転職先の同僚を殺してたとき気まずい
仮入団といっても、一旦家族を預かってもらうことは可能なようだった。
そうでなかったら俺はどうしようもなくなって、内部からヴォルフ傭兵団を攻撃するトロイアの木馬方式を採用するしかなくなっていただろう。
こちらの傭兵団に参加するということは、B29につき、A07を攻撃するということだ。そのA07に家族を残したままでは、俺は攻撃に参加できない。
ヴォルフ団長との交渉の上で、俺自身が機体できょうだいたちを迎えに行った。
迎えに行きながらも、やることはある。
さて、まずは偵察だな。
俺だけならまだしも、きょうだいたちを連れて戻った途端、きょうだいを人質にとられてジ・エンドになっては笑えない。
俺は今機体から降りられないから、潜入活動には向かない。しかし俺には予知能力がある。
集中すれば、少し先の場所の少し先の未来で、どういった会話が行われているかくらいは視ることができる。
腹の傷を気にしないようにしなければならないので、未来予知は普段よりずっと難しい。
いつもよりずっと時間をかけてようやく見えたのは、ヴォルフ団長と思しき男と、痩せ型で白衣を着た、医者と思われる男だ。
「僕は反対ですよ。スクラップのせいでエレナは戦場を去った」
医者が不機嫌な顔をして、団長に言う。
「ユリウス、あれはエレナの判断だった」
「だが原因になったのは確かでしょう。戦場を愛してたバトルジャンキーが、あんな終わり方をするなんて。僕は悲しいですよ、もう二度と彼女の雄姿を見ることができない。彼女を盾にしてスナイプするのが一番楽だったのに」
戦場に出るタイプの医者のようだった。
なるほど、スナイパーというのであれば俺にも覚えがある。
何度も撃ち抜かれそうになって、随分な凄腕がいるとは思っていたんだ。
戦場でその姿を見たことがないので、よほど遠方から射撃しているのだろう。
いいな、俺もそういう才能だったらここまで怪我しなかったのに。
ユリウスと呼ばれたスナイパーもやっている医師は、吐き捨てるように、次の言葉を続ける。
「ともかく、僕はスクラップが嫌いだ。気持ち悪い。視界には入れたくありません」
「わかった」
ヴォルフは了承した。
――ここまでが予知で見た内容だ。
ため息をつく。
俺はヴォルフ傭兵団の機体を、一機潰したことがある。
やけに好戦的な機体で、一時期は毎日相手をしていた。
俺でも苦戦する相手だ。手加減は難しい。
ある日、俺はやりすぎた。完全に相手の機体を潰し、動かない状態まで叩き壊した。
――それ以来、その機体を見ていない。
当然だ。俺が壊した――俺が殺したのだ。
あの日は帰ってから吐いた。
今まで敵の機体を何度もボコボコにしてきたが、あそこまで明確に、中に人がいたら確実に死んだと思うほどに破壊したのは初めてだった。
この傭兵団に来ようと思ったきっかけの、グレンのラジオ放送を思い出す。
『これまで敵だった? そんなの関係ない! 過去の戦績も不問!』
戦場で俺に降参を促したヴォルフの言葉も思い出す。
『お前が倒した仲間? そんなの、戦場じゃよくある話だ』
――本当だろうか。俺が彼らの仲間を殺していても、不問になるのだろうか。
グレンがこの放送を流したとき、そしてヴォルフが自ら俺に降伏を促したとき、俺が彼らの仇だとわかっていなかった、ということはないと思う。
俺ほどのジャンク機体を動かしているのは早々いないはずだ。
だが、彼らのリアクションは、俺がこの誘いに乗るとは思っていなかった、という態度で一貫している。
つまりポーズで勧誘しただけだったのに、マジで仇がきちゃったよどうしよう、ということだったのか。
ずん、と気分が重くなる。
勘違いしちゃったよ、そうだよな、こういう誘い文句って、そりゃ大袈裟に言うものだ。
彼らの復讐対象が俺だけならまだいい。
俺のきょうだいにまで、一族郎党皆殺しだ、というように殺意を向けられたら困る。
彼らは理性ある人たちのようだから、無害なこどもたちに手を出すことはないと信じたいが、恨みは人をおかしくするだろう。
良い転職先がみつかったと思ったのに、ぬか喜びだったらしい。
彼らが良識ある大人であると見込んで、きょうだいたちだけを置いてここを去るというのはひとつの選択肢だろうか。
いや、それにはやっぱり、俺が彼らの仇であるという情報が邪魔をする。
きょうだいたちの隠れ家にたどり着いたが、これからどうしよう。
もう一度集中して、きょうだいたちに危害が及ばないか確認するか――そう思ったところで、ゴンゴンゴン、といつもより大きなノック音がする。
誰がノックしたかわかったので、俺は入っていいよと頷いた。
声は出さなかったが、間違いなく伝わった。
ハッチを開けて入って来た弟のマルコは、少し焦った顔をしていた。
なにかあったのか心配に思うと、すぐになんでもないと首を横に振る。
――ああ、俺がマルコたちを傭兵団に預けて、どこかに行ってしまうかもしれないと不安になったらしい。
その考えはもう持ってないよと頷くと、マルコもうん、うん、と何度も頷いた。
ハッチを後ろ手に閉めて、操縦席の傍に滑り込んでくる。
マルコもリサと歳は同じくらいで、地球だったら男子中学生くらいの年齢のはずだが、発育が良く大人と見まごう体格をしている。
可能な限りいっぱい食わせた甲斐があった。
きょうだい一の力持ちで、機体を組み上げる実行者はマルコだ。
俺やシセルはジャンク品をどう組み立てればいいかわかっても、それをやるだけの筋力がない。
大柄なマルコがコックピットの中に入ると、とても狭い。みちみちだ。
俺としては構わない。家族の距離感として、このくらい顔が近くても問題ないからだ。
俺の膝にそっと手を置くと、マルコは悲しそうに微笑んで、自分の腹をさすった。
それはエネルギー伝導ケーブルが貫いている、俺の腹の位置だった。
ぎょっとして、慌ててマルコに謝る。
「いた、かった? ごめん」
俺に予知のチートがあるように、マルコにも特殊能力がある。
いわゆるテレパシーとかいう能力だ。
マルコは喋れないが――あるいは自分の意思で喋らないだけかもしれないが――テレパシーで意思疎通をすることができる。
俺の質問に答えず、マルコはもっと悲しい顔をした。
マルコ自身が痛みを覚えなくとも、俺が痛いと思っていることは彼に通じてしまった。
それはつまり、共感したマルコも痛いということだ。
謝ろうとした俺を遮って、マルコは俺に薬を手渡してきた。
傭兵部隊で雑用をこなし、融通してもらったのだという。俺より先に転職先で働いとるやないか。
マルコが思うに、これは造血剤と抗生物質だった。
今の俺に一番必要なものである。
これがあれば、腹から金属を引き抜くことはできなくとも、この状態のままもうしばらく踏ん張ることはできるだろう。
あるいは、これがあれば無理矢理ケーブルを引っこ抜くという無茶ができる?
俺がそう思った途端、マルコは激しく首を横に振った。
わかった、やらない。そう思うと、マルコは安心して息を吐いた。
「どこで、てにいれた?」
それなりに質の良い医薬品だった。A07では、これをめぐって4〜5人死ぬだろう。
マルコから、映像イメージが送られてくる。
金髪の女性が「エレナ!」と呼ばれ振り返る一瞬のビジョンだ。
映像はその後も続きそうだったが、俺の集中力が途切れてしまい、その先が見れなかった。
思いや気持ちよりもさらに具体的な映像は、伝えたり受け取ったりするのが難しいのだ。
エレナ、その名前は――ついさっき、予知で聞いたばかりである。
「……きち、はいった?」
恐る恐る尋ねると、マルコがこくりと頷く。俺は頭を抱えた。
予知で自分やきょうだいたちに危険がないか調べている間、マルコは既に基地に入って色々やっていたわけだ。
俺の弟はなんて仕事がはやいんだ。えらいね。
でも兄ちゃんあんまり危ないことしてほしくないぞ。
盗んだ訳では? マルコがぶんぶん首を横に振ったので、それはなさそうだった。ほっとする。
マルコ含めきょうだいたちには、犯罪に手を染めないよう口を酸っぱくして言っている。
彼らも言われるまでもなくやらないようないいこたちだが、人のためとなると少々怪しくなる。
つまり、死にかけの俺を救うためならば、手段を問わないかもしれない、ということだ。
ともかく、彼女がエレナなのか。
殺した人間の顔がわかってしまうと、余計に落ち込む。
美人だった。美人でなかったとしても命を奪ったことには変わりないが、なんだかもっと罪悪感が増したような気がする。
彼女が死んで惜しんだ人はきっとたくさんいたのだろう。
俺がビジョンを正確に読み取れなかったことがわかったマルコは、大丈夫、という気持ちだけを強く伝えてきた。
「ありがとう。なぐさめてくれて。でもおれがひとごろしなのは、かわらない」
ぶんぶん、凄まじい勢いでマルコは首を横に振った。
あまりの勢いに、風圧で俺の前髪がはためいたほどだ。
尊敬してくれていたであろう兄が人殺しとわかり、ショックな気持ちは理解できる。
だが変わらない事実だ。軽蔑してくれて構わない――マルコから強い「違う!」という気持ちが伝わって来た。
その強い気持ちに面食らったのか、その後たくさんのことを考えてくれたマルコの気持ちを、途端にぼんやりとしか理解できなくなってしまう。
ともかく、大丈夫だ、心配しなくていい、と願っていてくれていることはわかる。
だが、マルコは俺にそれが伝わっただけでは不十分だと感じている。
俺にはなにか、もっと知らなければならないことがあるらしい。
「……? ごめん、マルコ。おれ、ちょうしわるい。いつもみたいに、おもってること、ぜんぶ、わかってあげられない」
なぜ調子が悪いかといえば、腹に鉄の棒がぶっ刺さっているからである。
その痛みを誤魔化すために、いつもより薬の量を盛っていることもあり、正直ずっと意識は朦朧だ。
しかし長兄として、その程度のことで弟のことをわかってあげられなくなるなど、恥ずべきことだ。
マルコはしばらく俺に思いを伝えようと四苦八苦したし、俺もなんとか思いを読み取ろうと七転八倒したが、完全に通じ合うことはなかった。
落ち込む俺をマルコが慌てながら慰めて、頭を撫でてくれた。これでは兄弟逆転である。
また来る、とマルコは思って、コックピットを後にした。