昭和35年はすでに過ぎ去った
ここはどこだろう、との陳腐な疑問。ござの上に寝そべっているようだ。季節は明らかに夏だ。雪は降っていない、桜の花びらが舞うわけでもない。秋の侘しさもない。春のようなのどかさもない。寝汗をかいているところを見ると夏のようだ。
すぐそばに海が広がっている。潮風と波のさざめき、明らかに海だ。板敷の上に敷かれた藁ござ、海の家らしい。周りには誰もいない。広い座敷に所々に置かれた寂れた茶卓、自分のすぐ傍のそれには飲みかけのビール瓶、酔って眠り込んでしまったのか。
壁を見れば「初恋の味 カルピス」の広告紙が剝がれかけて潮風に揺れている。ストローをくわえてこちらを眺めている黒い人も潮風に揺れている。表紙を皇太子殿下と美智子様で飾った、丸まった週刊誌も潮風に床の上を漂っている。
かと思えば、空気が半分抜けたダッコちゃん人形が、酔っ払いのようにあちらこちらへ漂っている。ただ、人はいない。自分がいるばかり。しかし、自分もいないのではないか、そんな陳腐な疑問が淡く湧く。