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誘いに応じたら仰天されたとき気まずい

 ヴォルフは団長として戦場に出ていた。

 最高速で先陣を切る。今日のヴォルフはスクラップ担当だ。

 誰よりも早くスクラップと接敵しなければ、被害が広がってしまう。


 いち早くスクラップを見つけ、ヴォルフは機体を一定の距離を保つように配置した。


「ヴォルフ傭兵団団長より、敵パイロットへ通達」


 スクラップの様子がおかしいことは、一目見てわかった。

 ヴォルフがやってきても動かない。ランプは点灯しているが、微動だにしなかった。

 こうして目の前でお見合いになることなど、今までに一度だってなかった。


 異常事態の時ほど、冷静さを保たなければならない。

 ヴォルフはいつも通り、降伏を促す文言を通達した。


「聞こえているか? お前の腕前は何年も見せてもらった。こちらに来たほうが賢い選択になることはわかっているだろう」


 普段ならば、スクラップは即座に突っ込んでくるか、即座に逃げ出す。

 A07の他の機体が逃げ出すなら突っ込んで来て、逆に他の機体たちが突っ込んでくるのなら逃げ出す。


 単独行動を好む、あるいは皆と同じ動きをしたくない天邪鬼、そういう認識だ。

 だが、今日のスクラップはヴォルフの前に立ち、やはり動かない。

 ヴォルフは怪訝に思いながらも、恒例になっている勧告を止めなかった。


「今からでも遅くない。武器を降ろし、ヴォルフ傭兵団に参加しろ。 これまでの戦果は不問、保証は十分にある。お前が倒した仲間? そんなの、戦場じゃよくある話だ」


 事実、この勧誘に乗って傭兵団に所属した、元商売敵は何人もいる。

 3年間無視をし続けたこの勧誘に、突如乗り気になったのかもしれない。

 それはあまりに楽観すぎるか――ヴォルフは、スクラップの機体、その片手がずっと後ろに回っていることを警戒していた。

 握っているのは新兵器だろう。

 こちらの隙をついて、初見で潰してくる気だ。一撃が必殺に等しいと推測される。


 いつも通りの死闘は避けられないと感じながらも、ヴォルフはやはり、投降をすすめた。


「こちらの通信に『了承』と送れば、その瞬間から戦友だ。そうでなければ……次は本気で撃つ」


 次の瞬間、スクラップが動いた。ヴォルフも構えるが、攻撃には至らなかった。

 スクラップが背中から出してきた()()()を見て、唖然としたからだ。


 それは機体を越える長さの鉄屑の先端付近に、布が巻き付けられたものだった。

 布は継ぎ接ぎで、そのどれもが使い古され、油に塗れ黒ずんでいた。

 だが半分以上の面積を占める布は、汚れに汚れ恐ろしく黄ばんでいたが、かつては白かったのだろうことがわかる。


 スクラップ機体が振るうそれは間違いなく、()()だった。



 ……



 送った通信が届かなかった時は焦ったが、こんなこともあろうかと白旗を用意してもらっていたのでなんとかなった。


 降参降参! と叫んでも無視され、投降します、おてあげ、たすけてー! まで叫んだが無視された時はちょっと泣いた。

 俺は昨日のラジオを思い出した。


『入隊希望の者は 暗号コード、ヴォルフ・コールを返信せよ!』


 ――いやヴォルフ・コールて何!?

 俺が聞き逃したところで言ってた!? 朝やお昼の帯番組みたいに、番組の途中でキーワード挟まれてた!? 聞いてなきゃ応募できないヤツ!?

 ……と、俺はパニックでさらにちょっと泣いた。


 しかしふと気づく。

 さすがにこれ、向こうに俺の声聞こえてないな? と。


 シセルの機械が壊れていたわけではなかった。

 受信ではなく送信の場合、おそらくさらに範囲が狭まるのだろう。

 そもそもほぼゴミから作り上げた通信機なので、これだけできれば上等すぎる。


 俺だったらもう少しまともな通信機を作れたかもしれない――というか、作れた。

 シセルにジャンクいじりを教えたのは俺だし、まだ俺の方が技術的に上回っている自信がある。

 そのうち抜かされるかもしれないが、今じゃない。


 これまで通信機を作らなかったのは、戦場でボッチをやっている俺には必要がないと判断したからだ。

 そして今回通信機を作れなかったのは、当然腹にケーブルがぶっ刺さっていて、まともに動けなければ頭も上手く働かないからである。


 話しかけるには近づかなければならない。


 しかし敵機は団長というだけあり、相当な使い手だ。

 機体には見覚えがあり、何度か手ひどくやられたことを思い出す。団長機というのであれば納得だ。

 これ以上間合いを詰めたら、即切り捨てられるかハチの巣にされるのは確実。


 白旗は正しく認識されたようで、銃弾は飛んでこなかった。

 その後団長の機体以外からも襲われることはなく、俺の降伏は正しく伝わったらしい。


 不思議なことに、ヴォルフ傭兵団は、機体から降りることを要求してこなかった。

 やっぱり最初は俺くらい警戒してるやつも多いということだろうか。

 腹にケーブルがぶっ刺さって癒着しており、操縦席から降りたくても離れられないので、無茶を言われないのは助かった。


 先の見えない感覚は久しぶりだ。

 俺は腹にでかい穴が開き、その穴を鉄の棒で埋められた人間アイスキャンディーになってから、チート能力のひとつである予知能力が絶不調だった。


 完全に見えないわけではないが、普段の3倍集中力が必要だし、普段の1/2の時間しか未来を見ていられないし、能力使用後の疲労感は5割増しだ。

 まず腹に穴が開いているのに生きていられるだけで喜んだ方が良いのだろう。SF世界万歳。


 俺の予想通り、向こうの機体が近づいてくると、俺の無線も向こうに届いたようだった。


 傭兵団に入るにはどうするか、機体に爆発物等が仕込まれていないかスキャンをして良いか、様々な事務的な処理はスムーズに進んだ。

 最後に、ヴォルフ団長は俺に尋ねた。


「君の名前を聞いていいか」

「アッシュ」


 名乗るのはとてつもなく久しぶりだった。

 呼ばれることもほとんどない名前だ。親しい者はきょうだいだけで、彼らは俺を兄と呼ぶから。


「ではアッシュ。ヴォルフ傭兵団の()()()おめでとう」


 ――試用期間があるタイプの職場だった。



 ……



 ヴォルフ傭兵団はてんてこ舞いだった。


 ――あのスクラップが仲間になった。


 嘘すぎる話だったが、ヴォルフ団長が真顔で言うものだから、皆が顔を合わせてマジらしいことを察する。

 不可能なことを可能にしてきた、超人のような団長だからこそ、ここまで荒くれ共をまとめあげてやってこれたのだ。

 そりゃあ、人智を超えたようなスクラップという機体に手こずらされてきたが、この戦いで負けるなどと思っていたものは誰もいない。


 だがスクラップが仲間になると思っていたやつも、誰もいなかった。


 ヴォルフ傭兵団では、勧誘が珍しくない。

 戦っていて気に入ったやつがいれば、引っ張ってきていいことになっている。

 当然、ヴォルフ団長による審査はあるが、このスカウトシステムは好評だ。

 団長は最後にエレナを勧誘してから、長らく誰もスカウトしてこなかったが――まさかスクラップを釣ってくるとは。

 とんでもない大物である。


 スクラップには仲間がいるようで、仲間たちの保護を条件に加入を決めたようだ。

 今、スクラップはその仲間を連れて、傭兵団の基地に向かっているという。


 普通に軍隊連れてるんじゃねえの、いやそんなことしなくてもスクラップ単体で攻め込んできたらキツいだろ、と皆が騒然としている。


 そんなやつらをエレナは一喝した。


「スクラップがウチ来るならこの戦争は一瞬で終わるだろ! とっとと引越しの準備しなァ!」


 全員、それもそうだと顔を見合せ、荷造りを始めた。

 これからここにスクラップが攻めてきた場合でも役に立つだろう。

 そんなもん、戦うより逃げた方がいいに決まっているからだ。


 基地は移動式だ。

 コンテナのように部屋ごと運んで移動する。

 だがこの戦争は長く、その部屋からはみ出してしまったものが多くあった。


 青空の下で酒が飲めるビアガーデン。

 金に困ったギャンブラーがちまちまと私物を売るフリーマーケット。

 収まりきらなくなったトレーニング器具。


 ともかく、引っ越すならばやらなければならないことは山積みだ。


 前線を退いて以来、看護師の真似事をしているエレナも忙しい。

 集中治療室はもっと上等な部屋に用意されているが、そんな上等なもんが必要ではない軽症のやつらは外にある看護ベースにぶちこまれていた。

 大体二日酔いで死んでいるアル中である。

 こんなやつに用意するベッドがもったいないので、そのへんの地面に転がしている。

 常連はハンモックを持ち込む。


 二日酔いでゲロを吐いている傭兵仲間のケツを蹴り上げて道を作りながら、エレナは器具を箱に詰めた。

 そこにひょっこり青年が現れ、手伝いますかと首を傾げた。

 そんな殊勝なことを言ってくるやつがいたなんて、とエレナは驚いたが、今は猫の手も借りたい。

 持っていた箱を預け、運ぶ場所を指示する。青年はよく働いた。


 疲れを知らないかのようである。

 ここは傭兵団だ。体を動かすことくらいしか知らない体力バカばかりだが、その中でも群を抜いている。

 とてつもなく重いはずの荷物を軽々持ち、軽快に走っては戻ってくる。

 次は? と指示を待つ姿が健気で、犬の姿を幻視してしまうほどだ。

 Goodboyと言いたくなるのを我慢して、エレナは青年の頭を撫でた。


 結局犬扱いだったかもしれないと思ったが、青年は嬉しそうに目を細めると、首を傾げた。

 ここまで働いたから、報酬が欲しいようだ。

 エレナもやぶさかではない。またお願いしたいくらいである。


 医療品の詰まったバッグを渡すと、青年はエレナに向かって深く頭を下げた。

 にこにこ笑って、大きく手を振って颯爽と走り去っていった。あれだけ働いたあととは思えない。


「礼儀正しい新人が入ったのね……」


 それにしても、あの青年は一言も話さなかったというのに、なぜ自分は彼が「増血剤と抗生物質を欲しがっている」ことがわかったのだろう。


 ジェスチャーで伝えるにしては、複雑な内容だ。

 特に身振り手振りもしていなかったような気がする。

 あの時の自分は、彼がそう思っていることに疑いを持たなかった。


 エレナは不思議に思ったが、すぐにその違和感を忘れてしまった。

 なにしろ忙しい。次の戦争の準備をしなければならないからだ。

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