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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

自己依存

作者: 愛の伝導師

 人間一つは取り柄があるらしい。

 僕はその取り柄を今探している段階だ。

「今日もまた奇妙な事を考えているのかい?」

 と()()()が言う。

 ソイツは不定形で、ドロドロと、例えるならば『ドウ』だろうか。あの小麦粉とかで作る硬いドウ。流れることはなく、一部がポタポタと落ちているのにいつのまにか形は戻ってしまっている。

 そいつが言うにはいつも人前に出る時には形を作っているのに、僕の前に出る時だけ形を作る事を忘れ、それがイメージとして定着してしまい、今に至るらしい。

「ソイツなんてひどい言葉をつかうじゃないか。」

 思考を読み解いたようにいつもソイツは急に話しかけてくる。

「自分の取り柄は大事だよ。」

 こう言う、傷ついた事をわざと伝えてくる時は無視しろと言っているようなものだ。

「なぜだい。取り柄の一つ二つ程度、無くったって生きていける。」

 粘土をこねるように形を作るソイツは普段は体格から何から思い通りだ。

「何にでもなれて自分の思い通りに事を運べるからそんなことが言えるんだ。」

 徹底抗戦の構えを取ると、

「……。ところで今日はどちらにいくの?」

 はぐらかしてすぐに別の話題に切り替える。

 ……。気分の悪い話は嫌いだ。基本は乗る。

「刑務所だよ。」

 自分の用事はそれしか無いのにそれ以外に聞かれたらちょっとむかっとくる。僕の基本を知っているなら尚更だ。

「まだ行くのかい?あんなやつ放っておけばいいのに。」

 同感だ。

 そんなふうな雑談をしながら結局はつく。

 もう顔馴染みになってしまった警官と、ものの数分で書けるようになってしまった書類の山。

 そんなふうに入っていくのは、ある男との面会室だ。

 不機嫌を隠そうともしない男に、いつもの言葉を話しかける。

「なんでまだこんな事を続ける。」

 男はずっと続けた言葉を述べることはせず、黙っている。

 そんな男の心中を、黙って『いつも通り』と合点する。



 ある時、ある女が獄中死を遂げた。その女はいつも、会いにいくと明るい顔を見せて懐いた犬の様に笑顔で話したらしい。

 顔を見たのは一度きりだ。苦悶と屈辱に塗れながら壊れてしまった瞬間の顔。

 その女が今、目の前にいる男の妻。

 その女が死んだ後、男は葬儀なんかせず、その女と同じ収容房に入ったらしい。対応した警官は運の悪い事に女に絆されて、その夫だと言う男の為に房を開けてしまった。

 それからは、脱獄で刑期が伸びたり、囚人への暴行でずっと刑務所の中にいる。

 そんなことはどうでもいい。惚れた女の為に同じムショに入る。そんなクズはどうでもいいのだ。

「娘、見せにきてやった。」

 そんな事を言うだけで、縋ったような顔を出し、情けない声を出す。

『頼む、見せてくれ、元気なのか?』

 この男から何度同じ言葉を聴いただろう。しかし今はもう敵意を剥き出しにして睨むだけだ。

 今日も、見せる気はない。


……。


………………。


………………………………………………。


「なんでいつも見せないんだい?」

 ソイツはいつも他の人が来ると黙ってしまう。

 今日の通学路はすっとした空が見えて、夕陽が雲に反射して夕焼け色の綺麗な空だった。

「アイツがいつまでも出てこないからだ。」

 娘が見たくて出てくるかも知れない。

 そんな考えでいるとソイツが言葉を返す。

「しっかりと良い子に育っているのにね。」

 ソイツの会話の仕方は、一を聞いて二を知るくらいでそれを前提に返してくれるから話していて気が楽だ。

 後は、日課でいつも行っている場所が有る。

 そこによって今日は帰ろう。

「ねぇ」

 答えない。

「楽しい?」

 ソイツの言葉は答えてはいけない。

「楽しい癖に、答えないのは『どうして』?」

 ソイツはわざと被せている。

 一番最初にの問いに少しだけ答えを出そう。僕の取り柄は良いやつな事だ。

「今は目を瞑ってやるのに。」

 コイツは、笑う時に目を瞑る癖がある。それを自覚しているのだ。

「流石、良い子だね。」




 その玄関のドアを開ける。

 その子はいつもこの家にいる。

 とある慈善事業団体が寄付を募り、その子のために家を贈ったらしい。

 僕がその家に入るとドタドタと駆け足で近寄ってくる音がする。

 この子は中学生の時に、この家から出られなくなった。

「やっと来た!」

 綺麗な笑顔でこちらに近づいて、抱きしめる。

 立っている僕に、抱きついてよろけないのは、きっと彼女がとても軽いからだ。

「ねぇ。今日はどうだった?」

「誰かと話した?」

「女の子?男の子?」

「ちゃんと答えてよぉ〜。」

 矢継ぎ早に質問をぶつける彼女に一つ一つ、握った手を解くように言葉を返していく。

「変わらなくてつまらなかったよ。アイと探してる方が好き。」

 こう答えれば彼女が喜んで、もっと強く抱きしめる。

「話したよ。女の子の友達は少なくてあんまり話さないかな。男の子と話してる時もちょっとつまらなかったよ。」

 こう答えれば彼女は自分が好かれていると思ってくる。

「男の子だよ。」

 こう答えれば、彼女は嫉妬しない。

 そうして落ち着いて甘え始めた彼女に、僕は……

「今日もご飯を作ってあげる」

 そう言って当たり前の様に僕から離れてソファーに座る。

「テレビつけて!」

 いつものことだ。今自分が面白いと感じない番組を付けている。

「……。」

 黙って無感動にテレビを見ている。きっと何一つ信じて居ないし、何一つ聞いて居ないだろう。

 そのうち、ご飯を作り終わり、配膳の用意ができたので、

「配膳しろ」

 と命令する。その言葉をなんの事も気にしないで配膳する。

 昔、僕が美味いと言ったらそれしか食わなくなることがあった。試しに一般的に誰も彼も嫌いなピーマンや苦瓜を美味いと言ったらそれを美味しいと言ったのでつまらない食事にしてやろうと思い立ち、必要なだけの栄養剤を必要なだけ飲ませて終わらせている。

「ね」

 一文字はで話しかける時は大抵無視して問題ない。

「……。私はどうすれば良い?」

 毎日同じ事をいって完全に僕に従っている。

「いつも通り、9時に寝て、6時に起きて、ソファに座って待って居て」

「わかった。」

 ねぇ、『どうして』答えてくれないの?

 僕は、この(奴隷)が嫌いだ。




「いつも通り良い子だったな、あの子。」

 またソイツは現れて俺に話しかけてくる。

「反抗的な事をしない考えもしない思考停止で依存してそんなことすら考え付かずキミに考えて貰って、キミに栄養を貰ってキミの言うことをなんでも聞いてくれる、都合の()()()に育ったね」

 コイツも同じだ、相手に向かって喋っていない。ただ、相手を詰る単語を一息のうちに言い切っている。

「黙れ。」

 返す言葉はなく、負け惜しみの一言以外、頭に浮かばない。

「あの子の父親をキミが見ていて楽しかったように僕も負け惜しみしか話せないキミが大好きださぁもっと言ってみてくれ」

 ソイツが続けた言葉は俺を苛立たせるには十分で、期待に沿うことしかできなかった。

「黙れ。」

「黙れ。」

「黙れ。」

「だまれ。」

「だまれ。」

「だまれ。」

「だまれ」

「だまれ」

「だまれ」

「だまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれ」

だまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれ

 いつのまにか家の前に立っていてアイツが傷を触らないから成り立っていたいつも一番気楽だった空間は、壊れてなくなってしまった。

 でも大丈夫。自分には自分の部屋がある。

 家でいつも見る光景は、自分の父がたった一人の使用人を怒鳴りつけている光景で、それが嫌いですぐに部屋に引き篭もる。

 帰ってきた部屋には何も無くて、さっき怒られていた、義理人情の首輪を嵌められた使用人がいつのまにか後ろにいて、僕を独り立ちさせるためにお父さんが部屋の物を全て捨てたと言った。

 この部屋にはお兄ちゃんに買って貰ったものと、お姉ちゃんの宝物があって、それが宝物で、僕は僕の宝物に囲まれて寝ていて、そんなどうしようもない記憶が歯車のように回り続けて、でも僕は知っていた。

 無駄に大きいこの家は家財を売りながら家を守っていて、一人じゃ掃除しきれない家で掃除が行き届いていない事を『僕の』使用人に起こっていて、遂に僕の使用人が守ってきた僕の部屋を、お父さんが土足で踏み荒らして、学校に通っている僕を金食い虫として捨ててしまって、大切なものの一つも残っていないこの(部屋)にいる必要なんかなくて、たった一つのこの居場所で僕はさようならをしたんだ。


 昔助けてくれた私の恩人がいなくなってしまった。この部屋と共に亡くなろうとしたのだろうか。

 でもすいません。最後のわがままを赦してください。私はあなたのお膝元で眠りにつきたい。だからこの部屋にたった一つの異物になる事の罪を。


 あの人がテレビを消さなくて、朝6時からここについてテレビを見ていた。するとあの人が亡くなったと言うニュースが流れた。しかしその意味が理解できなくて、ニュースが流れてから4日後には今度は私のニュースが流れた。


 娘が死んだ。そのことはどうでも良い。しかし今まで謂れのない罪で伸び続けた刑期が終わって。妻のいた所には行けなくて、たった一つ向えば住めた家の場所すら分からずに私はそのまま餓死をしたんだ。


 依存した、自己に、妻に、好きな相手に、恩人に。

 たった4人分地球は軽くなった。

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