(そこはもう卒業しろ!!)
少年のダメっぷりは、想像以上だった。
筆箱の中でシャーペン後輩が震えていた。
「せ、先輩……あの子……大丈夫なんでしょうか……」
消しゴム先輩がぼそっと言う。
「……まあ、あれだ。
間違いは俺が全部消してやるよ。
ただし、限度はあるがな」
赤鉛筆さんは優しく微笑む。
「焦らないで。あの子はね、きっと“伸びる子”よ。
ただ、今は迷子なだけ」
(迷子どころか遭難してるだろ……)
俺は正直、途方に暮れていた。
(どうすりゃいいんだ……
俺はただの鉛筆だぞ……
こんな子をどうやって……)
その日の夜。少年は机に向かっていたが、ノートを開いたまま動かない。
「……僕、なんでこんなにできないんだろ……」
その声は震えていた。
「でも……やらなきゃ……やらなきゃ……」
少年は俺を手に取り、震える手で文字を書き始めた。
ゆっくり、ゆっくり。
何度も間違えて、何度も消して。
(……こいつ……)
俺は気づいた。
少年は“できない”んじゃない。
“できない自分が怖い”だけなんだ。
それでも、前に進もうとしている。
(……そうかよ……なら……)
俺は芯を震わせた。
――俺が支える。
――お前が前に進めるように、俺が導く。
筆箱の中で赤鉛筆さんが微笑む。
「決めたのね。あなた、いい顔してるわよ」
消しゴム先輩がぼそっと言う。
「……まあ、期待してやるよ」
シャーペン後輩が震えながら言った。
「せ、先輩……かっこいいです……!」
俺は少年の手の中で静かに決意した。
――絶対に折れねぇ。
――この子を、絶対に支えてみせる。




