表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

記憶の中には、いつもある一つの影が浮かんでくる――彼女はいつも両手を組み、少し笑みを浮かべながら僕に言った。


  「だから、もう少し頑張らないとダメだよ。」


  当時の僕は、その言葉をただの気軽な忠告だと思っていた。あの頃は、その背後にある重みを考える余裕もなかったのだろう。振り返れば、あの時間は何よりも美しかった。



 一年前、僕たちは隣国と戦争を始めた。


  理由はさまざまだった。領土の争いだという者もいれば、権力争いだという者もいた。真実を隠すための方便だという噂もあった。一般市民である僕たちにとって、戦争がなぜ起こったのかを知る手段などなかった。ただ確かなのは、すべてが破壊されていったということだ。


  国内では革命や党派抗争が相次ぎ、人々は混乱の渦に投げ込まれた。逃亡を余儀なくされる者、道中で盗賊に襲われ消息不明になる者、獣に命を奪われる者……。僕の世界は、瞬く間に崩れ去った。



  戦争が始まる前、僕のそばには親しい少女がいた。


  彼女は勇敢で決断力があり、常に前を進む。一方の僕は臆病で、いつも彼女の後ろをついていくしかなかった。性格は正反対でも、互いに寄り添うことで安心を感じていた。


  その日々の中で、僕は気付いてしまった――彼女がそばにいるだけで、自分は前に進めるのだと。ある日、僕はようやく心の中の想いを伝えようと決意した。


  しかし、その決意を口に出す前に、戦争が始まったのだ。



  平民である僕は、本来なら真っ先に逃げるべきだった。だが、僕の頭の中にはただ一つの思いしかなかった。


  ――彼女を探さなければ。


  炎と煙は僕たちの街を焼き尽くし、空気は焦げ臭く刺すようだった。耳をつんざく叫び声と建物の崩れる音の中、僕は走った。


  「どこにいる……君はどこに……」


  かつての家は廃墟と化し、周囲には無数の死体と灰だけが残っていた。僕は理性を失い、冷たい遺体に触れながら、彼女の姿を必死に探した。しかし、それは見つからなかった。


  そのとき、ふと思い出した。


  「明日、あの木の下で会おう。」


  昨日の夜、僕たちの約束だった。迷わず、僕は村のあの大きな木へ走った。



  そこは、毎日僕たちが集まった場所だった。特別に約束しなくても、自然とそこに足が向く――そんな場所。


  木のそばに座る彼女を見つけた。血にまみれ、身体は傷だらけだった。


  「来てくれたのね……」


  その声はかすかで、今にも消えそうだった。


  僕は駆け寄り、震える手で彼女を抱きしめた。「怪我をしたのか!どうしてこんなことに!」


  彼女はいつもの笑顔を浮かべて、かろうじて冗談めかして言った。「大丈夫、ただ擦り傷だけだから……」


  「もう擦り傷では済まないだろう!」僕の声は震え、涙が止まらなかった。


  彼女は手を伸ばし、僕の頬の涙をそっと拭った。「泣かないで……初めてあなたがあんなに慌てるのを見たわ。」



  僕は唇を噛みしめ、やっと言葉を紡いだ。「今日、すごく大事なことを……伝えようと思ってたんだ……」


  彼女は僕を見つめ、その瞳にはあふれる優しさが宿っていた。「私も……同じだった。」


  一瞬、言葉は不要だと思った。互いの気持ちはもう十分に伝わっていた。


  そして彼女は弱々しく笑った。「でも……私は……一緒に行くことは……もうできそうにない……」


  その言葉は胸に鋭く刺さった。


  「世界を見たかった……でも気づいたの。あなたがそばにいなければ、どこにも行けないんだって……」


  僕は全力で彼女の手を握りしめた。「僕も……君がいなければ何もできない……お願い、行かないで……」



  彼女は最後の力を振り絞り、僕の涙をそっと拭った。


  「だから……お願い……あなたの目で、この世界を見て……私の代わりに……」


  最後の笑顔は、雨が止む直前の空のように静かだった。


  彼女の目が閉じた瞬間、心の中で何かが壊れる音がした。


  「ダメだ……お願い、目を覚まして!まだ伝えてないことがあるんだ!」


  しかし彼女はもう、返事を返さなかった。



  僕は抱きしめながら声をあげて泣いた。声が枯れるまで、雨音と一緒に涙を流した。

  雨が止んでも、僕の涙は枯れ果てた。


  彼女はもういない。でも、最後の願いは僕に託された。



  もし、この世界が僕たちを引き離すのなら、僕は彼女の願いを胸に生きる。


  あの日から、僕の人生は自分のためのものではなくなった――

  彼女が見ることのできなかった景色を、僕が代わりに見るために。


  そしていつか、運命が僕たちを再び引き合わせるその日まで。

反応が良ければ、次の記事を書きます。

(前提として、反応がある場合に限ります。)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ