コックピットから降りたとき気まずい
俺の姿を見た瞬間、医者は甲高い悲鳴を上げた。
傭兵団にいるということは戦場医だろうに、神経が繊細なのかもしれない。
まあ、腹にケーブル突き刺さった兄を見て悲鳴のひとつもあげなかった、リサにクソ度胸があるってだけかもしれないな。
狭いコックピットの中にあらゆる医療器具を持ち込むと、俺と医師の2人でギリギリだった。
看護師の入る隙間がない。ひとりで大変そうだ。俺に手伝えることあるかな。
注射器を持ったまま、医師は動揺した。
「麻酔が効いてない!?」
「そのままで、いいよ。いたくないし、ねるほうがこわい」
「ほ、本当ですか!? もうこのままやるっきゃないので、やりますよ!? やりますからね!?」
俺より医者のほうがビビっていた。
やっぱり患者本人に見られながら手術するのは緊張するのだろうか。
「あ」
「なんですかなんですか!? 急に痛覚戻りました!?」
手術の最初はメスではなくカッターだった。
なにしろ俺の腹にはケーブルが埋まっている。これを切らなければ話にならない。
だが方法が良くなかった。
「いや、そのいちを、ぷらずまかったーで、きるのは、よくない。つうでんして、ねつをもつか、ばくはつする」
「ちょっと! 僕の専門は医学であって工学じゃないんですが!?」
「なら、おれがいてよかったね。のこぎりある?」
「アンタがいなかったらそもそもこんな意味わからん手術やってないんだよッ!」
叫んで文句を言いながらも、医者はのこぎりを引っ張り出してきた。
こんなに文句を言われるなら、やっぱりもう腹にケーブルぶっ刺したまま機体の一部として生きた方がよかっただろうか。
多用している薬の影響か、過労のせいかはわからないが、日に日に体は弱り、そろそろ自立歩行が厳しくなってきていたところだ。
操縦席から降りれるようになっても歩けないかもしれないから、別に腹にケーブルが刺さっていてもあんまり変わらなかったかもしれない。
「あぶないし、やめてもいいよ」
「この状態の患者を放置していけるやつは医者じゃねえ!」
先程までの敬語をかなぐり捨ててそう叫んだ医者に、俺は感心した。
やはりA07を出ると、こうした正義の医者もいるのだな。
あの区画では正しい医療の知識を持っていることが権力のひとつだったし、医者を名乗る誰もが患者から少しでも金を巻き上げようとしていた。
医術を持っているフリをする詐欺師など数え切れない。
B29に来てよかった。
俺はきょうだちたちを金銭的な面では支援できるし、物理的な脅威からも守ってやれるが、病気となってくると難しい。
A07では金があったところで、まともな医者がいないのでどうしようもなくなっていたかもしれない――このケーブルがぶっ刺さったときの俺みたいに。
「あ」
「今度はなんです!?」
どこかで見覚えがあると思った。ようやく思い出した。
この医師は俺がこの基地にやってくる前に予知で見た男だ。
スナイパーもやっているユリウスという男で、エリナを殺した俺を恨んでいるはずだ。
「いや……あなた、おれのこと、きらいじゃなかった?」
「はあ!? 嫌いだからって患者見殺しにする医者がどこにいるってんですか!!」
A07にはそのタイプの医者しかいなかった。
育ちがいいのか、その割にはずっとキレている。
いや、ずっとキレているにも関わらずまだ上品なので、やはり育ちが良いのだろう。
素朴な正義感を持っているというだけでもそれが証明されている。
「ユリウス、きみにおれのいのちをあずける」
「もうあずかってますけど!?」
「……ねむい」
「寝たら死にますよ起きてろ!!」
ユリウスは最終的に俺にビンタをした。
痛みよりも、生まれて初めて人からビンタされたという精神的衝撃のほうで起きた。
これが所謂「親父にも……」というやつか。
手術は無事終わり、俺はコックピットからようやく降りることができた。
もともと機体の中で死ぬ覚悟は決めていたが、生きたまま降りられなくなる想定はしていなかったので、降りられてなによりだ。
降りたが当然立ててはいない。担架で運ばれただけだ。
見物人はいっぱいいた。傭兵団ってこんな人数いたんだ。
俺の姿を見てどよめいている――傷は毛布を掛けられて隠れているはずなので、グロさにうめいているわけではなさそうだ。
こんな雑魚そうなやつが仲間になったんかよ、あとで上下関係をわからせておくか、みたいな相談だろうか。
せめてもうちょい傷治ってからやってほしいな。
これからリハビリは必要だが、俺の回復力はユリウス曰く人を超えているとのこと。
病弱だと思っていたが、逆だったのかもな。
丈夫だったから、ここまであらゆる無茶をしてきても、未だ生きていた。
痛み止めください、と言ったらとっくにオーバードーズなんだよ! とブチギレられた。しょんぼり。
そして、ヴォルフ団長から改めて、大体の事情は聞いた。
俺は長いこと、この世界のことを勘違いしていたようである。
き、気まず~い!
エレナという女性も、てっきり俺が殺したのだと思い込んでいたが、ただ単に配置替えしただけだったとは。
今俺に点滴を打っているのがエレナだ。
俺の血管が見えなくてブチギレているものの、元気そうで何よりだった。
やっぱり、みんな機体には直接乗り込んでないんだって。
遠隔操作でやってんだってよ。ハイテクゥ。
それもまた気まずい。
みんなでラジコン使ってプロレスしましょうね、とやっていたところ、ラジコン相手に生身でリングに入って来た狂人が俺ってことじゃないか。
そりゃみんな「人間みたいな超絶技巧ロボット来た! やばい!」と思うに決まっている。
そのリングにはロボットだけが乗ることが前提なのだ。
俺よりロボットをうまく操縦できる人間はこの世界にいないぜ! チートだ! ヒュウ~! とはしゃいでいたのが恥ずかしくなってきた。
みんなコントローラーを握ってあくせく頑張っていたんだな。
俺は直接乗り込んで操作していた。
チートがまさしくズルという意味になっている。
しかし、俺がそうだったらいいな、と思っていたことが実現していたのはよかった。
つまり俺が今まで全部叩き壊してきたロボットはすべて無人機で、俺は誰も殺したことがない。
「おれ、ひところして、ない?」
「ああ、そうだ」
ヴォルフ傭兵団の機体で完全に潰せたのは、エレナ機だけだ。
しかし他に所属する機体ならば、もっと山のように破壊してきている。
その誰もが無人機だったのか、と尋ねれば、有人機を使っているような勇者がいれば、俺と同じくらい有名になっているだろう、とのことだった。俺有名だったんすか。
道理で命かけてる割に、俺への支払いが渋いと思った。
命をかけていないと思われていたからだ。かけ損である。
カス治安のA07区画で、俺のような勇者が他に現れなかったのは、ジャンクを組み立てる技術がないからというより、そんなことするには金銭的に割が合わなかったからだろう。ともかく。
「よかった」
この世界に転生してきて、チート能力を持っていても思い通りにいったことはあんまりなかったが、これに関してだけは思う通りにいったかもしれない。
人殺しになりたくない、という願いが通じて本当に良かった。
エレナの機体を破壊してから――あのラジオを聞いてから、うまく眠れていなかったのだ。
今夜はぐっすり寝れそうだ。
「それより、私たちの方がすまない。君が乗っていると知らず、我々は君が死んでもおかしくない攻撃を、この3年間繰り返していた」
「それの、なにがわるい?」
お互い幸運だった、で済む出来事だ。
辛くも俺は死なず、彼らを退け続けることで日銭を稼いで生き延びることができたし、彼らは撃墜しひしゃげた敵ロボットの中から、つぶれた子供の死体を発見せずに済んだ。
「ころされても、うらまない」
戦争だから仕方がない。
なんにせよ、中に俺がいることを知らなかったのだから仕方あるまい。
彼らにとっての常識が無人機で、俺の機体も当然そうだと思っていたのなら、尚更責めるつもりなどない。
むしろ俺が責めたいのは、色んな無茶をしたリサだ。
「リサ。あぶないよ、いろいろ。くすりも」
「私に薬が投与された時点で、それは私にとって安全であることを意味するわ。薬が有害で、私が少しでも苦しむのなら、その未来を兄さんは選択しない」
随分な信頼だった。
俺は不調で、さっきまであんまり未来が見えていなかったことに関しては、黙っておくことにした。
想像の中でくらいは、できる限り有能な兄ちゃんでいたいものだ。見栄くらい張りたい。
奇しくも、俺はリサに同じことを考えていたからだ。
あの予知を覆そうと思わなかったのは――リサが注射される瞬間、嫌がっていなかったからだ。
リサが大丈夫と判断したのなら、大丈夫なのだろうと、俺もそう思ってしまった。
リサが俺を信用するように、俺もリサを信用しているのだ。
やっぱり言ったほうが良いか。
今回はなんとかうまくいったが、俺とリサのこういったすれ違いが、いずれとんでもない未来を引き寄せてしまう可能性がある。
リサは俺より頭が良いから、俺の予知の使い方を、俺よりよく理解できそうだ。
しかしわざわざヴォルフ傭兵団に聞かせる必要はない。
これは俺の弱点でもあるのだ。
まだそこまでの信頼関係は築けていない。仮入団がようやく終わりそうな段階である。
腹に穴の開いていた間の予知の不調、それ故にリサの危険をすべて排除することができなかった――俺は正直に、リサに告げた。
「だからごめん。おれ、これからずっとは、リサのこと守れない――リサ?」
想像していたリサのリアクションは、失望、軽蔑の類であった。
正解してしまうのが恐ろしかったので、予知ではみなかった。
しかし思っても見ないことに、情けない俺の発言を聞いたリサは、笑顔であった。
交渉相手に見せる作られた愛想笑いなどではなく、「あはは!」と活発な声つきの、俺が見たいと思っていたリサの笑顔が、ここにあった。あれぇ?
「私、兄さんの完璧を崩せたのね」
言葉の意味はよくわからなかった。
晴れやかな笑顔のまま、リサは俺の両手をとって言った。
「兄さん、これからは私が守ってあげる」
いやあ、兄ちゃん的にそれはちょっと……。
ちなみに、俺は遠隔コントローラー仕様の無人機の操作でも、きちんとチートを発揮することができたので、食い扶持は自分で稼げそうだった。
リサはどうしてか不満そうな顔をしていたが、俺が死ぬ可能性が減ったことにマルコはにこにこだったし、有人機より無人機の方が改造の幅が圧倒的に広いのでシセルはうきうきだった。
トトとナギがこれからも健やかに暮らせるよう、まだまだ兄ちゃんは頑張らなければな。
だが――もう、コックピットには戻らない。