きょうだいに信じられすぎてて気まずい
俺がヤク中になっていても、まあそうだなと納得する。
少なくとも、この世界においては絆創膏くらい出回っている、安価で手に入る痛みを誤魔化すための薬がなければ生活がままならない。
薬を使っていない時間がないので、もはやその感覚も久しいが――痛くない場所がない。
痛みで動けなくなっては、流石に機体も操縦できない。
切らさず薬を投与し続け、投与してない期間がないから、やめたときに禁断症状がでるのかどうかさえも知らない。
俺の活舌が非常に怪しいのは、たぶん薬のせいだ。
使っていない時にしっかり喋れるのかどうか検証したことがないので、たぶんとしか言えないのだが。
ゆっくり喋ることで舌がもつれるのを防いでいるが、そのうちマルコみたいに喋れなくなるかもしれない。
そうなる前にテレパシーを鍛えられるだろうか。
マルコ以外とテレパスでつながったことがないので、俺は予知の他には不思議パワーを持っていない気がする。
この機体は俺専用なので重いレバーはないが、指先くらいは使ってボタンを押さなければならない。
もうちょっとだけこの世界の技術が進んでいて、脳波だけでロボットを動かせればよかったのに。
あるいはできるのかもしれないが、それにはちょっとだけ俺の想像力と、ジャンク品が足りなかった。
ともかく、ヴォルフ傭兵団に転がり込んで、この腹にぶっ刺さったケーブルを引っこ抜いてもらおう、という作戦は暗礁に乗り上げた。
相手が俺を殺したがっているかもしれない、という疑惑が浮かび上がったからだ。
今思うと、俺を「昔のことは気にしないよ、今より良い職場で働こうよ、家族と一緒に」などといういかにも甘言で釣りあげ、油断したところを殺そうという作戦なのではないかとさえ思う。
マルコが激しく首を横に振るので、今のところ逃げ出していないだけだ。
すぐにでも治療するべきだ、とマルコは思うが、俺はためらっていた。
とんでもない体調不良のため、俺の予知能力も絶不調だが、それでも見える未来はある。
――傭兵団長ヴォルフが泣きながら俺のコックピットに足を踏み入れるところだ。
あの強面で軍人気質の男が泣くって、何?
やっぱり仲間の仇討ちが目的で、俺を殺す間際に感情が高ぶりすぎて号泣してしまったのでは?
冷静な男でも、仲間の死のためにならば泣けるという、そういうよくある展開――マルコは首をぶんぶん横に振った。
マルコにはこの未来の詳細が俺よりもわかるらしいが、あいにく俺の方はマルコの気持ちを読み取るテレパシー機能がほとんど停止している。
俺がマルコに願うのは、とにかく、リサとシセル、トトとナギを守ってくれ、ということだ。
物理的にここから俺は動けず、ロボットごと動くにしては傭兵団の基地は少々手狭である。
ロボットのままでは入れない建物は多い。
そもそもこの機体からエネルギーコアは取り外されている。
流石にヴォルフ傭兵団も、仮入団しただけの機体を無防備に放置するほど馬鹿ではない。
マルコは力強くうなずいて、ともかく医者を呼べと俺に強く願った。
コックピットの中まで侵入されたら、俺にできる抵抗はかなり限られるし、手術のために麻酔でもかけられたが最後、俺は無抵抗に殺されてしまう。
きっと俺が殺されることはないのだと、マルコの様子を見て、そろそろ信じるべきか。
俺がそう考えた途端、マルコは顔を輝かせて飛び上がった。
その拍子にコックピットの天井に頭をぶつけ、ガコンと大きな音を立てて凹んだ――天井の方が。
マルコは慌ててぶつけたところをさすった――天井の方を。
自分の頭は確かめるまでもなく無事らしい。
マルコの頭突きにも耐えられないコックピットを、最後の砦のように思い続けるのは滑稽か。
この機体は動くのが奇跡のような鉄屑で、資材の潤沢な傭兵団であれば、俺ごと機体を叩き潰すなど容易だ。今殺されていないのなら、今後も殺されないと信じよう。
俺はコックピットの中に人を招き入れる方針に転換した。
マルコはそれをずっと望んでいたはずだったのに、どこか不満そうな顔をしていた。
ごめん、兄ちゃん今テレパスが不調で……。
……
カードゲームで勝ったグレンは大げさに喜びを表現していた。
負けた相手は頬を膨らませ、グレンを指さしながら非難した。
「いじめっこ! グレン、そんなんじゃモテないよ!」
「うわあ!」
グレンが胸を押さえてひっくりかえると、指を突きつけたトトは目を真ん丸にした。
隣のナギに「リサに聞いた呪文、ホントに効いた」とこそこそ話したが、筒抜けである。
なるほど、攻撃性の高いこの呪文は、彼女らの姉による教えだったらしい。
ここまで言われるようなことをした方が悪いので、グレンは素直に謝った。
「いじわるして、ごめんなさい」
「トトはいいけど、にいちゃんは虚弱だから、いじめないであげてね」
トトの兄、マルコは大人顔負けの力持ちだ。
身長も既に大人相応で、怪我や病気を想像できないほどの健康体である。
だからトトの言う虚弱な兄というのは、もう一人のことだろう。
スクラップ。イメージにない話だった。
そもそも彼らの兄をまともにイメージできるほど、彼のことをなにもしらない。
少しでも情報が欲しくて、グレンはトトやナギと遊んでいるのである。
もちろん、情報収集を大義名分とした堂々たるサボりのために、グレンは一層任務に熱心な振りをしているわけだ。
休めるのなら情報は聞けなくても構わないと考えていたが、聞けるのなら聞いておこう。
もしかするとちょっとしたボーナスくらいは出るかもしれないのだ。
ずっと黙りこんでいたナギが、兄のこととなるとぽつりと喋った。
「兄、すぐ咳する」
「そう、病気いちばんなってる」
「足おそい」
「杖つかないと歩けない。逃げるときもいちばんうしろ」
なるほど、とグレンは頷いた。
病気を持っているというのなら、治療方法を求めて我が傭兵団にやってきたというのは、多少納得のいく理由だ。
グレンが無線で200回以上も口説いたのを全部無視しながら、突然話に応じたのも、持病が悪化してなりふり構っていられなくなったから、というのであれば自然である。
「いじめたらマルコに言いつける!」
「リサにも」
グレンはホールドアップして投降した。
サボりたいから彼女たちと遊んでいたはずだが、グレンの方も随分情が移ってしまった。
正味、エレナが戦場からいなくなったことに関して、グレンはユリウスと同じかそれ以上に、スクラップに対して恨みに思っていた。
あの大躍進が間近で見られることが、ヴォルフ傭兵団にいる一番の理由だったのだがなあ。
だが、スクラップの家族とこうも仲良くなってしまうと、そう憎み続けるのも難しい。
ヴォルフ傭兵団は、もともと家族のようなつるみ方をしている。
彼らは既に、その一員になりつつあった。
「グレンがにいちゃんよりデカくても、にいちゃんのがつよいんだからね!」
「グレン、無駄に歳取ってるだけ。兄のがすごい」
姉が考えたのではなく、彼女ら自身が考えた攻撃呪文が飛んできたが、グレンは言い返さなかった。
罵倒ついでに兄の情報が手に入ったからというのもある。
ここは年長者として、俺が折れてやりますか、とグレンはため息をついた。
……
「兄ちゃんなんでいつもボロボロなのって聞くと、最後に逃げるようにしてるからって言う」
ニコは子供の扱い方を知らない。
だから率直に聞いたのだ、「あなたのお兄ちゃんについて教えて欲しい」と。
シセルは機械を組み立てる手を止めず、ニコの目を見ないままに喋りだす。
「他の機体なくなったら、兄ちゃんにもっとお金行くんじゃないって聞いたら、本当にそう思う? って。シセルがそう思うならそうしようかって聞くから、ううんって言った。人が死んだら悲しいから」
それだけ話す間に、シセルが作っていたものはあっという間に完成した。
シセルがボタンを押すと、ややノイズの入った声で「人が死んだら悲しいから」とシセルの声が聞こえた。録音機だ。
シセルが好きにして良いと言われているのは廃材置き場の不用品だけのはずである。
それからここまでのものを、あっという間につくりあげるなんて、とニコが褒めるよりも早く、シセルは録音機を床にたたきつけて破壊した。
「機体が好きなのは、壊れても何度でも直せるから。人は死んだら戻ってこない。だから嫌い」
シセルは壊したジャンク品を再び組み立て始めた。
「聞いたよ。あなたの姉さんを、兄ちゃんが殺したんだってね。でもボク、兄ちゃんが好きだから、兄ちゃんのこと許してくれるなら、ボクのこと代わりに殺していいよ。それで気が済むんなら、大事なことだよね。人はパンだけじゃ生きていけないんだよ。心のことがいちばん大切だから」
ニコがなんと言うか迷っていると、シセルは淡々と続けた。
「兄ちゃんが死んだらボクも生きていられないから、殺していいよ」
最後にそう言って、組み立て終わった機械のスイッチを押した。
違う形に組みあがったそれは、ノイズまじりのシセルの声で「殺していいよ」と繰り返した。
シセルが一度録音機を床に叩きつけた際、多くの部品がねじ曲がり、形を変えたのを見ていた。
違う部品から、同じ性能のものをつくりあげたのだ。それもこの話をしている短い時間で。
ニコは、シセルの技量にゾッとした。
手のひらに乗せられた、スイッチを押せば「殺していいよ」と繰り返す録音機にも、恐怖を覚える。
形に残る言質を取らせた、ということなのか。
ともかく、この件は慎重に扱わなければならない。
誰かに相談して対処を決めるべきだと判断したニコは、そっと部屋を後にした。
……
ヴォルフはリサと面談していた。
スクラップのきょうだいのうち、年長者はリサとマルコだが、会話が成立するのはリサだけである。
「兄は天才なんです」
リサは淡々と言った。
「ゴミ捨て場のジャンクから動かせる機体を組み上げて、動くだけで奇跡の機体で戦いを勝っていく」
「ああ。まだ信じられないほどだ。鉄屑同然の機体が、我々を翻弄し続けていたというのはな」
実際、あの機体にはまだ秘密が眠っていると、ほとんどの団員が考えている。
スクラップが今も尚、家族以外の誰にも機体を触らせないというのが、その噂に拍車をかけた。
「兄さんがゴミ捨て場から拾ったのは屑鉄だけじゃありません。私たちもです。私たちの誰も血がつながっていない。ただ兄さんの前で泣いたから。おなかが空いてうごけなくて、雨に打たれて寒くて、ミルクがもらえなくて、おむつを替えてもらえなくて、親がいなくて――泣いたから、兄さんが助けてくれた」
「立派だと思う。早々真似できることではない」
「私たちを助けるために、兄さんはどんな無茶もした。私たちに食べさせるパンを買うために、生きてるのが奇跡の戦場を何度も潜り抜けた。兄が泣いているところを見たことがない。死んでしまうかもしれない高熱でも、お腹に穴が開いていても。私たちを不安にさせないために、全部を我慢してしまう。兄さんは私たちを泣かせないために、なんでもやるんです」
リサは乾いた目で言った。
「だから私たちはもう泣きません。兄を死地に送らないためなら、何でもやります。私は多少の計算と文字の読み書きができるし、マルコは力持ちで、シセルはジャンクから機体が組めます。トトとナギはまだなにもできませんが、その分私たちが働きます。私たちにできることはありますか」
ヴォルフは、きょうだいたちだけをここに送り込み、姿を現さないスクラップを不審に思っていた。
家族ならば、一番近くにいて守ってやるべきだろう、と感じたのだ。
しかしその肝心の家族こそが、その兄を守りたくて、大事にしまっておきたいと考えているのならば、話は別だ。
リサは表情こそ動かさなかったが、その声の響きは切実だった。
ヴォルフは、その言葉は間違いなく真実だろうと思った。
「兄をスクラップにしたくないのです」